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全言語翻訳カンスト勢の悩み相談所 ~魔物の愚痴を聞くだけで世界征服しそうです~  作者: キュラス
深淵の森のボロ小屋

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大魔王の完全降伏と、空を覆う鋼鉄の機動要塞

大魔王ゼアノスが「ゼフ」という初老の冒険者に変装し、『お悩み相談所・止まり木』に足を踏み入れてから、早くも三日の月日が経過していた。


「ジン殿ォォ! 今日も来たぞ! さあ、いつものあの至高の肩もみを頼む!」

「いらっしゃい、ゼフさん。皆勤賞ですね。麦茶、キンキンに冷えてますよ」


爽やかな午前中。

ゼアノスは、もはや魔界の絶対君主としての威厳も、変装による警戒心も完全に投げ捨て、まるで実家に帰ってきたかのような満面の笑みでボロ小屋の縁側にドカッと腰を下ろした。


この三日間、彼は魔界の政務を(有給休暇と称して)すべて放り出し、毎日このボロ小屋へと通い詰めていた。

ジンの淹れる麦茶。ジンの作る素朴だが魔力を活性化させる手料理。そして何より、千年の凝りを完全に粉砕する『神業の指圧マッサージ』。

そのすべてが、激務と孤独に苛まれていた大魔王の魂を、文字通り骨抜きにしてしまったのである。


「うおおおおッ! ソコダ、ジン殿ッ! クゥゥゥ……ッ! 魔界の玉座より、この縁側の方が何千倍も心地良いわぁぁっ!」

「ゼフさん、今日は一段と背中が張ってますね。また部下の方(四天王)のミスで残業したんですか?」

「そうなのだよ! 営業部(侵略部隊)の連中が勝手に予算を使ってだな……って、おおおっ! 痛気持ちいいぃぃぃっ!!」


変装した大魔王が、麦わら帽子の青年に肩を揉まれながら、だらしなく涎を垂らしてとろけている。

その横では、巨大なフェンリルのポチが『ワフッ(※俺も後で撫でてくれ!)』と順番待ちをし、元・勇者のレオが「ゼフさん、肩こりには俺の育てたトマトが良いっすよ!」と差し入れを持ってくる。


