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全言語翻訳カンスト勢の悩み相談所 ~魔物の愚痴を聞くだけで世界征服しそうです~  作者: キュラス
深淵の森のボロ小屋

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大魔王の遠隔呪詛と、過保護な父親のオンライン面談

魔界の最深部、光すらも呑み込む暗黒物質(ダークマター)で形作られた絶対的な玉座(ぎょくざ)

そこに座す魔界の絶対君主、大魔王ゼアノスは、苛立ちに爪を噛んでいた。


「……不可解だ。あまりにも不可解すぎる」


ゼアノスの赤い瞳が、玉座の間に平伏する上級悪魔たちを睥睨(へいげい)する。

魔界の最高幹部である『殲滅の悪魔』ガリウスが、頻繁に人間界の『深淵(しんえん)の森』へと入り浸っているという報告。さらに、愛娘のヴァニアまでもが、嬉々としてその森へ通い詰めているという事実。

極めつけは、先日発動された天界の『神使降臨』の儀式すらも、その森に住む『ジン』という謎の青年の前では無力化されたという信じ難い情報であった。


「……神の使いすら退けたというイレギュラー。直接討って出るのは容易いが、相手の底が知れぬ以上、王たる我から出向くのは下策。まずは遠隔でその精神を破壊し、娘を奪還するのが先決か」


ゼアノスは、冷酷な笑みを浮かべ、傍らに控えていた漆黒の鏡を手に取った。

それは『絶望の姿見(カースド・ミラー)』。

覗き込んだ者の魂を魔界へと引きずり込み、映し出された大魔王の凄惨(せいさん)な魔力によって発狂させる、魔界の国宝級呪物である。


「ヴァニアよ、ここへ」

ゼアノスが呼ぶと、ゴシックドレスに身を包んだ娘、ヴァニアがパタパタとやってきた。

彼女の手には、手作りのクッキーが入った可愛らしいバスケットが握られている。


「なあに、お父様? 私、これからジンお兄ちゃんのところへ遊びに行くんだから、手短にしてよね」

「……フッ。その人間の男に、父からの『贈り物』としてこの鏡を渡すがいい。魔界の美しい景色が見えるアーティファクトだとでも言っておけ」

「えっ? お父様がジンお兄ちゃんにプレゼント? 珍しいこともあるのね。わかったわ!」


何も知らないヴァニアは、その恐るべき呪物をバスケットに入れると、意気揚々と人間界へのゲートをくぐっていった。


「愚かな人間め。我が娘に誑惑(きょうわく)の魔法をかけた罪、その魂を以て償うが良い……!」

ゼアノスは玉座の奥で、呪いが発動するその瞬間を、冷たい瞳で待ち構えていた。


▼▼▼


同じ頃。人間界の『お悩み相談所・止まり木』。


「ジンお兄ちゃーん! 遊びに来たわよ!」

「おっ、ヴァニアちゃん。いらっしゃい」


俺、ジンが庭の手入れをしていると、魔界の姫君であるヴァニアちゃんが元気よくやってきた。

彼女が来ると、相談所が一気に華やかになる。


「今日はね、お父様からお兄ちゃんへのプレゼントを預かってきたの!」

「ガリウスさんの上司の、社長さんから? わざわざ悪いなぁ」


ヴァニアちゃんがバスケットから取り出したのは、重厚な黒い装飾が施された、見事な手鏡だった。


「ひぃッ!?」

その鏡を見た瞬間、洗濯物を干していた元・暗殺者のルミナが、ビクゥッ! と全身の毛を逆立てた。


「ルミナ、どうしたの?」

「ジ、ジン様……! それは、神話の時代より伝わる『絶望の姿見』……! 目を合わせた者の精神を破壊し、魂を魔界に束縛するという最悪の呪物ですわ! お捨てになってください!」


ルミナが顔面を蒼白(そうはく)にして警告する。

だが、ヴァニアちゃんはキョトンとしていた。

「え? お父様は『魔界の美しい景色が見える道具』だって言ってたわよ?」


「まあまあ、ルミナもそんなに警戒しなくていいよ。社長さんからの挨拶みたいなものだろうから」

俺は、ルミナの静止(悲鳴)をよそに、その鏡の正面に立ち、覗き込んだ。


その瞬間。

鏡の表面がドロリと黒く濁り、部屋の中の気温が一気に氷点下まで下がった。

鏡面から、どす黒い瘴気(しょうき)が噴き出し、ボロ小屋の空間が歪み始める。


「出たな、人間よ……!!」


鏡の中から響いたのは、大気を震わせ、聞く者の鼓膜を破壊せんばかりの、大魔王ゼアノスの咆哮(ほうこう)だった。

鏡の向こうには、炎を纏う巨大な悪魔が、殺意に満ちた赤い瞳でこちらを睨みつけている。


「ひぃぃぃぃッ!? だ、大魔王ゼアノス……ッ!! 終わった、ジン様の魂が喰われるぅぅッ!」

ルミナが膝から崩れ落ち、頭を抱える。


「我ハ魔界ノ絶対君主! 貴様ノ魂ハ今、我ガ呪縛ノ中ニアリ! 貴様ガ何者デアルカハ知ランガ、ココデ精神ヲ崩壊サセテクレル……ッ!!」


空間がひび割れるほどのプレッシャー。

王国の騎士団であれば、この声を聞いただけでショック死しているだろう。


だが。

俺の【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、この大魔王の『遠隔呪詛』という名の音波を、見事にこう翻訳して脳内に再生し始めた。


