ブラック労働と、冥界への出張宣告
「……なるほど。じゃあ、俺がこの前『双六のルール』を変えちゃったせいで、君たちの会社(冥界)は仕事がなくなって、倒産寸前になってるってこと?」
『深淵の森』のボロ小屋の縁側。
温かいお粥を食べて、無機質なシステムから「感情」を強制再起動させられた三人の『冥府の執行官』たちは、ポロポロと涙を流しながら頷いた。
『――肯定。エルディア星オヨビ周辺次元ニオイテ、「死」ハ「一回休ミ」トシテ処理サレテオリマス。我々ハ回収スル魂ヲ失イ、深刻ナ魔力不足(不況)ニ陥リ……末端ノ社員カラ順ニ、消滅シテイル状態デス……』
「そっかぁ。それは本当に申し訳ないことをしたね」
ジンは、深刻な顔で腕を組み、少し前の出来事を思い返していた。
――あれは数週間前、みんなで魔界へ慰安旅行に向かうバスの中でのことだ。
道中の暇潰しに、大魔王ゼアノスと古代邪神ゾルギアが魔界の伝統的なボードゲーム『終焉の双六』を取り出して遊び始めた。しかし、その双六のマス目には「毒沼で死亡」「魔獣に食われて死亡」など、やたらと物騒な『即死マス』が配置されており、二人はマスに止まるたびに(ゲーム内のアバターが)文字通り消滅してはマジギレしていたのだ。
『これじゃあせっかくの旅行気分が台無しじゃないか。……よし、これからは「死亡」のマスに止まっても、ただの「一回休み(休憩)」ってことにしよう。その方がみんなで長く遊べて楽しいだろ?』
ジンがのんきに笑いながらそう宣言した瞬間。
彼の麦わら帽子の上に浮遊する『神使の輪』が、ピカッと神々しい光を放ったのである。
(……まさか、あの時のただの「ローカルルールの提案」が、ゲームの中だけじゃなくて、現実の宇宙の『死の概念』そのものをパッチ修正しちゃってたなんてなぁ)
ジンは、自分の「管理者権限」の恐ろしさに全く気付かないまま、「言葉の綾で取引先に迷惑をかけてしまった」と本気で反省していた。
(…………本日の、一錠目)
ルミナは、縁側の柱の陰で、真新しい胃薬の封を切った。
(ジン様……。貴方様の遊びのルール(鶴の一声)が、宇宙の理を書き換えてしまったことを、今、ご自身で肯定されましたわね。……私の胃壁は、もう修復不可能な次元に到達しそうです)
その時だった。
「ジ、ジンさん! 大変っす! とんでもないニュースが飛び込んできたっすよ!」
畑の方から、勇者レオと聖騎士クラリスが、血相を変えて駆け込んできた。二人の手には、エルディア王国が発行する『王都日報(号外)』が握られている。
「どうしたの、二人とも。そんなに慌てて」
「これを見てくださいませ、ジン様! 今、人間の国で恐ろしいことが起きているのですわ!」
クラリスが震える手で差し出した号外の束。
そこには、デカデカと『死の消失!? 永遠の命がもたらす悲劇!』という見出しが躍っていた。
「……死の消失?」
ジンが新聞を受け取り、目を通す。
『――王都および周辺の村々にて、寿命や致命傷を迎えた者が「少し休む」と言って数時間後に完全に復活する現象が多発している。初めは神の奇跡と喜ばれたが、事態は深刻化。いくら働いて倒れても数時間で生き返るため、悪徳領主たちが「睡眠不要、死なない奴隷」として領民を24時間体制で強制労働させ始めている。また、老衰で安らかな眠りを望む老人たちも、永遠に目を覚ましてしまう「安息のない地獄」に苦しんでいる――』
「…………」
ジンは、新聞を持ったまま、ピタッと動きを止めた。
「ジンさん、やばいっすよ! 王国のブラック企業(貴族たち)が、『死なないなら無限に働かせられる!』って、労働基準法を完全に無視して暴走してるっす! 民衆が地獄の無限ループで搾取されてるっすよ!」
レオが頭を抱えて叫ぶ。
「……なるほど。そういうことか」
ジンから、いつもの温厚な空気がスッと消え去り、静かで、しかし絶対的な『怒り』が滲み出した。
その気迫に、縁側でお茶を飲んでいた魔王ゼアノスや、プレハブから顔を出した創造神でさえも「ビクッ」と肩を揺らす。
「俺のせいだ」
ジンが、低くつぶやく。
「俺が、『死』を『一回休み』なんて中途半端なルールに書き換えちゃったからだ」
(お、おお……! ついにジン様が、ご自身の神の如き力に自覚を持たれ……宇宙のシステムを狂わせた罪の重さに気づかれたのですね……!)
