8羽
「えっと、だっ、大丈夫よ!……………ちょっと花瓶を割っちゃっただけだから」
マージは、困ったように笑う。
「ふ〜ん。そうなんだ!気をつけなきゃね!」
「そっ、そうね!」
(この子、新人の子かな?)
突然、現れた少女に戸惑いながらマージは、彼女の顔を観察する。
髪は明るい栗色、幼いが愛嬌のある可愛らしい容姿。
何より、目を引くのはーー
(綺麗な青い瞳だな〜、空の色みたい)
「ねぇねぇ!聞きたい事があるんだけど!」
「え?ああ、なに?」
彼女の瞳に見惚れて、変な間を置いてマージは答える。
「辺境伯さまに用事があるんだけど、どこにいるかわかる?」
「辺境伯さまに?辺境伯さまなら、今は会議で中央の間にいらっしゃるはずよ」
「そっか!ありがとう!」
少女はニカッと笑い、移動しようとする。
それをマージが慌てて止める。
「なに?あたし、急いでるんだよ?」
「今、大事な会議中みたいなのよ。だから、余程大事な要件以外は会えないわよ」
「えっ?そうなの?困ったな〜」
細い眉を八の字の形にして本当に困った様子に故郷の妹を思い出してクスッと笑う。
「どんな要件なの?」
「手紙、書簡っていうのを届けるんだよ!」
「急ぎ?」
「わりと」
マージは彼女の言葉にう〜んと考える。
(普通なら辺境伯さまへの手紙は朝、仕分けて書記官さまがお届けするはずだけど)
仕分けの際に漏れたのか、それとも後で届いたのか。
その辺はマージにはわからなかった。
しかし、その書簡を新人に運ばせているということは重要度はあまり高くは無いのだろうと彼女は判断する。
「多分、会議はもうすぐ終わると思うから、辺境伯さまのお部屋の近くで待ってみたら?」
「そっか!わかった!」
「知ってると思うけど、辺境伯さまのお部屋は8階の北側の奥よ」
「うん!」
少女は人懐っこい笑顔を浮かべる。
マージも、釣られて笑顔を浮かべる。
「それじゃ、行ってくる!あっ、あたしはアエローって言うの!」
「マージよ。辺境伯さまに失礼が無いようにね、アエロー」
「わかった、マージ!バイバイ!」
窓から顔を覗かせる少女、アエローはサッと窓の下へと消える。
(そそっかしそうなのも、妹に似てるな〜)
マージは、苦笑しつつも花瓶の片付けを再開する。
そしてピタッと動きを止めて、アエローの顔があった窓をゆっくり見つめる。
「……………えっ?ここって……………4階だったよね?」
マージは、カタンと手に持っていた箒を離して恐る恐る窓辺へと近づく。
そして、窓から外を覗き込む。
外の石壁は侵入者が登って来れないように垂直に凹凸が無いように石材が組まれている。
どこにも指や足を掛けられる隙間は無いし、梯子が掛けられた様子もない。
「私……………、誰と話してたの?」
一気に顔の血の気が引き、ペタンとマージは床に尻もちをつく。
そこへ、先輩のメイドが入って来る。
「こら!なに、サボってるの!!」
先輩の怒声が部屋に響く。
しかし、マージの耳には不思議と入って来なかった。
(私、もしかして、とんでもない事をしちゃった?)
