創造神の天地崩壊と、宇宙の理を書き換える「コンプライアンス」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!
『深淵の森』の空が、完全に「裏返った」。
青空はどす黒い虚無へと反転し、太陽の光は文字通り「消灯」されたかのように宇宙の彼方へと消え去った。
大気が悲鳴を上げ、重力が狂い、地面の小石がフワフワと宙に浮き始める。
豚汁の炊き出しで賑わっていたボロ小屋の裏庭は、一瞬にして『世界の終わり』の最前線へと変貌した。
『――愚カナ。我ガ命ニ背キ、下界へト逃亡スルナドト。不良品ニハ、初期化ノ罰ヲ与エヨウ』
空の巨大な亀裂の奥から響いたのは、音波ではない。
宇宙の法則そのものを震わせる、絶対的な『真理の言霊』。
無数の銀河が渦巻く、巨大で不定形な「概念」のシルエットが、次元の壁を押し破ってボロ小屋の上空へと顕現した。
「ヒィィィィィッ!! しゃ、社長(創造神様)だァァァッ! 社長が本気で俺たちをデリートしに来たぞォォォッ!」
先ほどまで「豚汁うめぇ!」と泣いて喜んでいた天使たちが、ブルーシートの上で団子のように固まり、恐怖のあまり泡を吹いて次々と気絶していく。
「お、終わった……。大魔王であるこの我ですら、指一本動かせぬ……ッ! 魔力が、魂が、あの存在の前に立つだけで『無』に還ろうとしている……!」
魔界の絶対君主たるゼアノスが、顔面を蒼白にして地面に膝をついた。
「ゼ、ゼフさん……俺の『聖なる闘気』が、一瞬で蒸発しちまったっす……。これが、すべての生みの親……宇宙のトップ……!」
勇者レオも、握りしめていたクワを取り落とし、ガチガチと歯の根を鳴らす。
古代邪神ゾルギアに至っては、「あわわわ……儂のような単なるバグなど、一睨みで消し飛んでしまうわい……」と、庭の隅の樽の中に隠れて震えていた。
▼▼▼
世界が終わる。
創造神が「無に還れ」と念じた瞬間、エルディア星は宇宙の歴史から完全に消滅し、最初から存在しなかったこと(エラーの修正)にされるのだ。
圧倒的な絶望。神々の王が下す、一切の慈悲もない絶対的な死の宣告。
誰もが目を閉じ、自身の存在が分子レベルで分解される恐怖に耐えようとした、その時。
俺、ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この創造神の『宇宙崩壊の宣告』を、脳内でこのように完璧に変換して響かせていた。
『ふざけるな! 俺の会社から勝手に逃げ出しやがって! お前らみたいな使えない社員は全員クビだ! こんな赤字の部署(星)ごと、今すぐ会社を畳んでやる(倒産させてやる)ゥゥゥッ!!』
「…………」
俺は、豚汁の鍋をかき混ぜていたお玉を持ったまま、深く、深くため息をついた。
(……呆れた。自分の管理不足で社員を限界まで追い詰めて逃がしておいて、逆ギレして会社(星)ごと潰そうとしてるのか。典型的なワンマン社長の癇癪じゃないか)
「ちょっと、そこの社長さん」
俺は、絶望してひれ伏す魔王や天使たちを掻き分け、ズンズンと前へ進み出た。
麦わら帽子の上に浮遊する『神使の輪』が、俺の静かな怒りに呼応して、かつてないほどの激しい光の明滅を始める。
『――何ダ、貴様ハ。タダノ人間ガ、我ノ前ニ立チ塞ガルトイウノカ?』
創造神の巨大なシルエットが、ゴミでも見るような気配を俺に向けた。
そして、文字通り「瞬き」をするように、無造作に力を解放した。
カッ……!!!!
