宇宙の不法投棄と、古代邪神の虫歯治療
「ヴェリタスさんが言ってた『本社の抱え込んでるお客さん』、いつ来るのかなぁ。縁側も広くしたし、準備は万端なんだけど」
俺、ジンは、手作りの座布団をポンポンと叩きながら、空を見上げていた。
天界の最高監査局長・ヴェリタスが「宇宙の手に負えないエラーをここに押し付けている」と泣きながら告白(俺の脳内では『厄介なクレーマーの丸投げ』に変換)してから数日。
お悩み相談所は、いつにも増してのどかな空気に包まれていた。
だが、その平和は突如として、文字通り「次元の壁」を破壊して終わりを告げた。
ピキィィィィンッ……!!
ガシャァァァァァァッ!!!
空が、まるでガラスのように砕け散った。
青空の裏側からどす黒い混沌が溢れ出し、世界中の光を呑み込んでいく。太陽は赤黒く変色し、大地が悲鳴を上げて震え始めた。
「な、なんだ!? このおぞましい瘴気は……ッ!」
畑でクワを振るっていた勇者レオが、息を呑んで空を仰ぐ。
「……来ましたわ。ヴェリタス様が仰っていた、天界からの『不法投棄』。宇宙のルールから外れた、究極のエラー存在が……ッ!」
クラリスが聖剣を構え、大魔王ゼアノスも「チッ、我の魔力でも抑えきれんほどの絶望感だぞ……!」と冷や汗を流す。
砕けた空の奥底から姿を現したのは、山脈よりも巨大な、不定形の泥のような肉塊だった。
無数の赤い瞳と、世界を噛み砕く巨大な顎を持つそれを見て、ルミナが震える声でその名を呼んだ。
「古の文献に記された、原初にして終焉のバグ……『混沌の邪神』ゾルギア! 神々ですら封印することしかできなかった、すべてを無に帰す宇宙の捕食者……ッ!」
その絶望の権化が、ボロ小屋を見下ろし、大気を震わせる咆哮を放った。
『ガァァァァァァァッ!! 忌マワシキ神々メ! 我ヲコノヨウナ辺境ノ星ニ棄テ去ルトハ! 全テヲ喰ライ尽クシ、コノ星ゴト原始ノ泥ニ還シテクレルワァァァッ!!』
王国の騎士団が見れば、その声だけで精神が崩壊し、自害を選ぶであろう絶対的な恐怖の音波。
だが。
俺の【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この邪神の『魂の叫び』を、容赦なくこう翻訳して脳内再生したのである。
『痛い痛い痛いぃぃぃッ!! 奥歯がめちゃくちゃ痛いぃぃぃッ! なんで天界の歯医者は「これは抜歯ですね」って言うだけで治療してくれないんだよぉ! 痛すぎて三万年も寝てないんだぞ! もうヤダ、こんな世界全部ぶっ壊してやるぅぅぅッ!』
「…………」
俺は、ホウキを持ったまま、呆れたようにため息をついた。
(なるほど。本社の人たちが手を焼いてたクレーマーって、このお爺ちゃんか。三万年も虫歯を放置されて、しかもたらい回しにされてここに棄てられたんだな。そりゃあ、怒って暴れたくもなるよ)
「あー……。ゾルギアさん、ですね。本社から話は聞いてますよ。こっちに降りてきてください」
俺は、空に浮かぶ巨大な肉塊に向かって、のんきに手を振った。
『ナ、ナンダト!? 貴様、我ノ前ニ立ッテ、狂イモセズニ声ヲカケルトハ……!』
『えっ、なんでこの人間、俺の八つ当たり(混沌のオーラ)浴びて平気なの!? ていうか、ここ歯医者じゃないの!?』
「痛いのは右の奥歯ですか? とりあえず見せてください。暴れても痛いのは治りませんよ」
俺がホウキの柄でトントンと地面を叩くと、邪神ゾルギアはピタリと動きを止めた。
『キ、貴様ニ何ガ出来ルトイウノダ……我ノ深淵ナル苦痛ヲ……』
