奈落の果ての熱湯風呂と、神話級バケモノたちの癒やし混浴
豪華サロンバス(※影の暴君シャドウ・ベヒーモス)に揺られること数時間。
一行はついに、魔界の最深部に位置する伝説の秘湯、『奈落の果ての紅蓮泉』へと到着した。
「おおーっ! すごい立派な旅館だなぁ。硫黄の匂いがプンプンして、温泉地に来たって感じがするよ!」
ジンは、バスから降りるなり、目の前にそびえ立つ漆黒の巨城(旅館)を見て目を輝かせた。
周囲には、ゴツゴツとした岩肌から赤黒い蒸気が噴き出し、空からは火の粉が雪のように舞い落ちている。
だが、ジンの背後に続く同居人たちの顔色は、硫黄の匂いなどという生易しいものではない『死の臭い』に完全に引き攣っていた。
(……ジン様には、この蒸気がただの温泉の湯気に見えているのですね……。これ、吸い込んだら肺胞が瞬時に炭化する『猛毒の火砕流』なんですけど……)
元・暗殺者のルミナは、すでに本日六錠目の胃薬を噛み砕きながら、震える足でジンの後を追った。
勇者レオや聖騎士クラリスも、自身の闘気と聖なるオーラを全開にして、なんとかこの過酷な環境に耐えている状態である。
「ジン殿! よくぞ参られた! ここが我が魔界が誇る、至高のデトックス施設だ!」
大魔王ゼアノスが、自慢げに胸を張る。
旅館の入り口には、頭が三つある巨大な地獄の番犬や、炎を纏う悪魔の仲居たちがズラリと並び、「ギィィィィッ!(※いらっしゃいませ、大魔王様! そして……ひぃッ、噂のヤバい人間!)」と一斉に土下座をして一行を出迎えた。
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チェックインを済ませ、浴衣(※呪いの耐火防具)に着替えた一行は、さっそく自慢の大露天風呂へと向かった。
「いやぁ、広いお風呂は最高だよね。……おっ、ここが露天風呂か!」
ジンが脱衣所の扉を開けると、そこには、視界の果てまで続く巨大な『血の池』……いや、煮えたぎる『超高熱マグマ』の海が広がっていた。
ボッコォォンッ! ドロドロドロ……。
「ひぃぃぃぃッ!?」
クラリスが悲鳴を上げて後ずさる。
「ゼフさん、これ……お湯っていうか、溶岩じゃないですか!? 落ちたら骨も残りませんよ!」
レオが顔面を蒼白にしてゼアノスに詰め寄る。
「フハハ! 若造よ、ビビることはない! これこそが『紅蓮泉』の醍醐味! 一秒浸かれば金剛石すら気化する超高温のマグマだが、我ら神話クラスの魔族が気合を入れて一分間だけ浸かれば、細胞が破壊と再生を繰り返し、究極の疲労回復効果を得られるのだ!」
ゼアノスは得意げに笑うと、古代邪神ゾルギア(お爺ちゃん)に向かって「どうだ爺さん、我と我慢比べでもするか!」と豪語した。
『フォッフォッフォ! 若造が吠えよるわ。三万年虫歯に耐えた儂の忍耐力、見せてやろうぞ』
大魔王と古代邪神が、バチバチと火花を散らしながら、マグマ風呂の縁に立つ。
「なるほど、サウナみたいなものか。確かに、熱めのお湯って、肩こりに効くんだよね。よし、俺も入ろう」
「えっ」
「ハ?」
ジンが、手ぬぐいを頭に乗せ、のんきな足取りでマグマの海へと近づいていく。
「ジ、ジン殿!? 待て、貴様は人間だぞ! いくらなんでもそのまま入れば、一瞬で蒸発して……ッ!」
ゼアノスが慌てて止めようとした、その瞬間。
「よいしょっと。……ふぅ〜〜〜っ。あぁ〜、極楽極楽」
チャプン。
ジンは、躊躇いもなくマグマの海に肩まで浸かり、幸せそうに目を閉じた。
「…………は?」
ゼアノス、レオ、ゾルギア、そして脱衣所の陰からこっそり覗いていたルミナとクラリス。
全員の思考が、文字通りフリーズした。
ジュゥゥゥゥッという音が鳴ることもなく、ジンが燃え上がることもない。
それどころか。
カァァァァッ……!
