天界本社へのクレーム電話と、恐怖のファームウェア・アップデート
チュン、チュンチュン……。
『深淵の森』の朝は、小鳥のさえずりと共に静かに幕を開けた。
「……キュイィィン……ピカピカ……」
ボロ小屋の廊下では、昨日空から降ってきた白銀の円盤(※天界の自律型神罰兵器)が、控えめなモーター音を響かせながら、健気に床を磨き上げていた。
窓から差し込む朝日に照らされ、磨かれた木目は鏡のようにピカピカと輝いている。
「あー、よく寝た。おっ、もうリビングの掃除終わったのか。偉いぞ」
縁側で伸びをした俺、ジンが声をかけると、円盤はピタッと止まり、側面の赤いセンサーを嬉しそうにチカチカと点滅させた。
『――肯定。主の歩行領域、塵芥ゼロを確認。論理的帰結:今日モ一日、健ヤカニ過ゴサレルコトヲ推奨シマス』
「ははは、ありがとう。でも、やっぱりちょっと喋り方が硬いなぁ。せっかく可愛い丸いフォルムなんだから、もう少し親しみやすい声にならないかな」
俺は、円盤のツルツルした頭頂部を撫でながら、ふと首を傾げた。
本社(天界)が送ってくれた最新式の自動掃除機。性能は申し分ないのだが、どうしてもカスタマーセンター特有の「機械音声」が気になってしまう。
「そうだ。昨日ヴェリタスさんが来てたし、本社のカスタマーサービスにちょっと要望を出してみるか。えーっと、この輪っかで通話できるんだっけ……」
俺は、麦わら帽子の上の『神使の輪』を指でトントンと叩き、ヴェリタスさんの顔を思い浮かべた。
この、のどかで平和な朝の日常。
だが、次元の壁を隔てた向こう側では、宇宙の存亡を懸けた『異常事態』が進行していたのである。
▼▼▼
ビーーッ!! ビーーッ!! ビーーッ!!
天界の最深部、『創造神の管理中枢』。
純白の空間は、耳をつんざくようなけたたましい警報音と、真紅の非常灯に染まり上がっていた。
「ば、馬鹿な……ッ! 報告しろ、何が起きている!」
「第、第三宙域のエラーログが止まりません! 派遣した『絶滅の球体』の論理プロトコルが……完全に掌握されました!」
システムエンジニアの下級天使たちが、コンソールを叩きながら絶叫する。
「掌握されただと!? あれは神の意志すら介在しない、純粋な『破壊の論理』だぞ! それが人間に書き換えられるなど、あり得るはずがないッ!」
「し、しかし! 現在、エクスターミネイターからの定期通信の内容は……『廊下のワックスがけ完了』『縁側の拭き掃除、異常なし』という、全く意味不明なログのみです!」
「…………ッ!!」
天界最高監査局長・女神ヴェリタスは、指揮官席で顔面を蒼白にしていた。
彼女の背中を、氷のような悪寒が駆け巡る。
(あの、宇宙最強の無機物兵器すらも……ジンの前では、ただの『掃除用具』に成り下がったというの……!? あの男は、生物の情だけでなく、機械の『プログラム』すらも物理的なマッサージ(?)で書き換えてしまうバケモノだわ……!)
もはや、エルディア星は天界の手に負える次元を超えていた。
ジンという特異点を刺激すれば、逆に天界のシステムそのものが「お悩み相談所」のフォーマットに書き換えられ、神々全員が麦茶をすするだけの存在にされてしまうかもしれない。
「全軍、待機……! これ以上、あの星に干渉してはなりません! 刺激を……」
ヴェリタスが撤退の指示を出そうとした、その瞬間である。
『――警告。最高管理者権限より、本サーバーへの直接通信(ビデオ通話)の要求を受信』
空間の中央に浮かぶ巨大なメインモニターに、突如として『着信中』の文字がデカデカと表示された。
「ひぃぃぃぃッ!?」
「き、来たァァァッ! バグの根源からの、直接の宣戦布告だァァァッ!!」
天使たちが頭を抱え、床に伏せる。
ヴェリタスも、心臓が握り潰されそうな恐怖に全身をガタガタと震わせた。
終わった。あの男が、ついに自分たち天界を「敵」と認識し、このシステム中枢を破壊しにやってくるのだ。
「……つ、繋ぎなさい……」
ヴェリタスが、決死の覚悟で血の滲むような声を出した。
「は、はいッ!」
ピッ。
通話が繋がり、巨大モニターにノイズが走る。
天界の神々が、息を呑んで「宇宙の終焉の宣告」を待つ。極限の緊張が、空気をガラスのように張り詰めさせた。
モニターに映し出されたのは――。
『あ、もしもし? 繋がってる? ヴェリタスさん、聞こえますかー?』
麦わら帽子を被り、縁側で湯呑み片手にのんきに手を振る、青年の姿だった。
その背後では、魔王と勇者が畑で大根を抜いている。
「…………へ?」
極限まで張り詰めていた天界の空気が、急激に萎んでいく。
『――ジ、ジン……? い、一体、何の用ですか……ッ!?(まさか、我々に降伏を要求しに来たのでは……!)』
ヴェリタスは、震える声で精一杯の威厳を保とうとした。
『いやね、昨日そっちの本社から送ってくれた「最新式の自動掃除機」、すごくいい働きをしてくれてて。わざわざ送ってくれてありがとうって伝えたくてさ』
「え……?」
(あ、あれを……最新式の家電だと勘違いしている……!?)