ルミナが息を呑んだ、その直後。
「『一回休み(休憩時間)』の後には、必ず『退社(帰宅)』がなきゃダメじゃないか! 休憩だけ与えて無限に働かせるなんて、完全なブラック労働だ! 俺は、ルールの説明を間違えていたんだ!」
「…………えっ?」
ルミナの思考が停止した。
ジンの怒りのベクトルは、「死の概念を狂わせたこと」ではなく、「休息(死)という名のゴールを与えず、無限労働(ゾンビ化)を強いるブラック企業への憤り」へと、完全に明後日の方向に向かっていたのである。
▼▼▼
「これは、俺が責任を持ってアフターサポート(クレーム対応)をしなきゃいけない。……君たち」
ジンが、縁側に座る三人の執行官(死神)たちを真っ直ぐに見据えた。
執行官たちは、ジンの放つ「圧倒的な管理者権限のオーラ」に、思わず背筋を伸ばす。
「君たちの会社(冥界)の社長さんは、今どこにいるの? 俺が直接行って、新しい就業規則を提案してくる」
『――!? め、冥界の王ハデス様……デスカ? 王ハ、次元ノ最下層デアル『裁キノ玉座』ニ……。シカシ、生者ガ冥界ニ立チ入レバ、魂ガ肉体カラ強制剥離シ……』
「大丈夫。ちょっと取引先に出張してくるだけだから。案内してくれるかい?」
ジンの真っ直ぐな瞳。
それは、感情を持たなかった執行官たちの心に、強烈なバグを引き起こした。
自らを殺そうとした刺客に対し、お粥を与え、あまつさえ「君たちの会社の倒産危機を救う」と言ってくれているのだ。
『――……了解。我ラハコレヨリ、対象・ジンヲ『特例ノVIP(救世主)』トシテ、冥界本社ヘト案内シマス』
三人の死神が、ボロ小屋の庭に膝をつき、ジンに対して深々と頭を下げた。
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「おいおい、ジン君! 本気で行く気かい!?」
プレハブ小屋から飛び出してきた創造神(社長)が、ヨレヨレのドテラ姿で慌てふためく。
「冥界は私(天界)の管轄外の独立機関なんだ! ハデスは融通の利かない超絶お堅い男だよ! 生きたまま乗り込むなんて、宇宙の理を根本から破壊する行為だ!」
「社長さん、心配しないでください。ご近所トラブルも、仕事のトラブルも、直接顔を合わせて話し合うのが一番ですから。ゼフさん、ちょっと出かけてくるから、留守番頼みますね」
「ア、アア……。気をつけろよジン殿。……いや、気をつけるのはハデスの方か……」
大魔王が遠い目をしながら手を振る。
「ルミナ、お弁当作ってくれる? 冥界の社長さんへの手土産(お詫びの品)も持っていきたいんだ」
「……はい。かしこまりました。お詫びの品……(冥界王の首を物理的に落とすための爆弾でも仕込みましょうか……)」
ルミナは達観した表情でキッチンへと向かった。
かくして。
エルディア星を揺るがす「死なない世界」のバグを修正(再構築)するため、ジンは三人の死神を従え、次元の最下層・冥界への『出張(クレーム対応)』へと旅立つのであった。
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一方その頃、冥界の閻魔庁。
玉座に座る冥界王ハデスは、遠隔視覚の映像を見て、ワナワナと震えていた。
「バ、バカな……! バカなバカなバカなァァァッ!!」
漆黒の大鎌を床に叩きつける。
「我が放った最強の刺客共が、あの人間に手懐けられたばかりか……こちらへ『案内』しているだとォォッ!? しかも、手土産(弁当)だと!? 我ら冥界の理を愚弄する気かァァァッ!!」
ハデスは、玉座から立ち上がり、冥界の全軍に激を飛ばした。
「全防衛システムを起動しろ! ケルベロスを放ち、嘆きの川の橋を落とせ! あの特異点を、何としても冥界に入れるな! 宇宙の『死』の尊厳を、我らが死守するのだァァァッ!!」
感情を持たぬはずの冥界の王が、かつてないほどのパニックと焦燥感に包まれていた。
宇宙の絶対的なルールである「死」と、それを「労働基準法(休憩と退社)」で上書きしようとするジンの、絶対に分かり合えない異次元の交渉が、今まさに幕を開けようとしていた。




