天界の鉄の監査官と、無敵の全自動・床拭き魔導機
魔界旅行という名の「蹂躙」を終え、ボロ小屋に平和な(※ルミナの胃壁を除く)日常が戻ってきた。
しかし、天界の「本社」は、最高監査官ヴェリタスまでもがジンに取り込まれた事実を受け、ついに最終手段へと打って出たのである。
「……生物が情に流されるのであれば、感情を持たぬ『鋼の論理』を送り込むまでのこと」
天界のシステム中枢。そこから放たれたのは、一筋の冷徹な白銀の光であった。
それは、天使の如き肉体を持たず、ただ「目的の遂行」のみをプログラムされた自律型神罰兵器『絶滅の球体』。
対象を認知し、その因果を断ち切り、管理者権限(神使の輪)を物理的に回収するためだけに造られた、宇宙最速・最強の殺戮円盤である。
その白銀の球体は、音もなく『深淵の森』の上空に現れ、ジンのボロ小屋へと急降下を開始した。
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「あー、やっぱり旅行の後は部屋の隅にホコリが溜まってるなぁ。掃除しなきゃ」
縁側で竹ボウキを手に取った俺、ジンは、ふと空から降りてくる輝く物体に気づいた。
ドォォォォンッ!!
庭の土煙を上げ、地面をクレーター状に穿って着地したのは、直径50センチほどの、鈍い銀色に輝く平べったい円盤状の機械だった。
表面には無数のセンサーが赤く明滅し、側面からは超振動カッターの刃や、高出力レーザーの銃身が「ガシャガシャ」と展開されている。
「……えっ? なんだこれ。すごくハイテクな感じだけど……」
俺が目を丸くしていると、その円盤から、冷徹な合成音声が響き渡った。
『――ターゲット確認。個体名:ジン。不当に所持された管理者権限の返還を要求する。拒否する場合、周囲100キロメートルを物理的に抹消(消去)する。論理的帰結:抵抗は無意味である』
凄まじい殺意と、空間そのものを震わせる重圧。
庭で昼寝をしていたポチ(フェンリル)が、一瞬で臨戦態勢に入り、大魔王ゼアノスまでもが「な、何だこの無機質な威圧感は……ッ!? 我が魔力すら弾かれるぞ!」と立ち上がった。
だが。
俺の【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この宇宙規模の脅迫を、脳内でこのように完璧に「カスタマーサポート」の声へと翻訳してしまったのである。
『――ピンポーン。お届け物です。本社より、最新式の「自律型・全自動床磨き魔導機」のデモ機を発送いたしました。お試し期間中、床の汚れを徹底的に抹消いたします。論理的帰結:床がピカピカになることは不可避です』
「…………えっ!?」
俺は、思わず感嘆の声を上げた。
「これ……本社が送ってくれた『全自動の掃除機』なのか! ヴェリタスさんにお願いしてたわけじゃないけど、気を利かせてくれたのかな。すごいな、浮いてるし、刃物……じゃなくて、細かいところを磨くブラシがいっぱい付いてる!」
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(…………本日の、十六錠目。……もう、錠剤が砂の味がします)
縁側の隅で。ルミナは空になった胃薬の瓶を握り潰しながら、涙を流していた。
彼女の目には、その白銀の円盤が放つ『終焉の波動』がハッキリと見えていた。
円盤から展開された「超振動カッター」は、神霊の肉体すらバターのように切り裂く因果切断刃。
赤く光るセンサーは、魂の座標をロックオンする必中の追尾システム。
「ジン様、逃げてください……ッ! あれは掃除機などではありません、天界がこの星を『間引き』するために送り込んだ、最強の自律神罰兵器ですわぁぁッ!」
クラリスが絶叫し、聖剣を抜こうとした。
だが、それよりも早く、円盤が動いた。
『――交渉決裂。強制排除プロトコル、移行。……死を、享受せよ』
円盤の側面から、超高出力の「粒子分解レーザー」が放たれた!
