天界からの怪しい宗教勧誘と、神殺しのクーリングオフ
「いやぁ、温泉旅行のおかげで肌のツヤがいいよ。やっぱりたまには息抜きが必要だね」
『深淵の森』のボロ小屋。
秋晴れの心地よい風が吹き抜ける縁側で、ジンは麦茶を片手にのんびりと庭を眺めていた。
昨日の「温泉卓球(空間破壊)」や「射的(地形貫通神罰)」の記憶は、彼の中では「ちょっと白熱した温泉遊び」として綺麗に処理されている。
足元では、天界から送り込まれた自律型神罰兵器(※アップデート済)が「ご主人様、今日も縁側はピカピカだニャン♪」と愛らしい電子音を鳴らしながら回転していた。
「……はぁ。ジン様の精神構造は、もはや宇宙の物理法則よりも強固に保たれているのですね。……私の胃壁は、温泉の効能など一日で吹き飛びましたが」
元・暗殺者のルミナが、本日一錠目の胃薬を水なしで飲み込みながら、死んだ魚のような目で空を見上げる。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
「……ッ!? なんだ、このとてつもない神威は……!」
畑でクワを振るっていた勇者レオが、バッと空を仰ぐ。
「またですか……。今度は一体、天界のどの部署からクレームが来たというのですか……」
聖騎士クラリスが、エプロン姿のまま絶望のため息を吐いた。
空がパカッと黄金色に割れ、そこから目も眩むような光の階段が、ボロ小屋の庭先へと降りてきた。
荘厳なトランペットのファンファーレと共に現れたのは、純白のスーツ(神衣)に身を包み、背中に六枚の巨大な光の翼を広げた、超絶美形の青年だった。
歩くたびに足元から百合の花が咲き乱れ、その完璧なルックスは、見る者すべての魂を魅了する。
天界の全軍を統べるエリート中のエリート、大天使長ミカエルである。
(なっ……! 監査局長のヴェリタス様に続き、今度は武の頂点たる大天使長が直々に……!?)
ルミナが息を呑む。
大魔王ゼアノスも「チッ、天界の嫌味なエリート筆頭が来やがったか……」と顔をしかめた。
ミカエルは、優雅な足取りでジンの前まで歩み寄ると、完璧な笑顔を浮かべて、恭しく一礼した。
「初めまして、エルディア星の特異点……ジン殿。私は天界の軍事と外交を統べる大天使長、ミカエルと申します。本日は、創造神様からの『特別なご提案』をお持ちいたしました」
「ご提案?」
ジンが首を傾げる。
「はい。貴方様のこれまでの輝かしい実績(バグの蹂躙)を鑑み……天界は、貴方と敵対するのではなく、正式に『業務提携』を結びたいと考えております。すなわち、貴方を天界の『特任相談役(神)』としてお迎えし、宇宙の厄介事の処理を、正規の報酬をもってお任せしたいのです!」
ミカエルが、大仰なジェスチャーと共に高らかに宣言する。
それは、一介の人間に対する「神への昇格」という、宇宙創生以来の超絶待遇であった。
だが。
ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、ミカエルのその胡散臭いほど完璧な笑顔と、大仰な言い回しを、脳内でこのように変換してしまったのである。
『こんにちは! あなたの人生、今のままで満足していますか? 私たちは、宇宙の真理を説く素晴らしい団体(宗教)です! 今ならなんと、あなたを幹部としてお迎えし、この「幸せになる壺(神の座)」を特別価格で提供いたします! 私たちと一緒に、やりがいのある仕事をしませんか!?』
「…………」
ジンは、麦わら帽子の奥で、スッと目を細めた。
(なるほど。たまに村にも来る、「怪しい宗教の勧誘」か。あるいは、「絶対に儲かる」とかいう情報商材の営業マンだな。スーツはビシッとしてるし顔もいいけど、胡散臭さがプンプンするぞ。うちの同居人たち(世間知らずの魔王や勇者)が騙されたら大変だ)
ジンは、かつてないほどの『警戒心』を露わにした。
「……ミカエルさん、と言いましたね。わざわざ遠くからご苦労様ですが、うちはそういうの、間に合ってますので」
「えっ……? ま、間に合っている……?」
ミカエルは、完璧な笑顔のままフリーズした。
神への昇格を「間に合っている」と断る人間など、この宇宙に存在していいはずがない。
「あの、ジン殿? もしかして私の言葉の意味が伝わっていなかったのでしょうか。私は、貴方を神の座へとお誘いしに……」
『お客様!? 話だけでも聞いてください! 今なら入会金無料で、さらにこの「奇跡のペンダント」もセットで……!』
「いいえ、はっきり伝わってますよ。でも、うちは今の生活で十分に幸せですから。変なツボとかペンダントとか、神様の座とか、そういうのは一切必要ありません。お引き取りください」
ジンは、冷たい麦茶を自分用にだけ注ぎ、ピシャリと拒絶した。
(な、なんだとォォォッ!?)
