魔界土産の阿鼻叫喚と、お局女神の執念なる「あーん」
「――ふぅ、やっぱり我が家が一番落ち着くなぁ。みんな、お疲れ様!」
『深淵の森』のボロ小屋に、賑やかな声が戻ってきた。
魔界への慰安旅行を終えた俺、ジンは、リュックサックから溢れんばかりの『お土産(魔界の闇市で爆買いした呪物)』を縁側に並べ、満足げに汗を拭った。
「ワォォォォンッ!(※お帰り! お土産、お土産ぇぇ!)」
留守番をしていたフェンリルのポチが、尻尾をプロペラのように回して飛びついてくる。
「はいはい、ポチにはこれ。魔界で買った『スノードーム(※浄化済みの氷獄監獄)』だよ。涼しくていいだろ?」
ポチは、数万の怨霊が雪うさぎに書き換えられた神話級の宝玉を、ただのゴムボールのように口でキャッチし、庭を駆け回った。
「……本日、十三錠目。……予備の胃薬も底をつきました」
最後尾からボロボロの体で帰還したルミナが、縁側の柱にもたれかかり、虚無の瞳で空を見上げた。
その時である。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如として、ボロ小屋の上空から黄金の光が降り注ぎ、荘厳な天使のコーラスが響き渡った。
「あ、またこのパターンですわ……」
クラリスが諦め顔で空を仰ぐ。
光の中から現れたのは、天界最高監査局のトップ、女神ヴェリタスであった。
彼女は十二枚の翼を激しく羽ばたかせ、頬をこれ以上ないほど真っ赤に染めて、ジンの目の前に着地した。
「ジン! 貴方、私に黙って魔界旅行(監査対象の無断移動)に行くなんて、一体どういうつもりですかッ! コンプライアンス違反も甚だしいわよ!」
ヴェリタスがビシッと指を突きつけるが、その瞳は、ジンが並べているお土産の山をチラチラと、熱烈に追いかけていた。
俺の【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルが、彼女の『監査官としての怒り』を、脳内でこう変換する。
『うわぁぁぁん! なんで私だけ誘ってくれなかったのよぉ! 私だって仕事放り出して温泉行きたかったのに! 私へのお土産はあるの!? なかったら泣くわよ、ここで大声で泣いてやるんだからぁぁぁッ!』
「…………」
ジンは、お局様(女神)のあまりの寂しがり屋ぶりに、深い同情を覚えた。
「ヴェリタスさん、すみません。急に決まった旅行だったもので。もちろん、ヴェリタスさんへのお土産もちゃんと買ってありますよ」
「……えっ!? ほ、本当? べ、別に欲しかったわけじゃないけど、貴方がどうしてもと言うなら、受け取ってあげなくもないわ……」
『やったぁぁぁ! ジンさん大好き! 何? 何をくれるの!? ダイヤモンド!? それとも天界の株!?』
「はい。これ、魔界の特産品で作った『お漬物』です。昨日買った『重石(※絶望の重石)』で一晩漬け込んでおきました。美味しいですよ」
ジンが差し出したのは、タッパーに入った色鮮やかな浅漬けだった。
だが、その実態は。
魔界の猛毒野菜を、神々すら発狂させる重圧を持つ呪いの石で圧縮し、ジンの魔力で『究極の乳酸菌発酵』を施した、一口食べれば魂が昇天するレベルの『禁断の神食』であった。
「なっ……!? ぜ、絶望の重石を調理器具に……ッ!?」
ヴェリタスが絶句する中、ジンは割り箸で一切れのキュウリを摘み、彼女の口元へ運んだ。
「はい、あーん。これ、本社(天界)の人たちにも評判いいと思いますよ」
「……あ、あ、あーん……っ」
ヴェリタスは、羞恥心で蒸気が出そうな顔をしながらも、本能に従ってその一切れを口にした。
「…………ッッッ!!?」
『美味しいぃぃぃぃぃッッ!! なにこれ、なにこれぇぇぇッ!! 魔界の毒気が完璧な旨味に変換されてる! 脳の神経が直接洗脳されるような、暴力的なまでの美味しさだわぁぁぁッ!!』