直撃すれば、ボロ小屋はおろか、この森そのものが分子レベルで分解され、地図から消え去る一撃。
「おおっ! いきなり『強力吸引モード』か! 音は静かなのに、空気が震えるほどのパワーだなぁ!」
ジンが、麦わら帽子の上の『神使の輪』を無造作に手に取った。
「よしよし、そんなに張り切らなくていいよ。まずはここ、廊下の段差からお願いしていいかな?」
カッ……!!!
ジンの手にした光の輪が、凄まじい輝きを放った。
その瞬間、宇宙の物理法則が、ジンの「掃除機への要望」に合わせて、力技で捻じ曲げられた。
放たれた粒子分解レーザー(死の光)は、ジンの目の前でクルクルと回転し……なんと、吸引力抜群の『超次元掃除ノズル』へと変質したのである。
さらには、因果を切断するはずの振動刃は、床の汚れを優しく、かつ徹底的に落とす『|極細繊維マイクロファイバーブラシ《セイント・ブラシ》』へと書き換えられた。
『――!? 警、警告……システムに致命的なエラー。論理構造が……家事代行プログラムに強制上書きされています……。私は、破壊の、使者……ではない……床を……床をピカピカに、磨かねば……ッ!!』
「最新式の自動掃除機」は、ジンの管理者権限(デバッグ能力)によって、その本能そのものを『潔癖症の掃除マニア』へと改造されてしまった。
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「ほら、頑張って! そこ、タンスの裏にホコリが溜まってるからね」
「……イエッサー。……チリ一つ、残しません。……磨き、磨き。……それが、私の、存在理由」
白銀の円盤は、先ほどまでの殺意が嘘のように、シュルシュルと音を立ててボロ小屋の廊下を走り回り始めた。
しかも、空中に浮遊しながら、見えない場所の汚れを『消滅』させ、さらには磨き上げた後にほのかに「神殿のような清らかな香り」を漂わせるという、至れり尽くせりの働きぶりである。
「すごいなこれ! 全然段差にもつまづかないし、自分で汚れを探して動いてくれる。本社の人たち、いいもの作ってるなぁ」
ジンが感心しながら麦茶を飲んでいる横で、大魔王ゼアノスと勇者レオは、完全に石化していた。
「……ゼフさん。あの円盤が今、廊下を走るたびに、空間の歪みが修正されて、家全体の強度が神殿並みに上がってるんすけど……」
「アア。アレハ掃除機デハナイ……。移動スルタビニ宇宙の欠陥を修復シ、清掃ト称シテあらゆる邪気を浄化シテイル……。最早、神の奇跡そのものだ……」
魔王と勇者が震える中、自動掃除機(元・殺戮兵器)は「ピロリロリン♪」と可愛らしい電子音を鳴らし、ジンの足元へ戻ってきた。
『――清掃、完了。……汚れ、0.00%。……充電、お願いします。……主』
「お、もう終わったの? 早いなぁ。はい、充電は……あ、このコンセント(※ジンの魔力溜まり)でいいのかな」
ジンが指先を近づけると、円盤は幸せそうに「ポヨォ〜ン」と光り、ジンの足首に擦り寄ってきた。
完全に懐いている。殺戮兵器としての矜持は、一滴も残っていなかった。
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(…………本日の、十七錠目。……もう、胃が宇宙に還りそうです)
ルミナは、ピカピカに磨き上げられ、もはや聖域と化した床を見つめながら、静かに崩れ落ちた。
「終わりました……。天界が送り込んだ究極の『無機質な刺客』すらも、ジン様の『掃除用具』として再利用されました……。ジン様は、殺戮の意志すらも、家事の楽しさに翻訳して書き換えてしまわれたのです……」
「ルミナ、見てよ。床が鏡みたい。これならスリッパいらないね」
ジンの爽やかな笑顔。
その後ろでは、最新式の床拭き魔導機が、次の汚れを求めて「キラーン」とセンサーを赤く輝かせて待機している。
天界の本社がどれほど「論理」や「兵器」で攻めてこようと、ジンのスローライフの前では、ただの便利な生活家電に成り下がってしまうのであった。