その日、辺境伯であるグラハム・フォン・オーウェン卿は朝の会議が終わり、休憩がてら自室に戻って来ていた。
「ふぅ」
短いため息をついてカチャリと腰の剣を外して机に立て掛ける。
そして、ドカッとソファーに深く腰掛ける。
目を瞑り、先程までの会議の内容を思い出す。
曰く、各方面の森に出現するモンスターが減っていること。
併せて動物や虫さえ、姿を消していること。
それがもう、3ヶ月続いている。
辺境は森のモンスターを狩り、その素材で経済が回っている。
このまま、モンスターが現れなければ、いくら辺境伯領とは言え、経済が厳しくなる。
(……………いや、もっと悪い可能性があるな)
経済が悪くなるよりも、最悪な可能性を考えてグラハムは白く伸びた髭を撫でつける。
モンスターの大規模暴走。
モンスタースタンピードとも言われるモンスターが一箇所に集まり、大繁殖して1つの都市を呑み込む現象。
会議では、その可能性も示唆されて地方の街へ辺境伯軍を派遣する事が決まっていた。
(問題は、どこの方面に軍を向けるかだな)
もしかしたら、今、この瞬間にもスタンピードが発生しているかもしれない。
だからこそ、慎重に派遣する方向を決めなければならない。
もし、違う所へと軍を派遣すれば……………
(街や、この伯都だけではない。王都も危ない)
グラハムの口から、長く深いため息が漏れる。
「駄目だな。頭がスッキリせんわ」
そう言うとソファーから立ち上がり、何気なくバルコニーへと歩き出す。
(次の会議では軍の派遣先を決めねばならん。しかし、どうやって決めれば良いのだ?)
バルコニーのドアを開けて、新鮮な空気を肺に入れても頭には、そればかりだった。
各地から送られて来る書簡で、ある程度の情報は集まる。
問題は、その情報の鮮度だった。
一番近い街までどんなに早い馬を飛ばしても1ヶ月は掛かる。
一番遠い所など、3ヶ月だ。
書簡が届いても、その頃には手に負えない状態になっている事は想像に固くない。
「やめだ!やめ!ここで考えても、どうしようもないわい!」
兎に角、頭の中を白紙に戻さなければ良い考えも浮かばないと1人愚痴る。
「ねぇ、あんたが辺境伯さま?」
突然、横から少女の声で呼ばれる。
「!?」
声の方へと向くとバルコニーの欄干の上に1人いや、1羽のハーピーがとまっていた。
荒れ地に生息するモンスター、ハーピー。
グラハムは、すぐに腰に手をやる。
(しまった!)
だが、腰の剣は机に立て掛けたままだったことを思い出して眉間に皺を寄せる。
(……………丸腰か)
「ねぇねぇ!聞いてる?おじいちゃんが辺境伯さまなの?」
「……………いかにも」
仕方なく、グラハムが答えると目の前のハーピーはやっと会えたと笑みを浮かべる。
(いや、待てよ?ハーピーとは、こうも言葉を話せるものなのか?)
グラハムは不意に違和感を感じた。
共通語を話せるだけではない。
モンスターなのに比較的マトモな服を着ている。
それに首から小さな鞄もぶら下げている。
「ちょっと待ってね!」
ハーピーは、器用に翼の中央に生えている2本の鉤爪で鞄の中を漁る。
そして、あったあったと明るい声を出して1通の書簡をグラハムに差し出す。
「どうぞ!」
「あ、ああ」
グラハムは思わず受け取る。
「それじゃ、次は」
「何だ?」
ハーピーはまた、鞄に鉤爪を突っ込んで1枚の白い羊皮紙を取り出す。
「これにハンコ、お願いします!」
「……………サインでも構わんか?」
「良いよ!」
屈託ない笑顔に毒気を抜かれて、グラハムは部屋に入る。
チラリと立て掛けた剣を見るが結局、ペンとインクだけを持ってバルコニーに戻る。
そして、羊皮紙に名前を書いてハーピーに渡す。
「ありがとうございました!」
「あっ、ああ。まぁ、なんだ?気をつけて帰るんだぞ?」
モンスター相手に何を言ってるんだと思いつつ、グラハムは呆然としていた。
ハーピーはわかったと元気に返事をすると大空へ急上昇して行く。
「……………何だったんだ、今のは?」
そして、バルコニーには小さくなっていくハーピーが届けた書簡を手に呆然と見送るグラハムだけが残されていた。




