第12話 久我ハルト
久我ハルト。
石畳の冷たさが、足元に残っていた。
透明な保管カプセルの底面に貼りついていた紙片も、まだ視界に残っている。
ケースの外側には、ヴァルト管理番号VLT-N404-C06。
中にあった紙片には、探索者登録番号KGH-0217-H。
片方は企業の管理番号。
もう片方は、人間の番号。
その2つが、同じケースに残っていた。
3年前、行方不明として処理された人がいた。
その番号が、なぜ深層素材を入れたケースの中にあるのか。
それを確かめるには、順に追う必要があった。
「まず、3年前の事故記録を出します」
トウマさんが端末を臨時卓へ置いた。
画面に、古い事故報告書が開く。
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行方不明者欄: 久我ハルト。
原因欄: 魔素濃度急上昇による迷宮内消失。
搬出物: なし。
回収物: なし。
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私は、その2つの「なし」を見つめた。
何も残らなかったことにするための、きれいすぎる言葉だった。
「次に、ヴァルトから提出された搬出ログです」
トウマさんが別の画面を重ねる。
日付は同じ。
場所も同じ、2層旧搬入口。
違っていたのは、その7分後の記録だった。
事故報告書では、21時12分に魔素濃度上昇。
ヴァルトの搬出ログでは、21時19分にVLT-N404-C06を地上倉庫へ移送。
その番号は、さっき未登録縦穴から出てきた封止ケースと同じだった。
「報告書では、搬出物なし。でも企業ログには、7分後にVLT-N404-C06の移送記録があります」
トウマさんの声は静かだった。
冷たいのではなく、震えないように抑えているような声だ。
「ただし、これだけなら、別件の通常搬出だと言い逃れられます」
「だから、管理番号照合表ですね」
「はい」
トウマさんが、VLT-N404-C06の管理番号照合表を開いた。
事故報告書、搬出ログ、照合表。
3つの画面が臨時卓の上で横に止まる。
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ケース番号: VLT-N404-C06。
内容物タグ: S-06-217-KH。
搬出物名: 深層結晶片、試験採取片。
採取者: 空欄。
責任者: 深町リョウスケ。
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ケース番号とは別に、内容物タグの欄があった。
私は、内容物タグの欄から目を離せなかった。
「S-06-217-KH……」
トウマさんが、さらに横へ番号生成規則を出す。
私はすぐには読めなかった。
紙片に残った番号と、内容物タグを同じ高さへ並べた。
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S-06: 素材区分。
217: 元番号の下3桁。
KH: 個人識別欄。
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紙片に残っていた探索者登録番号は、KGH-0217-H。
会社の番号に見えるよう、元の番号から組み替えられている。
でも、217とKHは残っていた。
KHは、久我ハルトの頭文字と一致する。
「久我ハルトさんの探索者番号を、素材搬出用のタグに変換しています」
自分の声が、思ったより硬く聞こえた。
「名前は消して、番号だけを残した。人間の登録番号を、物を運ぶための記号にしている」
臨時卓の周りが静かになった。
臨時卓の保全リストに、管理番号照合表が追加された。
職員が事故報告書と搬出ログのタブを横に並べる。
KGH-0217-H、S-06-217-KH、VLT-N404-C06。
別々の欄にあった番号が、同じ画面の中で動かなくなった。
ヴァルト担当者の指が、端末の端を叩いたまま止まる。
私は、責任者欄に残った名前を見る。
深町リョウスケ。
契約終了の通知には出てこなかった。
でも、機材搬入の許可や清掃時間の変更連絡の末尾に、何度もあった名前だ。
表に出る謝罪文には出てこない。
でも、現場を動かす書類にはいる。
ここにもいる。
職員の1人が、責任者欄を見て記録ペンを止めた。
ヴァルト担当者だけが、画面から目を逸らす。
「採取者が空欄なのに、責任者だけは入っているんですか」
「そうです。誰が採ったかは消えている。でも、責任者欄の名前だけは残っている」
トウマさんの目が、少しだけ細くなる。
私は清掃バッグの金具を握りしめた。
3年間、アキトさんにとって弟さんは、行方不明者のままだった。
それなのにヴァルトは、その番号を素材の搬出に使っていた。
「……ひどい」
言葉が、それだけしか出なかった。
