女神の差し入れと、宇宙のゴミ箱疑惑
「……き、来ましたよ! 本社からの抜き打ちコンプライアンス調査(監査)です!」
雲一つない『深淵の森』の青空から、黄金の光と共に天界最高監査局のトップ、女神ヴェリタスが舞い降りた。
前回のような宇宙を滅ぼすほどの殺気はない。しかし、彼女の顔はなぜか真っ赤に染まり、その手には神々しい光を放つ『バスケット』が握られていた。
「いらっしゃい、ヴェリタスさん。ちょうどいいところに来ましたね」
庭先でレジャーシートを広げていた俺、ジンは、麦わら帽子を直しながら笑顔で手を振った。
俺の周りでは、ルミナとクラリスが(なぜかバチバチと火花を散らしながら)豪華な重箱を並べており、勇者レオや大魔王ゼアノスも「おおっ、飯だ飯だ!」と集まってきているところだった。
「ちょうどいいところ……?」
ヴェリタスが、光の翼を畳みながら首を傾げる。
「はい。今日は天気がいいので、みんなで庭でピクニックをしてお昼を食べようと思ってたんです。ヴェリタスさんも、お弁当(差し入れ)持ってきてくれたんですよね? 一緒に食べましょう」
「お、お弁当だなんて……ッ! こ、これはあくまで監査用のサンプルであって……!」
ヴェリタスがツンデレの教科書のような反応を見せながら、しずしずとレジャーシートの端に正座した。
その瞬間。
ルミナとクラリスの視線が、ヴェリタスを物理的に射抜かんばかりの鋭さで突き刺さった。
「あら。本社の監査官様が、わざわざ下界のピクニックに混ざられるなんて。お忙しいのではなくて?」
ルミナが、暗殺者の笑みを浮かべながら牽制する。
「ええ。ジン様のお腹は、私とルミナさんの『愛妻弁当(※自称)』で満たされておりますのよ。横入りはご遠慮いただきたいですわ」
クラリスも、聖騎士のオーラを全開にして威嚇する。
だが、ヴェリタスも宇宙のシステムを束ねる最高神である。下界の娘たちの威嚇など、どこ吹く風とばかりにフフッと鼻で笑った。
「下界の栄養補給など、たかが知れています。ジン、貴方はこれを食べなさい」
ヴェリタスがバスケットを開けると、中から眩いばかりの光と、脳を直接とろけさせるような芳醇な香りが溢れ出した。
そこに入っていたのは、透き通るようなピンク色をした、手のひらサイズの果実。
「ひぃッ!? そ、それは……天界の最奥にのみ実るという、神々の不老不死の源……『創世の聖果実』!?」
クラリスが悲鳴を上げる。
「えっ、ただのリンゴじゃないの?」
俺が尋ねると、ヴェリタスは顔を赤くしたまま、わざわざ果実を小さく切り分け、小さなフォークに刺して俺の口元へと運んできた。
「い、いいから口を開けなさい。あ……あーん、です」
「……あ、あーん?」
神様直々の『あーん』である。
俺は少し照れくさかったが、せっかくの好意を無下にするのも悪いと思い、素直に口を開けてその果実をパクリと食べた。
「…………ッ!!」
口に入れた瞬間、果実がスッと液状に溶け、全身の細胞という細胞が歓喜の声を上げるような、とんでもない甘みと活力が爆発した。
「うまっ! なんだこれ、すっごくジューシーで甘い! 疲れが全部吹き飛ぶみたいだ!」
「ふふっ……そうでしょう、そうでしょう。監査局長である私の特製(手摘み)ですからね!」
ヴェリタスが、大勝利を確信したようなドヤ顔で、ルミナとクラリスを見下ろす。
「くっ……! さすがは神……『あーん』という反則技まで使ってくるとは……ッ!」
「おのれ泥棒猫(神)……ッ! ジン様、私のも食べてくださいませ!」
ヒロインたちの正妻戦争は、天界の参戦により完全に次元の壁を越えた争いへと発展していた。
▼▼▼
ピクニックは和やかに(?)進み、ヴェリタスも俺の淹れた冷たい麦茶を飲んで、すっかりリラックスモードに入っていた。
「はぁぁぁ……。やっぱり、この支店(ボロ小屋)の麦茶は最高ですね……。本社のプレッシャーが嘘みたいに消えていきます……」
縁側の柱に寄りかかり、トロンとした目で麦茶をすする最高神。
「お疲れみたいですね。ヴェリタスさん、本社の仕事、そんなに大変なんですか?」