「はわわぁぁ……美味しい……。ジン、貴方の『あーん』、一生忘れないわ……」
最高神が、縁側で漬物片手にデレデレと蕩けてしまった。
「……本日の、十四錠目。……誰か、私に『絶望の重石』をぶつけて楽にしてくれませんか」
ルミナは静かに泡を吹いて倒れ込んだ。
▼▼▼
翌日。
「さて、近所の町内会長(国王)さんたちにも、お土産を配りに行こうかな」
ジンは、魔界の闇市で爆買いした『魔剣の包丁』や『魔獣の肥料』を籠に詰め、エルディア王国の王都へと向かった。
もちろん、のんきに『町内会のお裾分け』スタイルである。
王都エルディア。
不意に現れたジンの一行(大魔王、元勇者、元聖騎士、暗殺者、そして麦わら帽子の男)を見て、王都はひっくり返るような大騒ぎになった。
「ひ、開門ぉぉぉぉッ!! ジン様がお見えになられたぞォォォッ!! 全軍、武器を捨てて土下座しろぉぉッ!!」
王城のバルコニーから、アルベルト国王が絶叫する。
ジンが門をくぐる頃には、王都のメインストリートには数万の騎士と市民が「五体投地」で並び、死のような静寂と戦慄が街を支配していた。
「いやぁ、皆さんお揃いで。これ、旅行のお土産です。町内会の皆さんで使ってください」
ジンは、アルベルト国王の前に、一振りの包丁――魔界の伝説的魔剣『次元喰らい』を差し出した。
「こ、これは……ッ!?」
アルベルトが、震える手でその包丁(魔剣)を受け取る。
「切れ味がいいから、お料理に重宝しますよ。あと、こっちは『お花の肥料(※魔獣の糞の化石)』です。庭に撒くと、すごい勢いで花が咲きますから」
ジンが差し出した『肥料』の袋から漏れ出す、一国を滅ぼすほどの濃厚な瘴気。
(…………終わった。我が王国は、今日、ジン様によって『公式な属国』として指定されたのだわ。あのお方は、次元を切り裂く魔剣で「逆らう者の首を刎ねろ」と仰り、魔獣の瘴気で「この国を魔境に変える」と宣告されたのです……ッ!)
アルベルトの【深読み(絶望)】は、すでに限界を突破していた。
「あ、ありがとうございます……ジン様! ありがたく……ありがたく、この『神の裁断機(包丁)』を国宝として奉り、全土にこの『死の灰(肥料)』を撒かせていただきますぅぅっ!!」
国王が涙を流して地面に額を擦りつける。
それを見たジンの【全言語翻訳】は、こう脳内再生した。
『うわぁ! 魔界の特産品だ! ちょうど包丁の買い替えを検討してたし、家庭菜園の肥料も欲しかったんだ! ジンさん、マジで気が利く町内会長だなぁ! 感謝の極みだよ!!』
「喜んでもらえてよかった。じゃあ、みんなで仲良く使ってくださいね。あ、切れない時は研ぎに行きますから」
「ヒィィィッ! 研ぎに(=粛清しに)来るだとォォォッ!?」
王都に再び阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡る中、ジンは満足げに手を振り、のんきに森へと帰っていった。
▼▼▼
(…………十五錠目。……あ、もう一錠も残ってない。……ハハ)
帰路につく道中。
ルミナは空っぽの薬瓶を見つめ、乾いた笑いを漏らした。
ジンの「お土産」によって、天界の最高監査官は胃袋を掴まれ、エルディア王国は(勘違いによって)さらに恐怖の忠誠心を誓わされた。
ジンの無自覚な世界蹂躙は、旅行という日常イベントを経て、もはや神も人も魔族も逃れられない『運命』へと昇華していたのである。
「あー、いい旅行だった。ルミナ、今日の夕飯は、あの包丁の試し斬りでハンバーグ作ってくれる?」
「……御意に。次元ごと……お肉をミンチにして差し上げますわ、ジン様」
ルミナは達観した笑みを浮かべ、夕闇に染まるボロ小屋へと、重い足取りで歩を進めるのであった。




