10羽
「ヒィ〜!ルル!もっと低く飛べぇ!!」
「はぁ?レンのおっちゃん!これ以上、低く飛んだら、木にぶつかっちゃうぜ?」
「誰が!おっちゃんだ!」
太陽が傾き、西日の差す赤い空を、一羽のハーピーが足の鉤爪で冒険者の両肩を掴み、飛んでいた。
「うぉ〜い!今、足に木の先がぶつかったぞ!」
「言わんこっちゃない」
大の男が涙目で見た目が12、3くらいのハーピーに訴える様は、傍目から見ても情けない。
「ちくしょう!なんで俺が、こんな目に!!」
レンの脳裏についさっきのやり取りが思い浮かぶ。
〜ちょっと前〜
「はい、これをお願い。私たちの現状と書簡を無事に届けたこと、あと、あなたたちハーピーが私たちに協力してくれることを書いてあるわ」
丸めた羊皮紙を渡された圭介は「任せテ、下サイ!」と頷く。
『よし!それじゃ、あたし頑張るよ!最速記録出してやる!』
フンスと意気込むアエローに圭介は首を横に振る。
『アエローは、今日はもう辺境伯さまの所に行っただろ?無理はさせられないよ』
『え〜!無理してないし!』
ぶ〜と頬を膨らませるアエローに苦笑して圭介は、それでも駄目だよと口にする。
『少なくとも体力は使ったろ?連続で飛ぶのは辞めとこう。ね?』
『ん〜、わかったよ。それじゃ、誰が行く?』
圭介とアエローが相談していると1羽のハーピーが2人の間に降り立ってきた。
『はいはい!わたし行くよ〜!』
元気よく手いや、翼を上げて名乗り出たのは、ルルだった。
『わたしなら、アエローの次に人族の言葉が上手いし!一番、速いよ!』
『そうだね!ルルなら、適任かも!あと、一番速いのは、あたしね!』
『え〜、ルルだよ〜』
『それじゃ、競争する?』
『ストップ、ストップ!競争は別の日にね!とりあえずはルル、任せても良い?』
何故か競争を始めようとする2羽の間に圭介が入り、羊皮紙をルルに差し出す。
『任せなさーい!』
ルルはカッカッカと独特な笑い声を上げて翼の鉤爪で受け取る。
「待てよ、ルルだけで行かせるつもりか?」
「エッ?ダメですカ?」
レンが割り込んできて、圭介を止める。
「今、街は臨戦態勢だぜ?そこへ、ハーピーなんて飛んで来てみろ?矢と魔法の嵐になっちまう」
圭介は聞き取れない単語をアエローに翻訳してもらうと、そうなるかと難しい表情になる。
「大丈夫だよ、あたしらなら」
「そうそう!高く飛べば問題からね!カッカッカ!」
「お前らな、それでどうやってギルマスに手紙を届けるんだ?」
「……………ソレでは、ドウすれば?」
圭介が困って尋ねるとレンは「俺が一緒に行く」と言って馬に飛び乗る。
そして、馬に吊るした荷物を落として身を軽くしてやる。
「少なくともルルが攻撃されないように説得してやるよ」
決意を込めて圭介たちに言葉を掛ける。
「ルディ、お前はアルを見ていてくれ!ちょっと行ってくる!」
「ええ、わかったわ!」
「無理は……………いや、無理はしてでもルルに置いて行かれないようにな!」
「はっ!わかってるよ!行くぜ、ルル!」
レンは馬に鞭を入れ、砂埃を巻き上げて走り出す。
その後をルルがアエローと圭介に行ってくると翼を振って空に舞い上がる。
ドッドッドッとレンが馬を走らせる横をスーッとルルが併走して飛ぶ。
「なぁ、人族!」
「レンだ!レン・モルガン!俺の名前だ!レンって呼べ!」
チラリと横目でルルを確認して風の音に負けないように大声でレンは返事をする。
「わかった!なぁ、その馬ってヤツで街までどのくらいかかるんだ?」
「そうだな」
ルルに聞かれてレンは頭の中で計算する。
街から、荒れ地の圭介たちと出会った場所まで4日だった。
今は、ルルに追い付くために荷物を全て置いてきたため……………。
「3日いや、2日半ってところだ!」
すぐに答えを出してレンは叫ぶ。
「……………おっそ」
「ああ?何だって!?」
「あっ!わたし良いこと思いついちゃった!」
「風でよく聞こえねぇ!なんだ?」
ルルの呟きが聞こえず、聞き返す。
そのときにはルルが急上昇を始めていた。
「ルル?」
ルルは上空でレンの背後に旋回する。
そして、音も無く急降下を始める。
ガシッ!
