表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/22

第2話 白線の人


 画面の中で、レオだけが白線の外に残っていた。


「レオさん。まずはその剣を捨ててください」


『は?』


 レオの指が、剣の柄を握ったまま固まった。

 17番扉へ向かう廊下を走りながら、私は業務端末の画面を拡大した。


「剣を置いて、両手を石畳につけてください。そこから左足だけを、白線の内側へ滑らせてください」


『そ、それだと、土下座みたいになるだろ。配信中だぞ』


「配信中だから、死なない姿勢を選んでください」


『俺はトップ探索者だ。そんな情けない格好を――』


「わかりました。では、私は他の人の指示に集中します」


『え……』


 自分でも冷たい言い方だと思った。でも、時間がなかった。


 私が清掃員として、命を大事にするように。

 レオさんが、命より配信映えを大事にするなら、助けようがない。


「あと8秒で作動します。助かりたいなら、私の指示に従ってください」


 コメント欄が燃える。


 《普通にかがめばいいだけじゃん》

 《掃除係はいらないとは》

 《レオ、剣置け》


 レオの視線が、足元の剣と画面上の白線の間で揺れた。

 いつも浮かべていた配信用の笑みは、もうそこにはない。


 天井の鎖が、ぎし、ときしむ。


『……ミオさん』


 その声は、配信者の作った声ではなかった。


『お願いします』


 コメント欄が一瞬、止まったように見えた。

 次の瞬間、爆発する。


 《お願いしますって言った?》

 《切り抜き確定》

 《レオ様キャラ崩壊で草》


 レオの指が、剣の柄の上で震えた。

 私は映像を拡大する。


 天井の鎖、壁の獣像の影、白線を順に見る。

 トラップの影はもう、レオの背中にかかっている。


「今から数えます。3で剣を落とす。4で両手をつく。5で左足を白線の内側へ滑らせる」


 私は数えた。


「1」


 レオの肩が震える。


「2」


 リコさんも肩を強張らせる。


「3」


 剣が石畳に落ちた。

 金属音と同時に、天井の鎖がきしむ。


「4」


 レオが両手を石畳についた。

 配信映えとはほど遠い、這いつくばる姿勢。


「5」


 レオの左足が、白線の内側へ滑り込む。


「止まって!」


 天井の獣像が、鎖の長さぎりぎりまで落ちた。

 レオの背後、ほんの30センチの場所で、金属の顎が閉じる。


 顎が石畳を叩き、配信画面がまた白く飛ぶ。


 でも、誰も潰れていない。誰も、まだ死んでいない。


『……っ』


 画面の中で、レオは両手を石畳についたまま動けない。

 落とした剣だけが、白線の外でまだ小さく震えていた。


 全員が白線の内側に入った時。

 配信画面に気の抜けたクリア音が流れる。


 画面右上の条件欄が更新された。


 ――攻略条件

 全員を安全圏へ退避

 安全圏表示 白線

 対象者 4/4


 条件欄が、一拍置いて切り替わった。


 ――攻略完了

 生存者 4/4


 攻略が終わったからって、私の仕事はまだ終わっていない。

 それでも4人は生きて同じ画面の中に残っている。


 コメント欄は、追いつけない速さに変わっていた。


 《うおおおお》

 《生きた》

 《攻略完了出た》

 《安全圏に全員入った?》

 《ゲームみたいで草》

 《掃除係ちゃん、つよつよナリ》

 《掃除係に動かされるトップ探索者w》


 そして、新たな名前が混じり始める。


 《掃除係って結局誰なん》

 《白線?》

 《白線の人ナリ》


 白線の人。


 その言葉が自分に向けられていると気づくまで、走りながら数歩かかった。

 8万人以上が、この映像を見ている。


 泣きそうになった。

 いや、少しだけ笑いそうにもなって、すぐに唇を引き結んだ。


 掃除係はいらない。

 違う。掃除係がいなければ、いま誰かが死んでいた。


 遠隔の救助中もずっと走っていたが、ようやく現場の17番扉が見えた。

 扉の向こうから、砕けた石の煙と悲鳴と熱風が漏れている。


 私は白テープをカッターで切り、扉の手前の石畳に1本、まっすぐ貼った。

 画面越しの推測を、ここから自分の靴底で確かめる。


「今から現場に入ります」


 本配信のマイクにも拾われるように、通話へ向けて言う。


 私は扉を開ける。

 熱い石煙の向こう、罠部屋の奥へ視線を向けた。


 奥の石畳の上、何もなかった空間に黒い染みがにじんだ。石煙がそこだけ細く裂ける。染みは床から浮き上がり、縦長の輪郭になって、まぶたを開くみたいに広がっていく。

 黒い輪郭は四角形になり、やがて天井まで届く大きさへ伸びた。


 黒いゲートが、その場で開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