裏庭のプレハブ小屋と、規格外すぎるご近所トラブル
『深淵の森』の朝は早い。
木漏れ日が差し込むボロ小屋のキッチンでは、トントントン……という軽快な包丁の音が響いていた。
「ルミナ、お味噌汁の出汁、すごくいい匂いだね。魔界の昆布(※猛毒の深海魔藻)と、天界の鰹節(※神鳥の干し肉)の合わせ出汁、すっかり板についてきたじゃないか」
「……もったいなきお言葉です、ジン様。ですが、毎朝この規格外の食材を『ただの朝食』に加工する作業は、暗殺の任務より神経をすり減らしますわ……」
エプロン姿の元・暗殺者ルミナが、引き攣った笑顔で味噌を溶く。
彼女の足元では、天界から送られてきた自律型神罰兵器(※お掃除ロボ)が、「マスター、キッチンの床もピカピカだニャン♪」と愛らしく床を磨いていた。
「よし、じゃあみんなを呼んでこようか。……おや?」
ジンが縁側に出ると、ボロ小屋の裏庭――昨日、突如として建設された『天界本社・ボロ小屋出張所(プレハブ小屋)』のアルミ戸が、ガラガラと音を立てて開いた。
「ふわぁぁ……。おはよう、ジン君。今朝も冷えるねぇ」
そこから出てきたのは、ヨレヨレのスーツの上にドテラを羽織り、寝癖を爆発させた中年男性。
言うまでもなく、この宇宙のすべてを創り出した絶対存在――『創造神』(通称:社長さん)である。
「おはようございます、社長さん。プレハブの寝心地はどうでした?」
「いやぁ、最高だよ! 天界の無機質なクリスタルベッドと違って、君に借りた『煎餅布団』は妙に落ち着くんだ。それに、朝起きてすぐ土の匂いがするなんて、何億年ぶりか……」
宇宙のトップが、プレハブの脇に置かれたプラスチックのゴミ箱に、空の缶コーヒーをポイッと捨てながら背伸びをする。
その背後では、エリート大天使長ミカエルが、ジャージ姿で「社長! 本日のエラー報告書です! あと、ゴミの分別はしっかりお願いします!」と書類の束とほうきを持って駆け回っていた。
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「さあ、みんな揃ったね。いただきます!」
ボロ小屋の居間。
ちゃぶ台を囲む面々の密度は、もはや「宇宙の縮図」を超えて「特異点のすし詰め」状態であった。
右に大魔王ゼアノスと古代邪神ゾルギア。
左に勇者レオと聖騎士クラリス。
そして正面には、ドテラ姿の創造神と、最高監査局長ヴェリタスが正座でお茶碗を持っている。
「ズズッ……。あぁぁ〜……ジン君の作る味噌汁は、本当に宇宙の真理だねぇ。天界のシステムエラーによる頭痛が、一瞬で吹き飛ぶよ」
創造神が、焼き魚をつつきながら涙ぐむ。
「社長、焼き魚に醤油(※魔力最適化された万能調味料)をかけすぎです! 塩分過多で宇宙のバランスが崩れますよ!」
隣でヴェリタスが、まるで小姑のように世話を焼いている。
「ゼフさん、大根おろし足りてますか? ゾルギアのお爺ちゃんも、お茶のおかわり淹れますよ」
「おお、すまんなジン殿! 我が魔界の朝も、これくらい平和なら良いのだがな」
「フォッフォ。ジンのおかげで、三万年ぶりに虫歯を気にせず沢庵が噛めるわい」
(…………)
ルミナは、キッチンの隅で、本日一錠目の胃薬を水なしで飲み込んだ。
(終わっています……。魔界の絶対君主と、古代の邪神と、宇宙の創造主が、ちゃぶ台を囲んで『焼き鮭の皮を食べるか残すか』で談笑しています……。もしこのちゃぶ台に隕石が落ちても、彼らは「埃が舞った」程度にしか感じないでしょうに……)
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朝食後、平和な日常のひとコマ(ご近所トラブル)は庭で起こった。
「ジン君! 大変だ、プレハブの裏に生えてる雑草を抜こうとしたら、ちょっと力が入っちゃって……!」
ジャージ姿の大天使長ミカエルが、顔面を蒼白にして駆け込んできた。
ジンが庭に出てみると、プレハブの裏手で、直径三メートルほどの『絶対的虚無空間』が、ズズズ……と周囲の土や空気を吸い込みながら渦巻いていた。
天使の膨大な神力が、雑草の根(空間の歪み)を引き抜いたことで、次元に穴を開けてしまったのだ。
「ヒィィィィッ!? み、ミカエル様! 裏庭にブラックホールが発生していますわァァァッ!」
クラリスが絶叫し、プレハブから飛び出してきた創造神も「おいバカ! 何してんだ! プレハブが吸い込まれるだろ!」とパニックになる。
だが。
「あーあ。ミカエルさん、雑草抜き手伝ってくれるのは嬉しいけど、そんなに思いっきり『穴』を掘らなくてもいいんですよ。これじゃあ足が引っかかって危ないじゃないですか」
ジンは、のんきにため息をつくと、物置から「ガムテープ」と「ブルーシートの切れ端」を持ってきた。
「ちょっとそこ、退いてくださいね。よいしょっと」
ペタッ。ビーーーッ。
ジンが、宇宙のすべてを呑み込む絶対的な虚無の上にブルーシートを被せ、四隅をガムテープでピタッと塞いだ。
カッ……!!!
ジンの頭上の『神使の輪』が光った瞬間。
宇宙の法則は「ジンのDIY精神」に強制上書きされ……暴走していたブラックホールは、ただの『ちょっとした水たまり用の養生(塞がれた穴)』へと完全にデグレードされたのである。
「ほら、これで大丈夫。後でちゃんと土を埋め戻しておきますから、怪我はないですか?」
「…………は、はい。怪我は……ない、です」
大天使長ミカエルが、ガムテープで塞がれたブラックホールを前に、ガクガクと膝を震わせてへたり込んだ。
創造神も、ドテラの裾を握りしめながら「……うちの社員のミスを……ガムテープで……」と白目を剥いている。
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(…………本日の、三錠目)
縁側の隅で、ルミナは静かに天を仰いだ。
「これが……私たちの新しい『日常』なのですね。神々のうっかりミスで世界が滅びかけ、それをジン様がホームセンターの道具で修復する……。私の胃壁は、果たしてこのスローライフ(神々の限界集落)にいつまで耐えられるのでしょうか……」
「ルミナ、お昼はうどんでいいかな? 社長さんたちが、ネギをたくさん入れてほしいってリクエストしててさ」
「……はい、ジン様。喜んで……宇宙の法則を刻ませていただきますわ」
魔王も、勇者も、そして宇宙の創造神でさえも。
ジンの圧倒的な「日常」の引力には逆らえない。プレハブ小屋の隣で紡がれる、最強で最高にカオスなスローライフは、今日も平和に過ぎていくのであった。