俺が、彼女の凝り固まった肩を軽く揉んであげながら尋ねると、ヴェリタスの口から思わず「はわぁっ……」と情けない声が漏れた。
そして、俺の【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、彼女の気が緩んだ瞬間にポロリとこぼれ落ちた『極秘の内部データ(本音)』を、容赦なく脳内へと受信してしまったのである。
『本当にもう大変なんですよぉぉ……。ジンさんが有能すぎるせいで、上層部(他の最高神たち)が「あの星(ボロ小屋)の男なら、どんなバグでも処理できるんじゃないか?」って言い始めてて……。最近、宇宙で発生した手に負えないエラー(邪神や危険生物)の座標を、全部この森にコッソリ書き換えて(押し付けて)いるんです……ッ!』
「…………え?」
俺の指が、ピタリと止まった。
『ジンさんには悪いと思ってます! このままじゃ、このボロ小屋が「宇宙のゴミ箱」にされちゃう! でも、それを理由にすれば、私がこうして「監査」という名目でジンさんに会いに来やすくなるから、上層部の企みを黙認しちゃってるんです! ごめんなさいジンさぁぁん!』
「…………」
俺は、申し訳なさそうに(心の中で)泣いている女神の頭を、ポンポンと優しく撫でた。
(なるほど。本社の人たち、そんなに人手不足で切羽詰まってるのか。うちの相談所が評判良くて、他部署のクレーム対応や厄介なお客さんまで、全部こっちに回してきてるんだな。……まあ、うちは敷地も広いし、お茶くらいいくらでも出せるからいいけど)
俺は、宇宙の危機的な陰謀を「町内会(あるいは下請け企業)への仕事の丸投げ」と完全に誤解したまま、爽やかに笑った。
「ヴェリタスさん。本社の人たちも、困ってるならいつでもうちに送ってきていいですよ。悩みを聞くくらいなら、いくらでもやりますから」
「えっ……?」
ヴェリタスは、目を丸くして俺を見上げた。
「本社の抱え込んでる問題(宇宙のバグ)なんて、一人で抱え込んじゃダメです。全部、僕が受け止めますよ。だから、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでください」
「ジ、ジン、殿……ッ!!」
ヴェリタスの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
(なんというお方……! 私の心の奥底の罪悪感すらも見抜き、あまつさえ『宇宙のすべてのエラーを自分が受け止める』と宣言された……! 創造神すら恐れるバグを、ご自身の愛で浄化するというの……!?)
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(…………本日の、五錠目)
レジャーシートの隅で。
ルミナは、完全に感情の抜け落ちた顔で、胃薬を水なしで飲み込んでいた。
ルミナの卓越した聴力と魔力感知は、今の会話から『恐るべき事実』を正確に推察していた。
「終わりました……。天界の神々が、ジン様の処理能力に恐れをなし、処理不可能な宇宙の災害を、すべてこのボロ小屋に投棄し始めた……。そしてジン様は、それを『すべて受け入れる』と宣言された……」
もはや、このボロ小屋はただの「お悩み相談所」ではない。
天界すら匙を投げた、宇宙の終焉を招くような存在が、次々と送り込まれてくる『最終処理場』へと変貌してしまったのだ。
「フハハハ! ジン殿がそう言うなら、我ら魔界の者も全力でサポートしようではないか!」
大魔王ゼアノスが、何も知らずに肉を頬張りながら笑う。
「俺のクワ(聖剣)で、どんなお客様にも美味しい野菜を作ってみせますよ!」
勇者レオも、呑気に麦茶を飲んでいる。
(……この能天気な同居人たちと共に、私はこれから、宇宙のあらゆる厄災を笑顔で『接待』しなければならないのですね……。私の胃壁は、果たして宇宙の寿命が尽きるまで保つのでしょうか……)
ルミナの壮大な絶望をよそに。
ジンは「よし、お客さんが増えるなら、もっと縁側を広くDIYしないとな!」と、楽しそうに笑うのだった。