『よくもノコノコと顔を出したなこの害虫がぁぁぁッ! 俺の可愛いヴァニアに手を出して、一体どういうつもりだ! どこの馬の骨とも分からん男に、娘は絶対にやらんぞぉぉぉッ!!』


「…………え?」


俺は、思わず目を瞬かせた。


『ガリウスの奴も最近お前のところに入り浸ってるらしいな!? うちの優秀な社員をたぶらかしやがって! なんだお前、ホストか何かか!? 娘をたぶらかす悪い男は、お父さんが絶対に許さないからな! 今すぐヴァニアを帰しなさい! 門限は夕方五時だぞ!!』


「…………」


大魔王の放つ恐るべき殺気のオーラが、俺には完全に『娘の交友関係を心配して、ビデオ通話でブチギレている過保護な父親』にしか見えなかった。


「あー……。初めまして、社長さん。ジンと申します」


俺は、噴き出す瘴気(呪い)を顔に浴びながらも、全く動じることなく、鏡に向かってペコリと丁寧にお辞儀をした。


「……ハ?」

鏡の向こうのゼアノスが、思わず間抜けな声を漏らす。


「いつもヴァニアちゃんには、うちの相談所で楽しく遊んでもらってます。変なことは一切してないので、安心してくださいね。今日は手作りのクッキーも持ってきてくれて、すごくいい子ですよ」

『なっ……!? な、なんで俺の呪い(プレッシャー)を浴びて平然としている!? ていうか、なんだその挨拶は! 娘の彼氏気取りか貴様ァ!』


「彼氏だなんて、とんでもない。ただの近所のお兄ちゃんですよ。ほら、ヴァニアちゃん、お父さんに挨拶して」

俺が鏡をヴァニアちゃんに向けると、彼女はムスッとした顔で言った。


「もう、お父様! ジンお兄ちゃんをいじめないでって言ったでしょ! 私、今日は夕飯もここで食べて帰るからね! ガチャッ!」


ヴァニアちゃんは、鏡の表面をペチッ! と叩いた。

すると、魔界の国宝であるはずの『絶望の姿見』の通信(呪い)が、まるでスマートフォンの通話を切ったかのように、プツンと切れてしまったのである。


「あ、切れちゃった。社長さん、せっかく挨拶してくれたのに」

「もういいのよ、お父様は心配性なんだから。ジンお兄ちゃん、クッキー食べよ!」

「そうだね、お茶淹れるよ」


俺たちは、呪いの鏡をテーブルの端に置き(※鍋敷き代わりにちょうど良さそうだった)、平和なティータイムを開始した。


▼▼▼


(…………私が、異常なのでしょうか)


部屋の隅で見ていたルミナは、本日一錠目の胃薬を飲み込みながら、完全に光を失った目で宙を見つめていた。


大魔王ゼアノスの直通の呪詛。

魂を削り取るはずのその絶対的な暴力を、ジンは「ただのオンライン面談」として処理してしまった。

あまつさえ、魔界の姫君がその呪いの鏡を「物理的ビンタ」に遮断するという、魔術の常識を覆す暴挙に出たのだ。


「ジン様にとっては、大魔王の遠隔呪殺ですら、娘を心配する父親の電話程度の認識……。もはや、相手が神であろうと悪魔であろうと、ジン様のこの『絶対的日常領域』を破壊することは不可能なのですね……」


▼▼▼


一方、その頃。

魔界の最深部、玉座の間。


「…………切ラレタ、ダト?」


大魔王ゼアノスは、手元の通信用魔水晶が「プツン」という音と共に真っ暗になったのを見て、ワナワナと全身を震わせていた。


「我ノ……魔界ノ絶対君主タル我ノ『絶望ノ呪縛』ガ、アノ男ニハ全ク通ジザルバカリカ……娘ニ、一方的ニ通信ヲ遮断サレタ、ダトォォォォッ!?」


玉座の間に、ゼアノスの悲痛な叫びが響き渡る。


「オノレ、ジン……! 我ノ威厳ヲココマデ虚仮こけニシ、娘ヲ洗脳スルトハ……! 遠隔デノ呪殺ガ通ジヌトアラバ……我自ラガ、奴ノ懐ニ潜リ込ミ、ソノ正体ヲ暴イテクレルワ……ッ!」


大魔王ゼアノスは、正面から軍勢を率いて攻め込むのではなく、ジンの『異常な余裕』の秘密を探るため、密かに人間界へ「視察(という名のスパイ活動)」に向かう決意を固めたのであった。


「待ッテイロ、人間ノ男ヨ……! 次コソハ、確実ニ貴様ノ化ケノ皮ヲ剥ガシテヤルカラナ……ッ!」

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