トウマさんは否定しなかった。
「ひどいです。だからこそ、怒りで急がないようにします」
私は顔を上げる。
「まだ、もう1つあります」
私はヴァルトの搬出ログの下部を指した。
VLT-N404-C06に付随する処理欄があった。
清掃実施欄: 担当なし。汚染なし。封止なし。
「でも、この3つはケースの状態と合いません」
私は、ケース外周の採取フィルムをライトの下へ置いた。
採取フィルムには、2種類のコーティング剤が残っていた。
古い黄色いA-12。乾いて黄色くひび割れている。
その上からかけられた、白いA-17。
さらに、A-17の下には青い反応が残っている。
「A-17は、高危険度用のコーティング剤です。使えば、払出も作業者もログに残ります」
私は、白いA-17の端を指した。
「封止なしなら、2種類のコーティング剤は出ません。汚染なしなら、A-17の下に反応は残りません」
トウマさんが画面を保全する。
「清掃ログの該当欄を保全。A-17の払出記録と作業者欄を照会します」
職員が頷き、画面上の記録を順に保全した。
私は、画面に並ぶ記号を頭の中で短くまとめた。
いま言えるのは、ここまでだった。
旧搬入口で行方不明になった人の番号が、深層素材の搬出タグに作り替えられている。
7分後の搬出ログと、ログにないコーティング剤は、そのタグを付けたケースが事故現場から運び出された疑いを支えている。
その時、臨時卓の公開動向モニターに新しい表示が出た。
2層旧搬入口、通常補修確認中。
私は画面を見たまま、指を止めた。
「もう変わってる」
現場確認が終わる前に。
記録の照合が終わる前に。
外へ出る表示だけが、先に変わっている。
担当者の端末に通知が浮かんだ。
担当者は臨時卓の向かい側に立っていて、端末画面をこちらへ向けたままだった。
伏せられるまでの数秒、通知プレビューには件名と本文の先頭が分かれて表示された。
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【社内連絡】
遺族接触は慎重に
3年前事故との関連を断定させるな
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担当者はすぐに画面を伏せた。
「指示が来ましたね」
トウマさんが、画面から目を離さずに言った。
私は、担当者の端末と公開動向モニターを見比べた。
「その通知時刻と、表示の更新時刻を保全してください」
私の声は、絞り出すように小さかった。
それでも、震えてはいなかった。
トウマさんがすぐに職員へ頷く。
臨時卓の保全リストに、保存済みの印が2つ並んだ。
「通知と表示更新を、同じ記録に入れます。誰が表示を変えたかは、夏目主任へ確認します」
担当者の指が、端末の上で止まった。
白テープのロールが、手の中できしんだ。
それでも、言えた。
アキトさんに知らせたい。
でも、こちらの答えを先に渡して、記憶を誘導したくはなかった。
3年前の事故報告書、ヴァルトの搬出ログ、管理番号照合表、ケース側面に残った「返せ」の文字。
どれも、旧搬入口で見つかった封止ケースへつながっている。
そのケースの中に、久我ハルトさんの登録番号が残っている。
「アキトさんを呼びます」
トウマさんが言った。
私は思わず顔を上げた。
「もう、ですか」
「はい。ただし、聞き取りではありません。証拠保全済み資料の確認立会いです」
彼は端末に文面を打つ。
久我氏へ連絡。
3年前事故関連資料について確認立会いを依頼。
事前説明は証言誘導を避けるため最小限。
到着後、保全済み資料を提示。
その文章を見て、私は清掃バッグの金具から手を離した。
少なくとも、弟さんの名前を雑に投げつける文章ではない。
アキトさんを、証拠のために呼ぶ文章でもない。
人として来てもらうための、ぎりぎりの文面。
「送信します」
トウマさんが言う。
画面に送信の2文字が出ても、すぐに既読はつかなかった。
昨日救助されたばかりの人だ。
病院で眠っていると考えるのが自然だった。
でも、3年前から弟さんを探し続けていた人だ。
私は、既読のつかない画面を見つめていた。
しばらくして、トウマさんの端末が震え、返信が届いた。
届いた短い文章は、行きます、だけだった。
それから、続けてもう1通が表示される。
弟から、事故の前日に写真が送られてきていました。
旧搬入口に、黄色いコーティング剤が写っている写真です。
関係ありますか。
3年間、ずっと残してありました。
私は、端末の画面を見たまま動けなかった。
トウマさんも、初めて少しだけ表情を変えた。
アキトさんが持っている弟の記録。
ヴァルトのログにはない、事故前日の写真。
そこに、古いA-12コーティング剤が重なる。
透明な保全カバーの中で、封止ケースが白く光っていた。
ケースの側面にあった「返せ」が、今度はアキトさんの返信の上に重なって見えた。




