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全言語翻訳カンスト勢の悩み相談所 ~魔物の愚痴を聞くだけで世界征服しそうです~  作者: キュラス
深淵の森のボロ小屋

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熱血勇者の決死の突撃と、温かいカモミールティーの陥落

鬱蒼と生い茂る木々が太陽の光を遮り、昼間でも薄暗い『深淵(しんえん)の森』。

人類が絶対に足を踏み入れてはならないとされるその超Sランク危険地帯を、一人の青年が歩を進めていた。


異世界より召喚されし熱血勇者、レオ。

彼の右手には、神々しい光を放つ『聖剣(せいけん)』が握りしめられ、全身からは黄金色の『聖なる闘気』が立ち昇っている。

彼の一歩一歩には、エルディア王国全土、いや、この世界の人類すべての希望と命運が懸かっていた。


(……すごい瘴気(しょうき)だ。並の騎士なら、この森の空気を吸っただけで発狂してしまうだろう)


レオは額に滲む汗を拭い、油断なく周囲を警戒(けいかい)した。

国王から聞いた情報によれば、この森の奥には、竜王や悪魔をも従える規格外の『真の魔王』が潜んでいるという。

道中、木々の間から蠢く不気味な気配を感じたが、レオの放つ強烈な聖気に恐れをなしたのか、低級な魔物たちは一匹として襲ってこなかった。


(待っていろ、魔王……! 俺が必ず、お前の野望を打ち砕き、罪なき人々を救ってみせるッ!)


元の世界では、ただの正義感の強い高校生だった。

だが、あの地下祭壇で、涙ながらに救いを求めてきた国王や人々の顔を見た瞬間、レオの中で何かが弾けたのだ。

「困っている人を助ける」。その信念一つで、彼は恐ろしい魔の森を一人で進んでいた。


やがて、木々が開け、少し開けた空間に出た。

レオの足が、ピタリと止まる。


「ここが……魔王城……ッ!?」


レオの目の前に現れたのは、漆黒のオーラを放つ恐るべき結界に囲まれた、一軒の……古びた木造の小屋だった。

一見するとただのボロ小屋に見えるが、レオの勇者としての直感(および国王からの過剰な事前情報)が、激しい警鐘を鳴らしていた。


(騙されないぞ。あれは幻影だ。庭に咲き乱れているあの赤黒い花は、近づく者の魂を喰らうという『曼珠沙華(まんじゅしゃげ)・アビス』……! そして、あの庭の隅で丸まって寝ている巨大な銀色の獣は……!)


レオは息を呑んだ。

神話の魔獣『フェンリル』。

それが、まるで番犬のように(というか完全に腹を出して)いびきをかいて眠っている。その横では、触れるものすべてを溶かす『溶解粘性体(アシッド・スライム)』が、なぜか落ち葉を集めて山にしていた。


(なんて恐ろしい光景だ……! 神話級の化け物たちが、まるで家畜のように飼い慣らされている。これが、魔王の力……!)


レオは震える足を叱咤し、聖剣を両手で構え直した。

結界を破るための聖なる力を限界まで高め、黄金のオーラを爆発させる。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


レオは雄叫びを上げ、渾身の力を込めて結界(※ただの魔除けの柵)を斬り裂き、そのまま庭へと飛び込んだ。


「覚悟しろ、邪悪なる魔王ッ!! 異世界より召喚されし勇者レオが、貴様の野望を――!!」


勢いよく小屋の扉を蹴り開け、レオは聖剣を突きつけた。


そこには、恐ろしい玉座も、禍々しい祭壇もなかった。

あるのは、手作りの木製テーブルと、日差しの差し込む暖かなキッチン。


「ん? お客さん?」


エプロン姿の人の良さそうな青年――ジンが、石窯から焼き立てのクッキーを取り出しているところだった。


「な……?」

拍子抜けするレオ。


「き、貴様……魔王だなッ!? 騙されないぞ、その優しそうな顔の裏に隠された邪悪な本性を、この聖剣が打ち払ってやる!」


レオが再び剣を構えようとした瞬間。

ジンの背後から、氷のように冷たく、圧倒的な殺意を秘めた声が響いた。


「……何者かしら。ジン様の神聖なるティータイムに、土足で踏み入る不敬な塵芥ちりあくたは」


音もなく現れたのは、美しいエルフのメイド――ルミナだった。

彼女の手には二振りの短剣が握られ、その瞳はレオの命を微塵切りにするための軌道を完全に演算し終えていた。


「ひっ……!?」

ルミナの放つ本物の『殺気』に、レオは思わず後ずさった。


「ルミナ、ストップ。物騒なもの片付けて」

「し、しかしジン様! この不届き者は、ジン様のお命を狙って……!」

「いいから。お客さんかもしれないだろ」


ジンが軽くたしなめると、ルミナは「ははっ……!」と冷や汗を流しながら短剣を引っ込め、壁際へと後退した。


ジンは手を拭きながら、剣を構えたまま硬直しているレオに向き直った。


「いらっしゃい。ここは『お悩み相談所』だけど、君は王国からの迷い人かな? すごく立派な剣を持ってるね」

「ふ、ふざけるなッ! 俺は勇者だ! この世界の平和を脅かす貴様を倒すために、日本から呼ばれてきたんだッ!」


レオは声を張り上げた。

その瞳は怒りに燃え、正義の炎を宿しているように見えた。


だが、ジンの持つ【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルが、レオの言葉の裏にある「真の感情」を、無情なまでに正確に脳内再生し始めた。


