超魔導艦隊の墜落と、平和すぎる線香花火
「撃てェェェェェェェェッ!! 邪悪なる魔王の拠点を、灰燼に帰せェェェッ!!」
『神聖ガルディア帝国』の皇帝グスタフの絶叫と共に、空を覆う数十隻の『飛空帝城』から、一斉に目も眩むような魔力の光が放たれた。
帝国が誇る超魔導主砲【神滅砲】。
山脈すら一撃で蒸発させる絶対的な破壊の奔流が、束となってジンのボロ小屋へと降り注ぐ。
王国の騎士たちが見れば、恐怖のあまり発狂するであろう、まさに世界の終わりの光景。
「あー、すごいすごい。今年の花火は昼間から大掛かりだなぁ」
だが、縁側に座って麦茶をすするジンは、空から迫り来る破壊の光を「ちょっと派手な打ち上げ花火」としか認識していなかった。
彼の膝の上では、アシッド・スライムのプルが『あらあら、キラキラしてるわねぇ』と震え、隣では巨大なフェンリルのポチが『フワァァァ……』と大きな欠伸をしている。
「ジン様が『花火』と仰った……! ならば、我らが動く必要は一切ありませんわね!」
クラリスが目を輝かせ、大魔王ゼアノスも「フハハ! ジン殿の絶対防衛領域に、あのような小賢しい鉄屑の光など届くはずがないわ!」と、豪快にクッキーをかじっていた。
ズゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
数千万度の熱線が、ボロ小屋の庭に直撃した。
……かに見えた。
「――ん?」
上空の旗艦で戦果を確認しようとしていた皇帝グスタフは、信じられない光景に目を剥いた。
破壊の光は、小屋に届く直前……庭の物干し竿に干されていた『純白のシーツ』に直撃し、そのまま「カキィィンッ!」という甲高い音と共に、完全に跳ね返されたのである。
「な、なんだとォォォッ!?」
グスタフの驚愕をよそに、跳ね返された神滅砲の光線は、発射された時よりも遥かに太く、強大なエネルギーとなって帝国艦隊へと逆流していく。
実はそのシーツ、ただの布ではない。
元・聖騎士団総長のクラリスが、持てる全魔力を注ぎ込んで生成した『超高純度聖水』で洗い上げ、さらにジンが「よっと!」と謎のゴッドハンド(魔力構造の最適化)で絞ったことにより、あらゆる魔法攻撃を千倍にして反射する『絶対聖域の神布』へと変貌していたのだ。
「ば、馬鹿なッ! 我が帝国の神滅砲が、ただの洗濯物に弾き返されただと!? ええい、回避しろォォォッ!!」
皇帝の悲鳴も虚しく、反射された極太の光線は、空を覆っていた帝国艦隊の半数を一瞬にして吹き飛ばした。
ドカァァァァァンッ!!
空中で次々と巨大な爆発(花火)が連鎖する。
「うわぁ、綺麗だなあ! 昼間なのにこんなにハッキリ見えるなんて、最近の花火職人さんはすごい技術だね」
ジンが縁側でパチパチと拍手をする。
「お、おのれ魔王……ッ! ならば、物理装甲による質量兵器で小屋を直接押し潰せ! 全艦、降下して突撃ィィィッ!!」
皇帝グスタフは完全にパニックに陥り、残った十数隻の飛空帝城を、狂ったようにボロ小屋へと急降下させた。
空を覆う巨大な鋼鉄の塊が、圧倒的な質量をもってジンの頭上へと迫り来る。
だが。
『ワァァァァァンッ……フシュゥゥゥ……』
ジンの膝の横で、ポチ(フェンリル)が、気持ちよさそうに身震いをして、ただ「くしゃみ」を一つした。
ゴオォォォォォォォォォォォォォッ!!!
神話の魔獣のくしゃみは、瞬時に超大型の台風を生み出した。
「ひぃぃぃッ!? なんだこの暴風はァァァッ!」
急降下していた帝国艦隊は、突如発生した竜巻に巻き込まれ、まるで木の葉のように空中でぐるぐると回転し始めた。
さらに。
『あらあら、なんだか空から鉄のゴミがいっぱい降ってくるわねぇ。お掃除しなくちゃ』
庭の隅にいたプル(アシッド・スライム)が、ぽよんと跳ねて巨大化。
竜巻によって墜落していく帝国軍の飛空帝城を、次々とその体内に取り込み、「ジュワァァァッ」と音を立てて『無害な魔力結晶』へと分解・消化していった。
「ヒィィィィィッ!! 食われる! 帝国の最新鋭艦が、スライムに食われていくゥゥゥッ!!」
もはや戦争ではなかった。
大魔王や勇者が指一本動かすまでもなく、ジンの「洗濯物」と「ペットの生理現象」だけで、世界を恐怖に陥れた帝国艦隊は完全に蹂躙されてしまったのである。
▼▼▼
ドズゥゥゥンッ……!!
かろうじてスライムの捕食を免れた皇帝の旗艦だけが、黒煙を上げながら、ボロ小屋のすぐ目の前の開けた土地に不時着(墜落)した。
「……あ、あぁぁ……」
へし折れた旗艦のハッチから、ボロボロになった皇帝グスタフが這い出してくる。
彼の目には、絶望の涙が浮かんでいた。
(終わった……。我が神聖ガルディア帝国の総力が……。あの魔王は、ただ座ってお茶を飲んでいただけ。あまつさえ、魔王の飼い犬のくしゃみ一つで、我らは敗北したのだ……!)
