町内会合同・魔界の秘湯慰安旅行と、地獄の観光バス
「――よし、戸締まりよし! 火の用心よし! ポチ、お留守番頼んだぞ」
雲一つない秋晴れ(※魔界の瘴気が漏れ出しているだけ)の朝、俺、ジンは、お気に入りの麦わら帽子に『神使の輪』を輝かせ、リュックサックを背負って玄関に立った。
「ワフッ!(※任せとけ、お土産忘れるなよ!)」
縁側で留守番を買って出てくれたポチ(フェンリル)が、威風堂々と尻尾を振る。
「ジン殿、準備は整ったぞ! 我が魔界が誇る至高の癒やしスポットへ、いざ出発だ!」
「楽しみっすねジンさん! 俺、旅行なんて勇者時代に魔王城へ殴り込みに行った時以来ですよ!」
隣では、ピカピカのスーツ姿(※魔王の礼装)の大魔王ゼアノスと、アロハシャツに浮き輪を持った元勇者レオが、遠足前の小学生のようにハシャいでいた。
「レオ君、行き先は温泉だから浮き輪はいらないと思うけど……まあ、備えあれば憂いなしだね。ゼフ(ゼアノス)さん、幹事ありがとうございます」
俺が笑顔で礼を言うと、ゼアノスは「フハハ! ジン殿のためなら、魔界の理を捻じ曲げてでも最高の宿を用意して見せるわ!」と豪快に笑った。
(……ああ。終わりました。また一つ、世界の禁忌が塗り替えられようとしています)
一行の最後尾。
元・暗殺者のルミナは、すでに本日一錠目となる『特効薬(胃薬)』を飲み込み、虚無の瞳で空を見上げていた。
彼女の隣では、同じく居候のクラリスが「聖なる日焼け止め」を全身に塗りたくり、最近すっかり常連となった古代邪神ゾルギア(お爺ちゃん姿)が、水筒を持って「腰痛に効く温泉ならいいんじゃがのう」と腰を叩いている。
今回、大魔王ゼアノスが提案した『町内会・親睦慰安旅行』。
その行き先は、魔界の最深部に位置し、一秒浸かれば金剛石すら融解するという伝説の焦熱海――『奈落の果ての紅蓮泉』。
神話の時代より、魔族の王のみが入ることを許された、文字通りの『禁断の地』である。
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「あ、バスが来たみたいですよ」
ジンの声に、ルミナが顔を上げると、森の奥から『それ』が姿を現した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
空間を物理的に引き裂き、地鳴りを立ててやってきたのは、全長数十メートルに及ぶ漆黒の多脚魔獣『影の暴君』だった。
背中には、数万の魂の怨嗟が結晶化したような、禍々しい装飾が施された客室が鎮座している。
一歩進むごとに周囲の植物が腐敗し、次元が歪む、まさに『動く地獄』そのもの。
だが。
ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この絶望の化身が放つ咆哮を、脳内で爽やかにこう変換してしまったのである。
『プシューッ(※扉が開く音)。お待たせいたしました! 止まり木町内会御一行様! 豪華サロンバス、魔界観光がお迎えに上がりました! 酔い止め、エチケット袋完備! 安全運転で秘湯までご案内いたします!』
「おお、カッコいいバスだなぁ! 最近の観光バスは、足がいっぱいあって悪路にも強そうだし、レトロなデザインで味があるね」
ジンは、ベヒーモスの巨大な牙(※タラップ)を「おっ、手すりがしっかりしてる」と掴みながら、ひょいひょいと乗り込んでいった。
「ひぃぃぃっ!? ジン様、それはバスではありません! 触れただけで存在を喰らう影の暴君ですわぁぁっ!」
クラリスが叫ぶが、ジンは「クラリスさんも早く。おやつ、300円分まで持ってきた?」とのんきに手招きしている。
「……ハハ。もういいのよ、クラリス。ジン様にかかれば、宇宙を滅ぼす魔獣も『はとバス』と同じなのよ……」
ルミナは、もはやツッコむ気力もなく、殺気を放つ魔獣の口の中(入り口)へと、自ら進んで飲み込まれていった。
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バス(ベヒーモス)の車内は、外見の禍々しさとは裏腹に、驚くほど快適……というより、ジンの好みに合わせて完全に『昭和の観光バス』のインテリアへと魔改造されていた。
「おっ、カラオケセットもあるのか! 邪神さん、後でデュエットしましょうよ」
『フォッフォッ、儂は「魔界の夜は更けて」しか歌えんぞい』
「レオ君、そこにある冷蔵庫の麦茶、みんなに配ってくれる?」
「了解っす、ジンさん! 車内販売の売り子なら任せてください!」
魔王、勇者、邪神が、狭いバスの座席に並んで座り、お菓子を広げてワイワイと騒ぎ始める。
窓の外では、魔界へ向かうための『次元断裂』が発生し、空が真っ二つに割れて、無数の亡者の手が這い出してきている。
だが、ジンが窓をガラリと開けて一言。
「あー、風が気持ちいいねぇ。でもちょっと、外の景色が『ハロウィン』みたいで派手だなぁ」
その一言で、バスに群がろうとしていた数万の亡者たちが「ヒィィッ!? 翻訳スキル(管理者権限)で『カボチャの置物』に固定されるぅぅッ!」とパニックになり、霧散していった。
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(…………本日の、三錠目)
ルミナは、バスの最後尾の座席で、揺れに耐えながら胃薬を噛み締めていた。
彼女の視線の先では、大魔王ゼアノスが「ジン殿、これが魔界への入り口、『絶望の門』だ!」と、漆黒の巨大門を指差している。
「へぇー。大きなトンネルだね。これを抜ければ温泉街かな?」
「温泉街……。ええ、そうですわねジン様。あれを抜けた先には、血の池と針の山が広がる、最高のレジャーランドが待っておりますわ……」
ルミナは白目を剥きながら、ジンの「楽しい旅行」という名の『魔界蹂躙』が、いよいよ本番を迎えることを悟った。
「よし、みんな! トンネルを抜けたら、まずはソフトクリーム(※魔界の猛毒果実)を食べに行こう!」
「「「おーっ!!」」」
世界最強の戦力たちを乗せた観光バスは、世界の理を置き去りにして、いよいよ魔界の深淵へと突っ込んでいくのであった。