『でもね、一つだけフィードバック(クレーム)があって。これ、カスタマーサービスに繋がってるよね?』
「カ、カスタマー……?」
ヴェリタスの頭が処理落ちを起こし始める。
『この掃除機、喋り方が「論理的帰結」とか「抹消」とか、ちょっと硬くて物騒なんだよ。せっかく丸くて可愛いんだから、もう少し親しみやすい音声にならないかな? たとえば……そうだな、猫みたいに語尾に「ニャ」がつくとか、元気なメイドさんみたいな声の「アップデート」ってできない?』
「…………は?」
ヴェリタスの思考が完全に停止した。
天界の最高戦力である神罰兵器。それを指して、この男は『音声設定のカスタマイズが気に食わない』と、メーカーのサポセンにクレームを入れてきているのだ。
『難しいかな? まあ、無理なら自分で設定画面いじってみるけど……』
「や、やめなさいッッ!!」
ヴェリタスは、モニターの前で絶叫した。
ジンがこれ以上、神の兵器のソースコードを直接弄れば、宇宙の法則がどんなおかしな形に書き換えられるか分かったものではない。
「わ、分かりました……! 直ちに、お客様のご要望に合わせた『音声パッチ』を遠隔で送信します! ですから、絶対に、絶対にその機械の内部(宇宙の真理)には触れないでくださいッ!!」
『おお、対応早いね! さすが本社のカスタマーサポートだ。ありがとう、ヴェリタスさん! これからもよろしく頼むよ! ガチャッ』
プツン。
一方的に、通話は切られた。
▼▼▼
静まり返る天界のシステム中枢。
天使たちは、ポカンと口を開けたまま、ヴェリタスを見つめていた。
「……ヴェリタス様。あの……音声パッチは……」
「……送りなさい。語尾に『ニャ』をつける、可愛いメイドの音声データを……。今すぐ……急ぎなさい……」
ヴェリタスは、両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
宇宙の秩序を司る女神が、ただの「家電メーカーの苦情処理係」へと完全に降格させられた瞬間であった。
▼▼▼
同じ頃、ボロ小屋の廊下。
「ピロリロリン♪ ファームウェアの更新を受信しました」
白銀の掃除機(神罰兵器)が、一時的に動作を停止し、再起動の光を放った。
『――再起動完了! ご主人様、今日も廊下はピカピカだニャン♪ 埃は全部、抹消しちゃうニャ!』
冷徹だった機械音声が、見事なまでに媚びを売るアニメ声のメイド猫仕様へと上書きされていた。
「おお! すごい、本当にアップデートされた! やっぱり大手(天界)のカスタマーサービスは対応が神がかってるなぁ!」
ジンがパチパチと拍手をして喜ぶ。
「キュイィィン♪」と、円盤も嬉しそうにジンの足元に擦り寄ってきた。
(…………本日の、一錠目)
ルミナは、縁側の隅で、朝から胃薬を口に放り込んでいた。
「終わりました……。ジン様は、天界の最高システム中枢すらも『メーカーのお問い合わせ窓口』として扱い、あまつさえ神の兵器に『萌えボイス』をインストールさせました……。もはや、この宇宙のすべては、ジン様の『お客様の声』一つで改変されてしまうのです……」
世界最強の掃除機が「ニャン♪」と走り回る平和なボロ小屋。
天界の本社が完全に「下請けのサポートセンター」と化したことで、ドタバタはさらに取り返しのつかない次元へと突入していくのであった。




