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第2話 白線の人


 画面の中で、レオだけが白線の外に残っていた。


「レオさん。まずはその剣を捨ててください」


『は?』


 レオの指が、剣の柄を握ったまま固まった。

 17番扉へ向かう廊下を走りながら、私は業務端末の画面を拡大した。


「剣を置いて、両手を石畳につけてください。そこから左足だけを、白線の内側へ滑らせてください」


『そ、それだと、土下座みたいになるだろ。配信中だぞ』


「配信中だから、死なない姿勢を選んでください」


『俺はトップ探索者だ。そんな情けない格好を』


「わかりました。では、私は他の人の指示に集中します。」


『え……』


 我ながら冷たい言い方だ。でも、時間がなかった。


 私が清掃員として、命を大事にするように。

 命よりも、プロ意識が大事ならしょうがない。


「あと8秒で作動します。助かりたいなら、救助申請を出してください。」


 コメント欄が燃える。


 《普通にかがめばいいだけじゃん》

 《掃除係はいらないとは》

 《レオ、剣置け》


 レオの視線が、足元の剣と画面上の白線の間で揺れた。

 いつも浮かべていた配信用の笑みは、もうそこにはない。


 天井の鎖が、ぎ、ときしむ。


『……ミオさん』


 その声は、配信者の作った声ではなかった。


『お願いします』


 コメント欄が一瞬、止まったように見えた。

 次の瞬間、爆発する。


 《お願いしますって言った?》

 《切り抜き確定》

 《レオ様キャラ崩壊で草》


 レオの指が、剣の柄の上で震えた。

 私は映像を拡大する。


 天井の鎖、壁の獣像の影、白線を順に見る。

 トラップの影はもう、レオの背中にかかっている。


「今から数えます。三で剣を落とす。四で両手をつく。五で左足を白線の内側へ滑らせる」


 私は数えた。


「一」


 レオの肩が震える。


「二」


 リコさんも肩を強張らせる。


「三」


 剣が石畳に落ちた。

 剣の金属音と同時に、天井の鎖がきしむ。


「四」


 レオが両手を石畳についた。

 配信映えとはほど遠い、這いつくばる姿勢。


「五」


 レオの左足が、白線の内側へ滑り込む。


「止まって!」


 天井の獣像が、鎖の長さぎりぎりまで落ちた。

 レオの背後、ほんの30センチの場所で、金属の顎が閉じる。


 顎が石畳を叩き、配信画面がまた白く飛ぶ。


 でも、誰も潰れていない。誰も、まだ死んでいない。


『……っ』


 画面の中で、レオは両手を石畳についたまま動けない。

 落とした剣だけが、白線の外でまだ小さく震えていた。


 その剣を取りに行ける者は、誰もいない。

 石畳を叩いた低い音が、端末のスピーカー越しに消えていった。


 全員が白線の内側に入った時。

 配信画面に気の抜けたクリア音が流れる。


 画面右上の条件欄が更新された。


 ――攻略条件

 全員を安全圏へ退避

 安全圏表示 白線

 対象者 4 / 4


 条件欄が、一拍置いて切り替わった。


 ――攻略完了

 生存者 4 / 4


 攻略が終わったからって、私の仕事はまだ終わっていない。

 それでも四人は生きて同じ画面の中に残っている。


 コメント欄は、もう読めない速度になっていた。


 《うおおおお》

 《生きた》

 《攻略完了出た》

 《安全圏に全員入った?》

 《白い枠に全員いる》

 《でもまだ出られてなくない?》

 《掃除係に動かされるトップ探索者w》


 そして、新たな名前が混じり始める。


 《掃除係って結局誰なん》

 《白線?》

 《白線の人だ》


 白線の人。


 その言葉が、自分に向けられているのだと気づくのに、少し時間がかかった。

 8万人以上が、この映像を見ている。


 泣きそうになった。

 いや、少しだけ笑いそうにもなって、すぐに唇を引き結んだ。


 掃除係はいらない。

 違う。掃除係がいなければ、いま誰かが死んでいた。


 遠隔の救助中もずっと走っていたが、ようやく現場の17番扉が見えた。

 扉の向こうから、砕けた石の煙と悲鳴と熱風が漏れている。


 私は白テープをカッターで切り、扉の手前の石畳に一本、まっすぐ貼った。

 画面越しの推測を、ここから自分の靴底で確かめる。


「今から現場に入ります」


 本配信のマイクにも拾われるように、通話へ向けて言う。


 私は扉を開ける。

 熱い石煙の向こう、罠部屋の奥に。


 ふいに、黒いシミのようなものが生じた。


 奥の石畳の上、何もなかった空間に黒い染みがにじんだ。石煙がそこだけ細く裂ける。染みは床から浮き上がり、縦長の輪郭になって、まぶたを開くみたいに広がっていく。

 それは四角形に、天井にまで大きさを広げている。


 黒いゲートが、その場で開いた。

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