もはや、そこには種族間の争いなど微塵も存在しない、究極のスローライフ空間が完成していた。


だが、その平和な光景を、顔面を蒼白(そうはく)にして見つめている者たちがいた。


「…………ガ、ガリウス様。あの方、どう見ても……」

エプロン姿のルミナが、引き攣った顔で隣の悪魔に囁いた。


「アア……間違イナイ。隠蔽魔法デ姿ヲ変エテイルガ、アノ魂カラ滲ミ出ル『暗黒ノ覇気(はき)』ハ、我ガ上司ニシテ魔界ノ頂点……大魔王ゼアノス様ダ」

同じく遊びに来ていた四天王筆頭・ガリウスもまた、冷や汗を滝のように流しながらガタガタと震えていた。


「お父様ったら、あんな姿になっちゃって。ジンお兄ちゃんのマッサージ、よっぽど気に入ったのね」

ゼアノスの娘であるヴァニアだけが、クッキーをかじりながら呆れ顔で呟いている。


▼▼▼


「ふぅ。こんなところですね。ゼフさん、どうですか?」


ジンがマッサージを終えると、ゼアノスは深く深呼吸をし、ゆっくりと立ち上がった。

その顔には、かつて人間界を蹂躙(じゅうりん)しようとしていた『邪悪』の影など微塵もなく、ただ「最高の休日を満喫したおじさん」の清々しさだけが満ち溢れていた。


「……ジン殿。俺は、いや、我は……今日こそ、貴様に真実を告げねばならん」


ゼアノスは、意を決したようにジンに向き直った。


「真実、ですか?」

ジンが首を傾げる。


「そうだ。我はただのしがない冒険者などではない。我こそは、魔界を統べる絶対君主……大魔王ゼアノスであるッ!!」


ボンッ! という魔力の爆発と共に、変装の魔法が解けた。

初老の冒険者の姿から、漆黒の六枚の翼と、禍々しい炎を纏った巨大な悪魔の姿へと変貌する。

周囲の空間が歪曲(わいきょく)し、空が再び暗雲に覆われかけた。


「ひぃぃぃぃッ!! 大魔王様が本性を現されたぁぁぁッ!!」

クラリスが悲鳴を上げ、ガリウスが「シャ、社長ォォォッ!!」と土下座の姿勢をとる。


「ジン殿よ! 貴様は我が正体を見抜けなかったかもしれんが、我は……ッ!」


ゼアノスが、威厳たっぷりに吼えようとした。

しかし、ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、その威圧的なセリフの裏にある『完全にデレきった本音』を、見事に脳内再生していた。


『ごめんなさいジン殿ぉぉっ! 本当は俺がヴァニアの父親で、あの大魔王です! 黙ってて本当にごめんなさい! お願いだから、俺の正体を知っても嫌いにならないでぇぇっ! これからもマッサージしてぇぇっ!』


「…………」


ジンは、大魔王の巨体を見上げながら、ただ優しく、仏のように微笑んだ。


「知ってましたよ、社長さん。ガリウスさんとヴァニアちゃんから話は聞いてましたから」

「……ッ!? な、なんと……! 我が正体に気づきながら、あれほどまでに丁重な『おもてなし』をしてくれていたというのか……!?」


『嘘でしょ!? 俺の正体知ってて、あんなに優しく肩揉んでくれたの!? どんだけ器がデカいんだよこの人間……ッ! 惚れる! 男だけど惚れてまうやろぉぉぉっ!』


ゼアノスは、感動のあまり、その巨大な悪魔の目から滝のような涙を流し始めた。

そして、ズズンッ! と、ボロ小屋の庭で、魔界の絶対君主が両膝を突いたのである。


「ジン殿……! 貴様の底知れぬ慈愛(じあい)と、そのゴッドハンドの前に、我は完敗だ! この大魔王ゼアノス、貴様を魔界の『永久名誉相談役』に任命し、我が魔族の全権を委ねる! なんなら、娘のヴァニアも嫁にくれてやるゥゥゥッ!!」

「えっ!? ちょっとお父様! なに勝手に決めてんのよ!」(※顔を真っ赤にするヴァニア)


一国のアルベルトに続き、ついに魔界の王までもが、ジンの前に完全降伏を宣言した瞬間であった。


▼▼▼


(…………十一錠目、入ります)


柱の陰で、ルミナは完全に光を失った瞳で、胃薬をボリボリと咀嚼(そしゃく)していた。


「終わりました……。人間界に続き、魔界までもがジン様の軍門に下りました。ジン様は、マッサージと麦茶だけで、この星のすべての権力を掌握してしまわれたのです……」


もはや、ルミナにとってこのボロ小屋は、宇宙の創造主が座す至高の神殿に等しかった。

大魔王が「お義父さんと呼んでくれ!」とジンにすがりつき、ジンが「いや、社長さんでいいですよ」と苦笑いしている平和な光景。


その、究極の『スローライフ(世界征服)』が完成した、まさにその時だった。


――ヴゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!!


突如として、大気を震わせる異様な重低音が、『深淵の森』の上空に響き渡った。

それは、竜王の咆哮でも、大魔王の魔力でもない。

純粋な『機械と魔導』が融合した、冷たく暴力的な駆動音。


「……な、なんだ!? 空が……!」

レオが、空を見上げて絶句した。


雲を突き破り、上空に姿を現したのは、山ほどもある巨大な鋼鉄の塊。

いや、一つではない。十、二十……数え切れないほどの『飛空帝城(ひくうていじょう)』の艦隊が、太陽の光を完全に遮り、ジンのボロ小屋を包囲するように展開していたのだ。