放たれたのは『創生の閃光』。
対象の存在確率そのものをゼロに書き換える、宇宙最強の消滅光線。放たれれば大陸一つが跡形もなく蒸発するほどのエネルギーの塊が、俺の頭上へと一直線に降り注ぐ。
「ジ、ジン様ァァァッ!! 逃げてくださ……ッ!」
ルミナの絶叫が響く。
だが、俺は逃げも隠れもしなかった。
ただ、右手に持っていた「お玉」を、ハエでも追い払うようにスッと頭上に掲げただけだ。
パァァァァンッ!!!
甲高い、まるで風船が割れたようなマヌケな音が響いた。
「えっ……?」
ゼアノスの間抜けな声が漏れる。
宇宙のすべてを無に還すはずの『創生の閃光』は、ジンの構えたお玉に当たった瞬間、まるで安物の花火のように火花を散らして、四散(霧散)してしまったのである。
『――ナッ!? 我ガ「消滅ノ理」ガ……弾カレタ、ダト……!?』
創造神のシルエットが、激しい驚愕に揺れ動いた。
「いきなり手を上げるなんて、最低ですよ。部下への暴力は、労働基準法違反です」
▼▼▼
俺が、お玉をビシッと創造神に向けて宣言した瞬間。
ジンの頭上の『神使の輪』が、太陽すらも凌駕する圧倒的な白銀の光を放ち、宇宙の法則そのものを、強引に、そして絶対的な力で『上書き(パッチ修正)』し始めた。
『――警告! 警告!』
創造神の脳内(宇宙の根幹システム)に、突如として真っ赤なエラーウィンドウが幾万とポップアップし始めた。
『対象(社員)への物理的攻撃は「パワーハラスメント」に該当します。コンプライアンス(法令遵守)保護システムが作動しました』
『暴力行為を検知したため、対象者(創造神)の攻撃コマンドはシステムによりロックされます』
『労働基準監督官の業務改善命令が発動します。速やかに監査に従ってください』
『ナ、ナンダコレハ!? 我ガ……我ガ力ガ……「法令遵守」ナドトイウ、下界ノ謎ノ概念ニ縛ラレテ、出力サレナイダトォォォッ!?』
宇宙の創造主が、パニックに陥って空でもがく。
星を消し飛ばす力を持っていながら、ジンの放った「パワハラ禁止」という概念的結界に阻まれ、一切の攻撃魔法が「エラー」として弾かれてしまうのだ。
「社長さん。そんな高いところから見下ろしてないで、こっちに降りてきなさい」
俺が低い声で言い放つと、宇宙の創造主は、まるで見えない巨大な重力(あるいは社会のルール)に引っ張られるように、ズルズルとボロ小屋の裏庭へと引きずり降ろされた。
ズズゥゥン……ッ!
そして、無数の銀河が渦巻いていた強大なシルエットは、みるみるうちに人間サイズに圧縮され……あろうことか、天使たちが座っているブルーシートの端っこに、強制的に『正座』させられてしまったのである。
「えっ……? しゃ、社長(創造神様)が、正座させられてる……?」
豚汁の椀を持ったまま気絶から目を覚ました天使たちが、信じられないものを見る目でポカンとしている。
大魔王ゼアノスは、あまりの光景に顎を外さんばかりに口を開け、勇者レオは「……あ、俺、夢見てるんだな。ははは」と現実逃避を始めた。
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(…………本日の、三錠目。……いや、私の胃壁もコンプライアンスで保護してくれませんかね)
ルミナは、お玉の入った鍋の横で、完全に光を失った瞳で胃薬をボリボリと咀嚼していた。
「終わりました……。宇宙の創造主が、ジン様の手によって『労基(労働基準監督署)の監査対象』として認定され、ブルーシートの上で正座させられています……。もはや、この宇宙の最強の法則は、神の怒りではなく、ジン様の『労働基準法(常識)』へと書き換えられてしまったのです……」
「さて、社長さん。まずはたっぷり、お話を伺いましょうか」
ジンが、お玉を持ったまま、正座する宇宙の創造主を見下ろしてニッコリと(しかし目は全く笑っていない状態で)微笑んだ。
神をも震え上がらせる、究極のコンプライアンス監査(ガチ説教)が、いよいよ幕を開けようとしていた。




