11羽
夜の帳がおり、星空と月が姿を見せる時間ーー。
アルガスの街の城壁では、煌々と松明が燃やされて物々しい警戒態勢が敷かれていた。
「この報告書を信じろと言うのか?」
ランプがジジジと音をたてる一室で白くなった髪を短くした眼帯の男がパサッと羊皮紙を机に投げて腕を組む。
「そのとおりです、ギルドマスター」
薄暗い灯りに照らされたレンがギルドマスターと呼んだ男に答える。
彼の頬はこけ、ランプ灯りのせいとは思えないほどに顔色が悪い。
「なあ、本当に大丈夫か?」
威圧感を放つギルドマスターも少し心配になり、思わず声を掛ける。
「大丈夫です……………ウッ!」
「………本当かよ」
「マスター、俺の心配よりも手紙の内容です!」
「ああ、そうだな」
ギルドマスターは咳払いをすると改めて低い声で場を締め直す。
「アルフレッドの奴が重症で馬車を出せって言うのはわかった。すぐに救出チームを派遣してやる」
「本当ですか!」
ギルドマスターの言葉にレンの肩から重荷がひとつ下りたように感じられ、自然と顔に笑みが浮かぶ。
「だが、辺境伯さまに送った書簡をハーピーが届けたってのは、ちょっと信用ならんな」
「ですが、事実です!」
レンが食い気味に反論すると、ギルドマスターは深いため息をついた。
「今の街の状況は、わかってるだろ?もう一月いや、もっと短いだろうが、この街にオークどもが大挙として殴り込んで来るんだぞ?なのに、同じモンスターのハーピーを信じろと?」
「ハーピーは、オークなどと違います!彼女たちには我々と同じ理性があり、信頼できます!なにより、彼女たちの力は、この街の助けになるはずです!」
レンは力強く言い切る。
それに対してギルドマスターは、あれがかと横目で部屋の隅に視線を向ける。
「うっっま!!やっば、めっちゃ美味しいじゃん!人族の飯!!」
そこには上品とは言い難い格好で胡座をかいて、両翼の小さな鉤爪で器用に焼いて味付けされた肉を頬張る1羽のハーピー、ルルの姿があった。
「ん〜!来て良かった!!いつも食べてる生の肉よりも美味い!!オネェ〜さん、おかわりもって来て!」
しっかりと骨までしゃぶり、ポイッと捨てる。
そして、ルルはギルドマスターの部屋から頭だけ出して大声で軒下の冒険者ギルドの一階にある酒場に注文する。
ちなみに彼女の周囲には何枚もの空の皿が転がっている。
「……………」
レンは無言でルルの後ろの歩み寄るとゴンッと拳骨をお見舞いする。
「いっ、痛っ!おっちゃん、何すんの!?」
「空気読めよ!」
「はぁ!?いつも読んでるし!だから、群れでは速いんだよ!」
「そっちの空気じゃない!あと、今の注文はキャンセルだ!……………えっ?もう焼いてる?はえーよ!」
「………もう、ダメだな!ワッハハハハハハハ!!」
そんなレンとルルのやり取りに真剣な雰囲気を壊さない努力をしていたギルドマスターから、ついに笑いが漏れた。
「おっ?じいちゃん、どうしたの?面白いことでもあった?」
「ヒィ〜、ヒィ〜!まぁな、嬢ちゃん!」
腹を抑えて笑うギルドマスターにルルが尋ねる。
彼女の横でレンがじいちゃんなんて、呼ぶなよと頭を抱える。
「ブフッ!ちょっと待てよ……………。よし!はぁ~、良いぞ。続きを話そう」
やっと姿勢を正してギルドマスターはレンたちを見る。
「別に書簡については疑ってはねぇよ。ここに辺境伯さまのサインがあるんだ」
そう言ってコンコンと指で羊皮紙に書かれたサインを叩く。
「問題はな、俺たちを助けてハーピーに何のメリットがあるかだ。なぁ、子爵さま?」
そう言って、ギルドマスターは同意を求めるように部屋の窓辺に立つ人物に声を掛ける。
窓辺には1人の老人が佇んでいた。
ギルドマスターの筋骨隆々とした体躯とは違い、ひょろりとした痩せた身体。
だが、レンたちを見る目は切れ長で鋭い。
上品な衣をピシッと着こなした、この老人こそがアルガスの街と周辺を統治する領主、カストーデス・フォン・アルガス子爵だった。
「ギルドマスター殿。ハーピーが何を要求するかなど、どうでも良い。重要なのは彼女たちが、ここの現状を誰よりも速く辺境伯閣下にお伝えできる。その事実だけだ」
子爵の冷たい声に自然とレンは背筋を伸ばす。
「ほぉ、子爵さまはハーピーを使うと?」
「当然だ。この窮地に情報の伝達こそ、力。領地を護る。そのために我が家の財産の半分を失っても構わん」
ギルドマスターはニヤリと子爵に笑い掛ける。
「では!子爵さま、ギルドマスター!」
「まだ早い」
「え?」
「まずはケイスケと言ったな?ハーピーたちを使役する者は」
「使役いや、あれは使役ではないような?」
「違うのか?」
「はい、子爵さま。あれは何とか言いますか……………」
「その認識で良いんじゃない?」
レンが言葉に窮していると、ルルが捨てた骨をしゃぶりながら、何でも無いように答える。
「おい、そんな事を言って良いのか?」
レンが小声でルルに尋ねる。
「良いよ、別にさ。人族って細かいことに拘るんだろ?」
ルルも小声で答える。
そして「昔、父ちゃんが言ってたよ」と言葉を漏らす。
「えっ?お前、親父がいるのか?」
「逆に聞くけど、雌だけで種族増やせんの?」
思わぬ聞き返しにレンは確かになと雄のハーピーを想像して納得する。
後に、それがまったくの勘違いだったと知る羽目になる。
「話を続けても良いか?」
「しっ、失礼しました、ギルドマスター!」
「ハーピーを使うにしても、まずは使役者に確約をしてもらいたいんだよ」
「確約ですか?」
「そうだ、俺たちの前で人族を襲わないっていう確約だ」
そう言ってギルドマスターはギシッと背もたれに身体を預ける。
「まぁ、アルフレッド救出の馬車に乗って来てもらうから、6日後にはなるがな」
レンは6日後と聞いて最初に圭介と出会った時を思い出す。
「子爵さま、ギルドマスター。おそらく6日も必要ないかと……………きっといや、間違いなく明日の昼には会えるのではないかと」
レンの言葉に2人の権力者は何を言ってるんだ、こいつと見つめる。
そして、話し合いが終わり、退出する際にルルが「じゃーね、デカいじいちゃんと細いじいちゃん」と発言をしてしまい、レンが慌てて謝罪して出て行った。
「クックックッ。なかなかハーピーってのは面白いヤツだったな」
レンたちの姿が消えてギルドマスターは再び笑う。
「こんな緊急事態に面白いなどと……………くだらん」
「そんな事を言っても先程、若い奴に聞きましたよ」
ギルドマスターはニヤニヤとしながら、子爵を見る。
「あのハーピー、ルルが1羽で居たところを優しげな目と声で好きな物を食べなさいと言ったらしいじゃないですか?あの冷徹子爵さまが優しげ?ドッペルゲンガーかと思いましたよ」
ギルドマスターの含み笑いに眉間に皺を寄せて子爵は何も答えなかった。
軒下の酒場から、レンの「まだ食うのか」という叫びと「細いじいちゃんが良いって言ってたもん」とルルの声が小さく響いていた。