艦隊の装甲には、エルディア王国とは異なる、双頭の鷲を象った紋章が刻まれている。

それは、海を隔てた別の大陸を支配する超巨大軍事国家・『神聖ガルディア帝国しんせいガルディアていこく』の紋章であった。


「な、なぜガルディア帝国の『殲滅艦隊』がここに……ッ!?」

クラリスが、かつての知識を総動員して驚愕(きょうがく)の声を上げる。


上空の巨大な旗艦から、魔導拡声器を通した傲慢な声が響き渡った。


『――下等なるエルディアの民、および邪悪なる魔族どもに告ぐ。我らは神聖ガルディア帝国、世界浄化部隊である!』


「世界浄化部隊……だと?」

大魔王ゼアノスが、涙を拭い、険しい表情で空を睨みつけた。


『我々の観測機が、この地に魔界の最高機密兵器たる【終焉の宝玉ドゥームズ・デイ・オーブ】の起動波長を捉えた! さらに、エルディア王国が魔王に降伏したという情報を得て、我が帝国が直接「世界を救済」すべく参った!』


要するに、ゼアノスが先日「ポチの遊び道具」としてジンに渡した国宝級の危険物が、帝国軍のレーダーに引っかかり、「魔王が世界を滅ぼす気だ! 俺たちが先制攻撃で世界を乗っ取るぞ!」と、横槍を入れてきたのである。


『フハハハハ! 神話の魔獣がいようと関係ない! 我が帝国の誇る超魔導主砲【神滅砲(メギド・バスター)】の前に、森ごと塵となるが良い! 全艦、主砲充填開始ッ!!』


ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

空を覆う数十隻の艦隊から、一斉に目も眩むような魔力の光が収束し始めた。

放たれれば、森どころかエルディア王国全土が消し飛ぶほどの、絶対的な破壊の光。


「クソッ……! 人間の分際デ、我ガジン殿トノ至福ノ時間ヲ邪魔スルトハ……ッ!」

ゼアノスが殺気を放ち、ガリウスも、竜王も、フェンリルも、一斉に空に向かって牙を剥いた。


帝国軍は知らなかったのだ。

彼らが今、主砲を向けている相手が、「魔界のトップ」「神話の魔獣たち」「光の勇者と聖騎士」、そして「天使すら逃げ帰った謎の青年」が奇跡の同盟を結んでいる、この世で最も手を出してはいけない『最凶の要塞』であることを。


「おのれ帝国軍! ジン様のお庭を荒らすなど、万死に値するわ……ッ!」

ルミナが短剣を構え、レオもクワ(聖剣)を握り直す。

全員が、帝国軍を文字通り『一瞬で塵にする』ための準備を整えた。


だが、その殺伐とした空気を、のんきな声が遮った。


「あー……。今日はなんだか、空が賑やかだねぇ」


ジンは、縁側に座ったまま、麦茶の入った急須を片手に空を見上げていた。


彼の【全言語翻訳】スキルは、帝国軍の傲慢な宣言や、主砲の恐ろしい魔力充填音を、すべて『お祭りの準備』や『花火の打ち上げ音』として翻訳してしまっていたのである。


「もうすぐ夏だから、町内会の花火大会の練習でもやってるのかな? 大きいのが上がりそうだね」

「ジ、ジン様……!? あれは花火などでは……!」

ルミナが慌てて訂正しようとするが、ジンはニコッと笑って皆を制した。


「みんな、せっかくだから縁側に座って見ようよ。お茶菓子、まだたくさんあるからさ」


ジンがそう言うと、大魔王も、勇者も、神話の魔獣たちも、ピタリと殺気を収めた。


(……ジン殿が、ああ仰っているのだ。ならば我々が騒ぐのは無粋というもの)

(ジン様の絶対防衛領域に、あのような鉄屑の光など届くはずがありませんわ)


全員が、ジンの言葉に絶対の信頼(という名の究極の勘違い)を置き、再び縁側に座ってクッキーをかじり始めたのである。


上空で、帝国軍の司令官は狂ったように叫んだ。

『撃てェェェェェェェェッ!! 邪悪なる魔王の拠点を、灰燼に帰せェェェッ!!』


ズドォォォォォォォォォォンッ!!!


数十の超魔導主砲から、世界を滅ぼすほどの光の濁流が、ジンのボロ小屋目掛けて一直線に放たれた。

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