熱血勇者の降臨と、その頃の魔王(お昼寝中)
エルディア王国の地下深くに位置する『封星の祭壇』。
普段は立ち入りが厳しく禁じられているその神聖な空間は、今、異様な緊張感と圧倒的な魔力の渦に包まれていた。
「おおおおっ……! 魔力が、集まっていく……!」
祭壇を囲む数十人の高位魔術師たちが、滝のような汗を流しながら詠唱を続けている。
床に描かれた巨大な魔法陣が、鼓動するように激しく光を放ち、地下空間全体を揺るがしていた。
「陛下。いよいよでございます」
玉座から下り、祭壇の様子を固唾を呑んで見守っていた国王の傍らで、王国騎士団長が声を震わせた。
先日、特務部隊の副隊長ゼクスが持ち帰った報告――『深淵の森』に巣食う真の魔王が、竜王や悪魔、さらには人の心までも完全に支配下に置いているという絶望的な事実は、王国上層部をパニックに陥れた。
もはや一刻の猶予もない。魔王が本格的な侵攻を開始すれば、人類は数日で蹂躙される。
その絶望を打ち払う唯一の希望が、古代より伝わる禁忌の秘術『異世界勇者召喚』であった。
「……来い! 我ら人類を救う、真なる光の御子よ……ッ!」
国王が祈るように叫んだ瞬間。
魔法陣から、太陽のように燦然と輝く光の柱が立ち昇った。
あまりのまぶしさに全員が目を庇う中、光が収まると、そこには一人の青年が立っていた。
年の頃は二十歳前後。
燃えるような赤い髪に、意志の強さを感じさせる真っ直ぐな瞳。
その手には、召喚の儀式と共に顕現した神々しい『聖剣』が握りしめられていた。
「ここは……?」
青年は周囲を見渡し、そして国王たちと力強い視線を合わせた。
「おお……! 貴方様が、異世界より召喚されし勇者殿か!」
国王が感激のあまり膝をつくと、青年は慌てて駆け寄り、国王の手を取った。
「俺はレオ! 日本という国で高校生をしていました! ……事情はわかりませんが、皆さんのその悲痛な顔を見れば、この世界が危機に瀕していることくらいわかります!」
レオ。
彼は元の世界でも、困っている人がいれば放っておけず、不良に絡まれている人を助けようとして自分がボコボコにされるような、絵に描いたような『熱血正義漢』であった。
未知の異世界に突然呼び出されたというのに、彼の心には不安よりも「困っている人々を救わねばならない」という使命感が燃え上がっていた。
「おお、なんという頼もしいお言葉……! レオ殿、どうか我々を、いや、この世界を救っていただきたい!」
国王は涙ながらに、これまでの経緯を語った。
『深淵の森』に突如として現れた、底知れぬ力を持つ『真の魔王』の存在。
竜王や悪魔といった神話級の化け物たちを束ね、近づく者の魂を喰らう魔植物を庭に植え、あまつさえ王国最強の暗殺者や騎士の心までをも籠絡し、手駒にしているという恐るべき悪逆非道な振る舞いを。
(※注:ジンはただお茶を出し、家庭菜園を作り、愚痴を聞いていただけである)
「……許せない」
国王の話を聞き終えたレオの体から、黄金色の強烈なオーラが立ち昇った。
それは、勇者のみが発現できるという『聖なる闘気』だった。
「罪なき人々を怯えさせ、人の心を弄び、力で支配する……そんな魔王の存在を、俺は絶対に許さないッ!!」
レオは聖剣を天高く掲げ、地下祭壇に響き渡る大声で宣言した。
「王様! 俺に任せてください! その『深淵の森』に巣食う邪悪なる魔王は、この俺が必ず討ち果たして見せます! そして、この世界に本当の平和を取り戻してみせるッ!!」
「おおおおっ!! 勇者万歳! 光の御子、万歳!!」
地下祭壇は、熱狂的な歓声と希望の涙に包まれた。
今ここに、人類の希望を一身に背負った最強の熱血勇者が誕生したのだ。
魔王城へ向け、王国軍と勇者の進軍準備が、急ピッチで進められることとなった。
▼▼▼
一方、その頃。
人類の存亡をかけたシリアスな空気が王国を包み込んでいるまさにその時、当の『真の魔王』ジンは――。
「んん〜……ポチ、もうちょっと右……そうそう、そこ。あー、あったかい……」
『ワォン(※意訳:任せとけご主人様! 俺のモフモフの腹でぐっすり寝てくれ!)』
『お悩み相談所・止まり木』の縁側。
ポカポカとした小春日和の陽気の中、ジンは神話の巨狼フェンリル(ポチ)の巨大でフワフワなお腹を極上のクッション代わりにして、気持ちよさそうにお昼寝を満喫していた。
「ジン様……! そのままでは寝冷えしてしまいます! こちらの毛布を!」
エルフの受付嬢ルミナが、甲斐甲斐しくジンの体に毛布をかける。
彼女の目には、フェンリルを敷き布団にしているジンが『神話の魔獣すらただの寝具として扱う絶対支配者』として映っているのだが、今はただジンが風邪を引かないことだけを第一に考えて行動していた。
足元では、世界を溶かす大災害であるはずのアシッド・スライム(プル)が、『あらあら、お兄さん気持ちよさそうねぇ』と呟きながら、庭に落ちた枯れ葉をせっせと取り込んで掃除をしている。
庭の隅では、ルミナが命懸けで持ち帰ってきた凶悪な魔植物たちが、『しーっ、ジンお兄ちゃんが寝てるから静かにしてあげよー!』『日光浴きもちいい〜!』と、キャッキャと無邪気に光合成を楽しんでいた。
「ふわぁ……平和だなあ……」
ジンは薄く目を開け、平和な庭の景色を眺めながら幸せな欠伸を一つ。
「ルミナ、お昼ご飯は何にする? 昨日ヴァニアちゃんが置いていってくれた魔界のクッキーもあるから、食後のおやつにしようか」
「はいっ、ジン様! 今日のランチは、ジン様のお口に合うよう、最高の『森のキノコパスタ』をご用意いたします!」
世界を滅ぼす魔王城(ボロ小屋)は、今日も驚異的なまでにスローライフを謳歌していた。
この圧倒的に平和で気の抜けた青年と、圧倒的に熱苦しい正義感の塊である勇者。
決して交わるはずのなかった二つの運命が、正面衝突する日は、もうすぐそこまで迫っていた――。