『うわぁぁぁぁぁん!! 本当はめっちゃくちゃ怖いよぉぉぉッ!! なんだよあのエルフのお姉さん、目がマジで殺しに来てたじゃんかよぉ! ていうか俺、昨日までただの高校生だったのに、急に異世界に呼ばれて「魔王倒して」って無茶振りすぎるだろ! 日本に帰りたいよぉぉ! お母さぁぁぁん!!』


「…………」


ジンは、表面上は熱く吠えている勇者を見つめながら、その奥底にある「ただの怯えた少年の泣き声」を聞いて、深く、深く同情した。


(そうか。王国の上層部は、こんな若い子を無理やり別の世界から呼び出して、神話級の魔物(の噂)がはびこる森へ一人で放り込んだのか。……いくらなんでも、ブラック企業すぎるだろ)


ジンの心に、強い怒り……ではなく、果てしない慈悲(じひ)の心が湧き上がった。


「……レオ君、と言ったね。急に知らない場所に連れてこられて、辛かっただろう」

「えっ……?」


ジンの予想外に優しい声色に、レオの言葉が詰まった。


「周りの大人たちに『勇者だ』『希望だ』って持ち上げられて、断れない状況にされて。本当は怖くてたまらないのに、無理して強がって、一人でこんな森の奥まで来たんだね」


「な、なんで……俺の心を……っ」


「剣を下ろして、そこに座りなさい。ちょうどカモミールティーを淹れたところだ。焼き立てのクッキーもあるよ」


ジンが優しく微笑みかけると、レオの中で張り詰めていた「勇者としての意地」という名の糸が、プツンと切れた。


カランッ……。

手から聖剣が滑り落ち、床に転がる。


「うぅ……っ……ひぐっ……!」

『だって……だって俺、本当は剣の振り方だってよくわかんないんだよぉ……! ずっと平和な日本にいたのに……誰も俺の本当の気持ちなんて聞いてくれなくて……っ!』


「うんうん、大変だったね。よく頑張った。温かいお茶を飲んで、少し落ち着こうか」


レオは椅子にへたり込み、両手で顔を覆ってボロボロと大粒の涙を流し始めた。

ジンは彼の背中を優しくさすりながら、テーブルにマグカップとクッキーの皿を置いた。


「うわぁぁぁぁん! 本当は魔王なんて倒したくないですぅぅ! 俺、ただ家に帰ってゲームの続きやりたいだけなんですよぉぉぉッ!」


ついに本音を爆発させ、子供のように慟哭(どうこく)する勇者レオ。

ジンは「そうだよねえ、ゲームの途中で呼ばれたら腹も立つよねえ」と、近所の面倒見の良いお兄さんのように相槌を打ちながら、彼に温かいお茶を飲ませていた。


▼▼▼


(…………なんと、恐ろしい光景だろうか)


部屋の隅で直立不動のまま、ルミナは絶望的な胃の痛みに耐えていた。


異世界より喚び出された、人類最後の希望であるはずの勇者。

その勇者が放っていた強烈な聖なるオーラと不屈の闘志が、ジンが放ったたった数言の「言葉」と、一杯の茶によって、跡形もなく消し飛んでしまったのだ。


(ジン様は、あの勇者の精神の最も脆い部分を瞬時に見抜き、寸分の狂いもなく言葉の刃を突き立てた。そして、一切の物理的危害を加えることなく、勇者の自我を完全に崩壊させ、ただ泣きじゃくるだけの赤子に変えてしまった……!)


ルミナの目には、ジンの優しい慰めが『恐るべき精神支配(洗脳)の魔法』にしか見えていなかった。


(かつて、これほどまでに残酷で、これほどまでに洗練された蹂躙(じゅうりん)があっただろうか。もはや、この世界にジン様を止められる存在などいない。人類の希望は今、一枚のクッキーと共に完全に砕け散ったのだ……ッ!)


「ほら、ルミナも突っ立ってないで、レオ君に予備のハンカチ持ってきてあげて」

「ひっ!? は、はいぃぃっ! 直ちに、絶望の涙を拭う布をご用意いたしますぅぅッ!」


ルミナが震える手でハンカチを差し出すと、レオは「ずびばぜん……っ」と鼻をかんだ。


「お兄さん……俺、どうしたらいいんでしょうか……国に帰ったら、王様たちに『戦え』って言われるし……」

「帰らなくていいよ。しばらくここにいればいい。空き部屋はたくさんあるし、畑の手伝いでもしながら、ゆっくり今後のことを考えよう」

「うわぁぁぁん! お兄さぁぁん!! 一生ついていきますぅぅぅッ!!」


かくして。

エルディア王国の命運を背負って召喚された熱血勇者レオは、たったの数十分で魔王ジンの軍門に降り、お悩み相談所の「住み込みの畑仕事手伝い(居候)」として仲間入りを果たしたのであった。


王国の上層部が「勇者の反応が消えた! やはり魔王に消されたか!?」とさらなる絶望のどん底に突き落とされていることなど、温かいお茶を飲んでほっこりしている彼らは知る由もなかった。

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