ジンの頭の上に乗せられた麦わら帽子、そのさらに上でフワフワと浮いていた『神使の輪』(天界の最高管理者権限)が、ピカッと光を放ったのだ。
俺の【全言語翻訳】スキルが、マグマたちの悲鳴を脳内に翻訳する。
『ギャァァァッ!? な、なんだこの人間! 俺たちの「絶対溶解」というアイデンティティ(システム設定)が、書き換えられていくぅぅッ!』
『熱い? 違う、俺たちは今から「42度の最高にちょうどいい名湯」にならなきゃいけないんだ! 宇宙のルールがそう言ってるぅぅッ!』
ドロドロのマグマが、ジンの周囲数十メートルだけ、透き通るような美しいルビー色の『ただの熱めのお湯』へと、物理法則を無視して完全に変質してしまったのである。
「あー、芯まで温まるなぁ。鉄分が多そうないいお湯だ。ほらゼフさん、ゾルギアさんも早く入りなよ。ちょうどいい湯加減だよ」
ジンが、赤色のお湯を手ですくいながら笑顔で手招きする。
「…………」
ゼアノスは、無言のまま、自分の頬を強くつねった。痛い。夢ではない。
宇宙の絶対法則であるはずのマグマが、この男が「熱めのお湯だ」と思った瞬間に、本当にただの温泉へとデグレード(最適化)されてしまったのだ。
「……ハ、ハハハ! さ、さすがはジン殿! 我が魔界の熱湯風呂を、こうも易々と飼い慣らすとはな!」
ゼアノスは引き攣った笑いを浮かべながら、お湯(元マグマ)へと足を踏み入れた。
『おおっ!? こ、これは……!』
ゾルギアも後に続いてお湯に浸かる。
「すごい! 破壊と再生の苦痛が一切ないのに、魔力だけが爆発的に回復していく! まるで母親の胎内にいるような、究極の癒やし空間だぞ、これ!」
「マジっすか! 俺も入ります!」
レオも大はしゃぎで湯船に飛び込む。
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「ねえ、ルミナさん。あのお湯……なんだかお肌にすごく良さそうな魔力の波動を感じますわ」
「……ええ。ジン様がマグマの致死性を『美肌成分』にパッチ修正してしまわれたようです」
岩陰から覗いていたクラリスとルミナも、その誘惑(とジンへの接近のチャンス)に抗えなかった。
「失礼いたしますわ、ジン様……! 私たちも、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
クラリスが、バスタオルを巻いた姿で、恥じらいながらお湯に足を入れる。
ルミナも、無表情を装いながらも頬を染め、湯船へと身を沈めた。
「おっ、二人とも。ここは混浴だったんだね。広いから全然平気だよ。お湯、熱くない?」
「は、はい……ッ! ジン様のそばは、とても温かいですわ……!」
「肌の細胞が、数百年若返っていくのを感じます。……恐ろしいお湯です」
かくして。
魔界の最深部、一秒で命を奪うはずの地獄のマグマ風呂は。
麦わら帽子の人間を中心にして、大魔王、古代邪神、勇者、聖騎士、暗殺者が、肩まで浸かって「あぁ〜」と声を漏らす、前代未聞の『神話級・癒やしの混浴温泉』へと成り下がって(昇華して)しまったのである。
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(…………本日の、七錠目)
お湯の中で、ルミナはバスタオルの下に隠し持っていた防水ケースから胃薬を取り出し、こっそりと口に含んだ。
「終わりました……。魔界最大の自然の脅威すらも、ジン様にとっては『効能のいい温泉』でしかない……。ジン様は、ただ入浴されるだけで、魔界の環境そのものをテラフォーミング(環境改善)されてしまったのです……」
湯けむりの向こうでは、大魔王ゼアノスが「ジン殿! 背中を流させてくれ!」と頼み込み、古代邪神が「儂も頼むぞい」と頭を下げている。
「ジン様……。この方がもし、本気で世界を滅ぼそうと思えば、寝返りを打つ程度の労力で宇宙は崩壊するでしょう。……私たちは、そんな御方とお湯に浸かっているのです」
ルミナの胃痛と肌のツヤが同時に最高潮に達する中、地獄の温泉旅行の夜は、まだまだ深く、そしてカオスに更けていくのであった。