ミカエルのプライドが、音を立てて崩れ去っていく。
大天使長である自分が、これほどの好条件を提示しているというのに、まるで「新聞の勧誘をあしらう主婦」のような態度で断られているのだ。
「ま、待ってくださいジン殿! 創造神様からの直々のオファーを無下にするというのですか!? この提携を断れば、天界としても強硬手段に……」
ミカエルが、つい焦って神威(殺気)を漏らしかけた、その瞬間。
「……あのさぁ」
ジンが、麦わら帽子の上の『神使の輪』(最高管理者権限)をスッと手に取り、ミカエルの目の前でチラつかせた。
「しつこい営業は特定商取引法違反ですよ。これ以上無理に勧誘するなら……本社(天界)に連絡して、あなたたちの組織ごと『クーリングオフ(初期化)』しちゃいますよ?」
カッ……!!!
神使の輪が、かつてないほど冷たく、そして絶対的な「デリート(消去)の光」を放った。
ジンの「クーリングオフ」という言葉が、宇宙の管理者権限を通して『対象の存在そのものを、契約前(無)の状態に初期化する』という最凶のシステムコマンドへと変換されたのだ。
「ヒィィィィィィィッッ!!?」
大天使長ミカエルの本能が、宇宙が消滅するほどの『死の恐怖』を感知した。
この男は本気だ。断れば、自分どころか天界という組織(会社)そのものが、ワンクリックで消去されてしまう!
「も、申し訳ございませんでしたァァァァッ!!」
ミカエルは、純白のスーツを泥だらけにしながら、ボロ小屋の庭で完璧な土下座をキメた。
「わ、私が調子に乗っておりました! 勧誘は金輪際いたしません! だから、どうかクーリングオフ(宇宙初期化)だけはご勘弁をぉぉぉっ!!」
鼻水と涙で美しい顔をぐしゃぐしゃにしながら、大天使長が地面に額を擦りつける。
「分かってくれればいいんです。みんな、平和に暮らしたいだけですからね。はい、これ、冷たい麦茶。飲んだら気をつけて帰ってくださいね」
ジンが、哀れな営業マン(天使長)に、同情の籠もった麦茶を差し出す。
「ズズッ……うぅっ……! 麦茶、美味しいですぅぅっ……! 営業成績が上がらなくて、上司(創造神)に怒られるのに……こんなに優しい麦茶、初めて飲みましたぁぁっ……!」
ミカエルは、麦茶を両手で握りしめ、ボロボロと泣きながら飲み干した。
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(…………本日の、三錠目)
縁側の隅で、ルミナは静かに胃薬を噛み砕いていた。
「終わりました……。天界からの最大の譲歩である『神の座』へのスカウトすらも、ジン様は『怪しい宗教の勧誘』として一蹴し……あまつさえ、大天使長を『ノルマに苦しむダメ営業マン』へとジョブチェンジさせてしまいました……」
「……うぅっ。ジン様、本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました……ッ! 失礼いたしますぅぅっ……!」
ミカエルは、何度も振り返りながらペコペコとお辞儀をし、トボトボとした足取りで光の階段を昇って(帰って)いった。
その背中は、かつての威厳など微塵もなく、ただの「訪問販売に失敗したサラリーマン」の哀愁が漂っていた。
「いやぁ、最近は色んな人が来るなぁ。みんなも、怪しいセールスには気をつけるんだよ」
ジンが、何事もなかったかのように微笑む。
「「「…………ハ、ハハァーーッ!!!」」」
大魔王も、勇者も、そしてルミナも。
天界すらも「クーリングオフ」の一言で屈服させるジンの圧倒的な力(勘違い)の前に、ただひれ伏すことしかできないのであった。
かくして、天界の「業務提携作戦」は完璧な失敗に終わり、ボロ小屋の「アンタッチャブル領域」としての格付けは、さらに宇宙の彼方へとインフレしていくのである。




