魔界のふれあい動物園と、究極の「ムツ〇ロウさん」
昨晩の地獄の宴会(※ジンにとっては楽しいカラオケ大会)の翌朝。
『奈落の果ての紅蓮泉』をチェックアウトした一行は、大魔王ゼアノスの案内により、2日目の観光アクティビティへと向かっていた。
「ジン殿、昨晩は楽しんでくれたようで何よりだ! 今日はさらに、貴殿のハートを射止める、魔界屈指のエキサイティングなスポットへ案内しよう!」
ゼアノスが、休日の父親のような満面の笑みで、豪華な装飾が施された『装甲魔車』の扉を開けた。
「エキサイティングなスポット? 楽しみだなぁ。……おっ、この車、窓がすごく厚くて頑丈そう。最近の観光バスは安全第一だね」
ジンは、のんきに麦わら帽子を被り直し、頭上に『神使の輪』をフワフワと輝かせながら、魔車へと乗り込んだ。
(……ジン様。それは窓が厚いのではありません。外から襲いかかる魔獣の攻撃を防ぐための、対対戦車並みの装甲ガラスですわ……)
元・暗殺者のルミナは、すでに本日八錠目となる胃薬を噛み砕きながら、震える手でジンの後を追った。
勇者レオや聖騎士クラリスも、昨晩の疲れが取れるどころか、これからの行き先への恐怖で、顔色がゾンビのようになっている。
▼▼▼
魔車が走り始めて数十分。
窓の外の景色は、血の池から鬱蒼とした『狂乱の原生林』へと変わった。
木々が黒くねじれ、大気からは濃密な瘴気が漂っている。
「到着したぞ! ここが魔界最大の野生の王国、『地獄のサファリパーク』だ!」
ゼアノスがドヤ顔で宣言した。
魔車の窓の外には、巨大な『冥府の双頭犬』が炎を吐きながら走り回り、空からは『紅蓮の魔獅子』が咆哮を上げながら急降下してくる。
「ひぃぃぃッ!? ケ、ケルベロスだ! それも、勇者時代に戦った奴より十倍はデカいッ!」
レオが窓にしがみつき、ガチガチと歯の根を鳴らした。
「だ、誰か聖水を! 私の聖なるオーラが、この瘴気で掻き消されてしまいますわァァッ!」
クラリスも青ざめ、ルミナの背中に隠れる。
だが。
ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この地獄の光景を、脳内でほのぼのとした『サファリパークの観光案内』へと完全に変換してしまっていた。
『ガルルルルル……ッ!!!(※貴様らの魂を喰らい、死の淵へと沈めてくれるわァァァッ!!!)』
→『ワンワンワンッ!!!(※お兄ちゃん、遊んで遊んで! 撫でて撫でてぇぇぇッ!!!)』
「おお……! すごい大きいワンちゃんだなぁ! 二つも頭があって、かっこいい! あの子たちと遊びたいな!」
ジンは、窓ガラスをトントンと叩き、ケルベロスに向かって笑顔で手を振った。
「な、なんだとォォォッ!? ジン殿、何をふざけたことを! あれは神話の魔獣、触れただけで存在を消し去る……ッ!」
ゼアノスが慌てて制止しようとするが、ジンはすでに魔車の扉を開け、のんきな足取りで外へと降り立っていた。
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(…………終わりました。また一つ、世界の禁忌が塗り替えられようとしています)
ルミナは、魔車の窓から、ジンの背中を虚無の瞳で見つめていた。
ジンは、殺気を放ちながら突進してくる巨大なケルベロスに向かって、一切の防御も構えも取らず、ただ両手を広げて歩み寄った。
「よしよし、いい子だねー。トコトコトコトコ……」
ジンの口から漏れた、究極の動物愛護の声(※翻訳:絶対的支配の言霊)。
『――!? ガァァァァッ……!?』
ケルベロスは、ジンに触れる直前、そのあまりにも巨大な「無防備な愛」の前に、殺意のアルゴリズムが完全にバグを起こした。
本来なら一国を滅ぼすレベルの瘴気が、ジンの周囲数十メートルだけ、透き通るような『美肌効果のあるミスト』へと書き換えられていく。
「おや、そこが痒いのかな? よしよし、ジンお兄ちゃんが掻いてあげるね」
ジンは、ケルベロスの二つの頭の顎の下を、素手でゴロゴロと撫で始めた。
カッ……!!!
ジンの頭上の『神使の輪』が激しく輝いた瞬間、ケルベロスの魂に刻まれていた数千年の闘争本能が、一瞬にして『駄犬の魂』へと書き換えられた。
『クゥゥーン……』
『はわぁ……気持ちいいワン……お腹も、お腹も撫でて欲しいワン……』
巨大なケルベロスが、二つの頭をだらしなく垂らし、口から涎を流しながら、地面にゴロンと仰向けになった。
そして、山のようなお腹を見せ、巨大な尻尾を千切れんばかりに振り始めたのである。
「ははは。お腹撫でて欲しいんだね。よしよし、ゴロゴロゴロゴロ……!」
ジンが、ケルベロスの巨大なお腹をごしごしと撫でる。
世界を恐怖に陥れた冥府の番犬が、ただの麦わら帽子の人間の前で、完全なお手とおかわり(物理)を繰り返し、恍惚とした表情で甘え始めた。
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(…………本日の、十錠目。……もう胃がありません)
魔車の中で、ルミナは完全に石化していた。
ゼアノスも、レオも、クラリスも、全員が言葉を失っていた。
Sランク魔獣のケルベロスを、素手で「ふれあいコーナーのワンちゃん」へとジョブチェンジさせ、あまつさえお腹を見せてゴロゴロと鳴かせる。
それは、魔界の歴史においてあり得ない、神の如き『物理的支配』であった。
「ジン殿……。貴様は一体、何者なのだ……。魔界の絶対君主たる我が、ケルベロスを撫でることなど、何千年も考えもしなかった……」
ゼアノスが、震える声で呟く。
「……ゼフさん、このサファリパーク、すごくいいワンちゃんがいっぱいいますね! 俺、このお風呂(温泉)の後に、あの子たちと遊べて最高に癒やされました!」
ジンが、ケルベロスの頭をポンポンと叩きながら、満面の笑みで魔車に戻ってきた。
その背後では、ケルベロスが「お兄ちゃん、もう行っちゃうの……?」と、悲しそうな瞳でジンの後ろ姿を見送っていた。
かくして。
魔界最大の地獄のサファリパークは。
ジンの『圧倒的な愛(物理)』によって、世界で最も平和で、世界で最も危険な『ふれあい動物園・魔界支店』へと変貌してしまったのである。
「よし、みんな! 次はソフトクリーム(※魔界の猛毒果実)を食べに行こう!」
「「「…………ハ、ハハァーーッ!!!」」」
世界最強の戦力たちを乗せた魔車は、生態系を一つ静かに崩壊させながら、目的地のソフトクリーム屋(という名の致死性毒物店)へと向かって爆走していくのであった。