「へっ!?」
突然、レンの両肩をルルの足の鉤爪ががっしりと掴む。
それと同時に今まで感じていた振動が消えて身体の内側が下がるような感覚に襲われる。
「ルッ!ルルルルルルルルルルル!!!」
気づいたときにはレンが経験したことのないような高さに吊り上げられていた。
「たっか!?高い高い高い高い!!!」
眼下にはさっきまで乗っていた馬が豆粒のように小さくなっていく。
「カッカッカ!こっちの方が速いぜ!夕陽が沈みきる前に到着するよー!」
「ヒィ〜!バカバカバカ!下ろせぇ〜!」
こうしてレンは人生初めての空を体感する事になったのだ。
「レンのおっちゃん!」
「おっちゃん言うな!」
こんなハメになった原因を思い返していると再度のおっちゃん呼びに現実に戻る。
「見えて来たよ!」
「何!もうか!?」
ルルの言葉にレンは地上を見ると視界の先にアルガスの城壁が見えて来ていた。
「凄いな!本当に、その日の内に戻れるとは!」
レンの驚きにルルはおっちゃんをぶら下げてなければもっと速く着くんだぜとカッカッカと笑う。
「おっ!なあなあ!何か、歓迎されてるみたいだよ!」
「あ?」
「ほら!おっちゃんたちの石の巣に近づくにつれてカン、カン、カンって!」
それを聞いて、レンは慌て出す。
「バカ!警報の鐘の音だ!それは!」
レンはすぐに呪文を唱え出す。
「おっちゃん?」
「我が前の夜の帳を払い、道をさし示す灯を現せよ『ライト』!」
レンの詠唱により、彼の前に光の玉が浮かび上がる。
「うわぁ!スッゲー!綺麗!!」
ルルのテンションが上がる中でレンは声を張り上げる。
「撃つなよ!絶対に撃つな!仲間だ!!!」
だが、どんどん城壁に近付いているとは言え、その声は小さい。
「くっそ!やっぱ、届かねぇか!」
『※※※※※※』
「ルル?」
唐突にルルがハーピーの言葉で何かを呟いた。
「おっちゃん!もう一度、何か言ってみて!」
「は?」
ルルが何かをしたのかは理解できる。
現にレンの顔の前に風の渦のような魔力が渦巻いているのを感じる。
《撃つな、味方だ!》
試しに叫ぶと、その声は先程よりも何倍も増幅されて風に乗り街へと響き渡る。
《うぉ!こりゃ、凄いな!》
レンの声が届いたのか、城壁の上に集まった領主軍の兵士や冒険者が弓や杖を構えたままポカンと2人を見つめていた。
「あっ!やばっ」
《どうした?》
「おっちゃん、うるさい」
《仕方ねぇだろ!で?どうした?》
「いや〜、日が傾き過ぎて暗くなったよね?」
確かに夕陽が山に沈み掛けて薄暗くなっている。
「わたしたち、暗いのが苦手で!怖いとかじゃないんだよ!」
《待て!それって、そう言うことか?》
「うん!多分、おっちゃんの考えてるとおりだよ!わたしたちって、見えないんだ!暗いと、まったく!テヘッ!」
《やっぱり、鳥目かよ!ちくしょう!》
レンは半狂乱になってルルを街へと誘導する。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラと飛び回り。
その際、増幅された声で《そっちじゃない》だの《行き過ぎだ》だの終いには《お前ならできる!俺は信じている》など、後半は涙声になる叫びが響き渡る。
「……………何だ、今の状況?」
やっとレンたちが街の広場に降り立ったとき、城壁の上で弓を構えた1人の冒険者が全員の声を代弁するように呟いたのだった。




