3羽
「急げ!遅れるな!」
汗で滑りそうになる手綱をしっかりと握り締め、アルフレッドは仲間に声を掛ける。
「はぁ、はぁ、アル!速度を落とそう!」
「そうよ!このままじゃ、私たちの前に馬が保たないわ!」
後ろから、レンとルディが声を上げる。
「馬鹿言うな!今は少しでも時間が惜しい!踏ん張れ!」
アルフレッドは、そう言って更に馬の腹を蹴り、さらに速度を上げようとした。
ブッフウゥ!
馬は鼻息が更に荒くなり、泡のような唾液を散らしながら速さが増していく。
「良いぞ!根性をみせろ!」
口の端を上げて激励する。
しかし、その直後、馬の足がもつれてドッと乾いた地面に倒れ込んだ。
「「アル!!」」
後ろの2人が同時に声を出す。
その時には自分の身体が何もない空中に投げ飛ばされていることをアルフレッドは自覚する。
「クッソ!!」
アルフレッドは空中で身体を捻る。
せめて、受け身を取らなければと背中を丸める。
そして、ドンという鈍い音とともに激しい衝撃が背中を襲い、地面を転がり、砂埃を巻き上げながらようやく止まる。
「アル!大丈夫なの!?」
すぐにルディが馬から降りて彼の側に駆け寄る。
アルフレッドは「心配ない」と声を出そうとした。
しかし、その声はくぐもった唸り声に取って代わられる。
「アル!」
ルディが彼の側に来て上半身を起こす。
それだけの動作なのに激しい痛みがアルフレッドを襲い、額から玉のような汗が噴き出る。
「ルディ!アルを起こすな!」
そこへ、同じく駆け寄ってきたレンが焦った様子で声を掛ける。
「もしかしたら、背中の骨が折れたかもしれねぇ!下手に動かすのは不味い!」
レンに言われてルディはアルフレッドを慎重に地面に寝かせる。
「レン………馬は?」
激痛に顔を歪めてアルフレッドは問い掛ける。
「駄目だ。泡を吐いて倒れてる」
レンの返答に歯を食いしばる。
そして、まだ動く手を懐に入れると1枚の書簡を取り出す。
「レン、ルディ。俺の事はもう良い。俺を置いて、この書簡を」
「嫌よ!馬鹿!何、言ってるの!?あなたをこんな所に置いて行けるわけないでしょ!」
「ルディの言う通りだ!まだ何かできるはずだ!方法を考えよう!」
「方法は無い!」
そう怒鳴ってアルフレッドは2人を仰ぎ見る。
「……………足の感覚が無いんだ。例え、馬が無事でも俺は動けない」
「「……………」」
2人は沈黙する。
「なぁ、頼むよ。これを辺境伯さまに届けないと俺たちの故郷が無くなってしまう」
「だけど、こんな状態のあなたを荒れ地に置いて行けば………」
「覚悟の上だ」
「そうだ!書簡は俺が1人で届ける!ルディはアルを何とか連れて街に戻るんだ!」
レンが、そう提案したがアルフレッドは静かに首を横に振る。
「荒れ地は1人で突っ切れるほど甘くない。2人でもここを進める確率は五分五分だ」
「ちくしょう!」
3人に沈黙が流れる。
何故、こんな事になったのか?
始まりは、一ヶ月前の些細な異変だった。
魔の森のモンスターが目に見えて減り始めたのだ。
誰もが変だとは思ったが、誰も気にも留めなかった。
そのうち動物までも姿を消したことによって、いよいよおかしいと誰もが思った。
ここは辺境の魔の森。
その最前線に作られた冒険者の街だ。
なのに、モンスターが一匹も現れないなど、ありえない。
ギルドマスターは、すぐにランクの高い冒険者パーティーを森の奥へと派遣した。
そして彼らが持ち帰ったのは絶望的な報告だった。
曰く、オークキングが率いる千を超える大軍が街に迫っている。
街中の冒険者や領主軍が束になっても防衛できない事態となり、ギルドマスターは直ぐに領主を通じて辺境伯へと救援を求める書簡を送ることにした。
それこそ、アルフレッドが持つ書簡だったのだ。
「くそったれ!俺が荒れ地を突っ切ろうと言ったばかりに!」
「レン………、お前の判断は正しい。街から領都まで最短で行くなら、これしか方法は無かったんだ」
痛みで意識が飛びそうになるのを耐えてアルフレッドは言う。
街に残された時間は少ない。
例え、書簡が届いても辺境伯軍を編成して派遣するまでに時間がかかる。
間に合わないかもしれない。
それでも、わずかな希望に賭けて書簡を届けるしかない。
「行け。書簡を届けて俺たちの街を救ってくれ」
「嫌!イヤイヤイヤ!」
ルディが書簡を握り締めた手を取って泣き喚く。
だが、レンが彼女の肩に手を置く。
「絶対に迎えに来るからな」
「それまで昼寝でもして待ってるよ」
2人を安心させるために気休めの笑みを浮かべる。
不意に3人の上に影が落ちる。
「「「!!」」」
3人が顔を空に向ける。
そして、一様に顔を歪める。
「……………なんて、こった」
「くそ!神様なんて、もう信じねぇぞ!」
「2人とも、こうなったら死ぬときは一緒よ!」
いつの間にか彼らの上空で何羽ものハーピーが、円を描くように旋回していた。
街を救う可能性は潰えた。
3人は悔しそうに顔を歪めて各人の武器に手を伸ばす。
アルフレッドは短剣を、ルディは弓を、レンは杖をハーピーたちに向ける。
「こうなったら道連れだ!1羽でも多く冥土の土産にしてやる!」
アルフレッドは、倒れたまま短剣を空に掲げる。
2人も同意して頷く。
しかし、しばらくしてもハーピーたちは降りては来ない。
「なんだ?襲って来ない?」
「俺たちがアルを見捨てるまで待つつもりか?」
アルフレッドとレンは訝しんでハーピーたちを睨む。
そんな中でルディは違和感を感じる。
元々、弓使いは目が良い。
だからこそ、空を飛ぶ彼女たちに違和感を持てたのだろう。
「変ね」
「変?」
「ええ、あのハーピーたちは服みたいなのを着てるわ」
「おいおい、服くらい何だよ。ゴブリンやオークとかも汚い腰布だが着けてるだろ?」
レンの言葉にルディは首を振った。
「確かに、そうだけどハーピーは、そんなの着ないわよ」
「今は関係ないだろ、集中するんだ」
眉間に皺を寄せたアルフレッドが、そう言ったとき、『おーい』と緊張感がない声が木霊する。
「今度は何だよ?」
「え!?」
「どうした、ルディ?」
3人の中でルディがある一点を見つめて目を丸くする。
そして、おもむろに弓を下ろすと、指を上空に向ける。
「「?」」
「……………子供?」
2人もルディの指した方向を見る。
最初は小さな点。
だが、近づくにつれて訳がわからないものが見え出す。
2羽のハーピーが足に太いツルみたいな物を掴んで飛んでいる。
それだけでも意図がわからないのに、そのツルの上に1人の少年が座っている。
しかも、笑顔で手を振りながら……………
「……………何だ、あれは?」
背中の激痛を忘れたようにアルフレッドは小さく呟いた。