『ほ、本当に治してくれるの!? もう限界なんだよぉぉ!』
ゾルギアは、恐る恐る高度を下げ、巨大な顎をボロ小屋の庭先へと近づけた。
「ルミナ、ちょっとペンチと、ポチ(フェンリル)の爪切り持ってきてくれる?」
「ひぃぃぃッ!? ジ、ジン様、まさか邪神の牙を物理的に……!?」
ルミナが白目を剥きながらも、音速で工具箱を持ってくる。
「よし。じゃあ、大きく口を開けて。あーん」
『ガァァァァ……』
邪神が巨大な口を開けると、そこには宇宙の深淵のような暗闇が広がっていた。だが、俺の目には、右奥に生えている巨大な牙の根元が、黒く変色して膿んでいるのがハッキリと見えた。
「ああ、これはひどい。甘いもの(星の魔力)の食べ過ぎですね。完全に神経までいってます。抜きますよ」
「えっ、ジン様!? 麻酔もなしで……ッ!?」
クラリスが止める間もなく。
俺は、工具箱から取り出したペンチ(※普通のDIY用)を、邪神の巨大な虫歯の根元にガチッと引っ掛けた。
俺の無意識の『魔力最適化』が、ペンチを通じて邪神の『概念的防御力』を無効化する。
「ちょっと痛いですよ。せーの、よいしょぉぉっ!」
メキィィィィィィッ!!!
俺が体重をかけてペンチを引いた瞬間。宇宙の法則が歪むほどの恐ろしい破砕音と共に、邪神の黒ずんだ巨大な牙が、根元からスッポリと抜け落ちた。
『ギョアァァァァァァァァァァァッッ!!!』
ゾルギアの絶叫が世界を揺らし、直後、その巨大な肉塊からスゥゥゥ……と邪悪な瘴気が完全に消え去った。
「はい、抜けましたよ。うがいしてください」
俺がホースで水をかけると、ゾルギアはガラガラと音を立てて水を吐き出した。
『……ア、アレ?』
『い、痛くない……! 三万年俺を苦しめていた激痛が、嘘みたいに消え去っているぅぅっ! なんだこの人間、天界のヤブ医者(神々)より優秀じゃねぇか!』
痛みが消え去ったことで、邪神ゾルギアの姿はみるみるうちに縮んでいき……最終的に、人間サイズの『毛むくじゃらの謎の生き物(お爺ちゃん顔)』へと変貌し、縁側にドサリと座り込んだ。
「ははは。痛みが取れてよかったですね。でも、これからはちゃんと歯磨きしないとダメですよ」
俺が冷たい麦茶を差し出すと、ゾルギアは涙ぐみながらそれを両手で受け取った。
『ウゥゥゥ……アリガトウ、人間ヨ。我ハモウ、星ヲ喰ラウノハヤメル。ココデ、オ前ノ淹レタ麦茶ヲ飲ンデ余生ヲ過ゴスワ……』
「はいはい。縁側の席なら空いてますから、ゆっくりしていってください」
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(…………本日の、七錠目)
ルミナは、完全に感情の抜け落ちた顔で、胃薬を口に放り込んでいた。
「終わりました……。宇宙を無に帰す原初の邪神が……ジン様の『ペンチ』によって虫歯を抜かれ、縁側でお茶をすする『近所のお爺ちゃん』へとジョブチェンジしました……」
庭では、大魔王ゼアノスと古代邪神ゾルギアが「いやー、最近の天界の奴らはなってないよな」「全くだ。歯医者くらいちゃんと整備しとけってんだ」と、麦茶を飲みながら意気投合している。
「ジン様にとっては、宇宙の特大バグも『虫歯で泣いてるお爺ちゃん』でしかない……。天界の本社がどれほど絶望的なクレーマーを送り込もうと、このボロ小屋で麦茶の常連客にされるだけなのです……」
ルミナの胃壁は限界を突破し、ボロ小屋はさらなるカオス(と絶対的な平和)へと突き進んでいくのであった。