グスタフは、自らが神をも超える絶対的な『宇宙の意志』に喧嘩を売ってしまったことを、骨の髄まで理解した。
彼は震える足で立ち上がり、そのままジンのいる縁側に向かって、泥にまみれながら完全なる五体投地を決めた。
「ははぁぁぁーッ!! 偉大なる魔王様ぁぁぁっ!!」
皇帝の悲痛な叫び声が響く。
「わ、私が愚かでございました! 世界を支配するなどという烏滸がましい野望は捨てますゆえ! どうか、どうか我が帝国の民の命だけはお助けをォォォッ!!」
地面に額を擦りつけ、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして哀願する皇帝グスタフ。
だが、ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この悲痛な降伏宣言を、いつものように超解釈して脳内に響かせたのである。
『すいませぇぇん!! 花火大会の実行委員長です! ちょっと火薬の量間違えちゃって、お宅の庭の前に神輿(船)落としちゃいました! 本当に申し訳ありません、片付けは全部うちの町内会でやりますから、どうか怒らないでぇぇぇッ!』
「…………」
ジンは、ため息を一つ吐くと、立ち上がってグスタフの元へ歩み寄った。
「あの、顔を上げてください。そんなに謝らなくていいですから」
「ヒィッ!? た、魂を喰われるゥゥッ!」
「喰いませんよ。ほら、服が泥だらけになっちゃってますよ」
ジンはグスタフの肩を優しく叩き、ポンポンと泥を払ってやった。
「花火、すごく綺麗でしたよ。ちょっと落ちちゃったみたいですけど、誰も怪我してないなら大丈夫です。実行委員長さんも、準備でずっと寝てないんじゃないですか? クマがすごいですよ」
「……エ?」
グスタフは、自分が即座に処刑されなかったことに驚き、ポカンと顔を上げた。
「これだけ大きなお祭りをまとめるのは、本当に大変だったでしょう。ほら、そんなところで土下座してないで、こっちに来てください。ちょうど幻影竜のお肉が焼けたところです」
「げ、幻影竜の……肉……!?」
皇帝ですら一生に一度口にできるかどうかの神話級食材。それを、この魔王は「敗将」である自分に振る舞おうというのか。
「おーい、レオ君! 実行委員長さんに、お肉と冷たい麦茶持ってきてあげて!」
「了解っすジンさん! ほら、おっちゃんもこっち来て座りなよ! ジンさんの焼いた肉、マジで最高だからさ!」
クワを持った勇者レオが、満面の笑みで皇帝の肩を組んで縁側へと連行する。
「あ、あわわ……っ」
グスタフは、震える手で渡された麦茶と焼肉を口に運んだ。
「…………ッッッ!!」
その瞬間、グスタフの脳内に雷のような衝撃が走った。
美味い。あまりにも美味すぎる。冷たい麦茶が、敗北の恐怖と長年の皇帝としての重圧を、信じられないほど優しく洗い流していく。
「うぅ……っ……あぁぁぁぁっ……!」
『なんだこれぇぇ! 肉が美味いよぉぉ! 麦茶が身に染みるよぉぉ! 俺、ずっと皇帝として気を張ってて、こんなに美味しいご飯食べたの何十年ぶりだろう……っ!』
「ゆっくり食べていいですよ。お肉はまだまだありますし、大魔王(社長)さんも一緒にどうですか?」
「おう! ジン殿がそう言うなら、一緒に食おう! ほれ帝国のおっさん、俺の酒も一杯飲め!」
魔界の絶対君主と、大帝国の皇帝が、ジンの縁側で肩を並べて焼肉を突き始めるという、歴史学者が卒倒するような光景が繰り広げられていた。
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「…………十二錠目、入ります」
ボロ小屋の柱の陰。
ルミナは、完全に虚無と化した瞳で、本日最後となる胃薬を口に放り込んだ。
「終わりました……。エルディア王国、魔界、そして神聖ガルディア帝国。……世界の三大勢力が、ジン様の手料理と麦茶の前に完全降伏しました。……このボロ小屋は今日、名実ともに『全宇宙の首都』となったのです……」
庭では、大魔王ゼアノスと皇帝グスタフが「いやー、トップってツラいよな!」「わかりますぞゼアノス殿! 派閥争いとかマジで面倒で!」と、完全に意気投合してジョッキ(麦茶)を交わしている。
勇者レオと聖騎士クラリスが笑い合い、神話の魔獣たちが気持ちよさそうに昼寝をしている。
「……あ、そうだ。花火の締めに、みんなで線香花火やらない?」
ジンが、お悩み相談所の引き出しから、古い線香花火の束を取り出してきた。
「おおっ! 線香花火! やるやるー!」
ヴァニアちゃんがはしゃぎ、世界中の権力者とバケモノたちが、一つの小さな火種を囲んで、息を潜めてパチパチと燃える小さな光を見つめる。
「……平和だなぁ」
ジンは、麦わら帽子を深く被り直し、満足そうに微笑んだ。
彼の【全言語翻訳】が引き起こした、世界規模の壮大な勘違いとすれ違い。
誰も傷つかず(胃痛を除く)、誰もが笑顔になる、究極のスローライフ。
人類の敵である魔王として恐れられた青年は、今日も無自覚なまま、世界で一番優しくて、世界で一番恐ろしい『お悩み相談所』をのんびりと経営していくのである。




