魔王城の庭先バーベキューと、神話級おじさんたちの飲み会
「よし、炭に火がついたぞー。みんな、お皿とコップは持ったか?」
抜けるような青空の下、『お悩み相談所・止まり木』の裏庭には、香ばしい煙と肉の焼ける匂いが漂っていた。
俺、ジンは、手作りのレンガ窯に網を乗せ、トングをカチカチと鳴らしながら宣言した。
「今日は、先日もらった『幻影竜の肉』がまだたくさん余ってるから、庭でバーベキュー大会にしよう!」
「「「わぁぁぁぁっ!!」」」
居候のレオ、クラリス、ルミナが歓声を上げる。
美味しいお肉の食べ放題という響きは、人類最強の戦士たちをも無邪気な子供に変えてしまう魔法の言葉だ。
「ジン様! お肉のカットは私にお任せください! 無音殺撃で、一ミリの狂いもなく均等に切り分けます!」
「私は、お飲み物の準備を! 聖水(※ただの美味しい水)をキンキンに冷やしておきました!」
ルミナとクラリスが甲斐甲斐しく立ち働く。
最近すっかり農家として板についてきた元勇者のレオは、自慢の『殺人林檎』や『吸血魔蔓』の葉を、満面の笑みでサラダボウルに盛り付けていた。
「うんうん、みんな手際がいいな。……あ、そろそろお客さんたちが来る時間だ」
俺が空を見上げた、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如として空がどす黒い瘴気に覆われ、真昼だというのに星も見えないほどの暗闇が庭を包み込んだ。
さらに、空間がガラスのようにひび割れ、赤黒い雷光と共に、見慣れた『冥門』が開く。
「な、なんだッ!? 敵襲か!?」
レオがクワ(聖剣)を構え、クラリスが悲鳴を上げてルミナの背中に隠れる。
『冥門』から歩み出てきたのは、禍々しいオーラを放つ魔界の四天王筆頭・『殲滅の悪魔』ガリウス。
そして空からは、山を消し飛ばす漆黒の巨体・『破滅の竜王』が、凄まじい咆哮と共に地響きを立てて着陸した。
「ひぃぃぃぃッ!? なぜ、神話の化け物たちがここに!?」
クラリスが白目を剥いて腰を抜かす。
「あ、いらっしゃいガリウスさん、トカゲさん。今日はバーベキューだから、お腹空かせてきてって言ったでしょ」
俺がトングを持ったまま笑顔で手を振ると、二体の神話級モンスターは、ピタリと殺気を収めた。
「人間ヨ、招キニ感謝スル……!」
『うおおおっ、すっげえいい匂い! 今日は非番だから昼から飲めるぜぇぇ! 魔界の激務から解放される至福の時だぁぁ!』
「グルルルルル……ッ!!」
『おっす人間! 最近また肩が凝ってきたから、肉食った後でマッサージ頼むわ!』
俺の【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルにかかれば、大悪魔と竜王の恐ろしい声も、完全に『近所の気のいいおっさんたちの休日の挨拶』にしか聞こえなかった。
「お二人とも、お疲れ様です。ささ、そこに座って。……あ、紹介するね。最近うちの相談所で住み込みで働いてくれてる、レオ君とクラリスさんだ。ルミナの同僚みたいなものだから、仲良くしてあげてね」
俺がそう紹介すると、ガリウスと竜王は、腰を抜かしているレオとクラリスをまじまじと見下ろした。
▼▼▼
(…………終わった)
ルミナは、すでに本日一錠目の胃薬を噛み砕いていた。
王国軍が束になっても敵わない、魔界の最高幹部と、生きた厄災たる竜王。
それらに対して、ジンは「ご近所さんをバーベキューに誘う」という、とんでもない感覚で彼らを呼び寄せてしまったのだ。
(光の勇者と、聖光の乙女。そして、闇の四天王と、破滅の竜。……本来なら、出会った瞬間に世界を二分する最終戦争が勃発するはずの組み合わせ……! それを、ただ『肉を焼く』という名目で同じテーブルに座らせるなど、ジン様以外の誰ができようか!)
「あ、あわわわわ……っ」
クラリスは恐怖で声も出ず、レオはガチガチと歯の根を鳴らしている。
すると、大悪魔ガリウスが、レオに向かって巨大な爪の生えた手を差し出し、恐ろしい声で吼えた。
「貴様ガ、新入リノ人間カ……!!」
『おお、君が新しく入ったバイトの子? いやー、この職場のボス(ジン)はマジで優しくてホワイトだから、お互い頑張ろうな! はいこれ、魔界の銘酒(※お土産)!』
ガリウスがドスンッとテーブルに置いたのは、血のように赤い液体が入った禍々しいボトルだった。
「ひぃッ!? ド、毒!? いや、血ですか!?」
『ジンさーん、この子めっちゃビビってるんだけど!? 俺、そんな怖い顔してるかなぁ? 娘にも最近「顔がガチで悪魔だからウケる」って言われたんだけど!』
「ガリウスさん、悪魔なんだから悪魔の顔で合ってますよ。レオ君、それは毒じゃなくて美味しいワインだから、グラスに注いであげて」
ジンに促され、レオは泣きながらガリウスのグラスに赤い液体を注いだ。
「あ、ありがとうございます……魔族の方にお酌をする日が来るなんて……」
『おお、すまんな若いの! あー、休日の昼間から飲む酒は五臓六腑に染み渡るぜぇぇ!』
さらに、竜王が巨大な顔をクラリスに近づけ、鼻息で彼女を吹き飛ばしそうになりながら唸った。
「グガァァァァッ!!」
『おう姉ちゃん! そのデカい肉、俺の皿にガンガン乗せてくれや! レアでいいぞ、レアで!』
「ひいいいっ! た、食べないでくださいぃぃっ!」
「クラリスさん、トカゲさんがお肉のおかわり欲しいってさ。その幻影竜のお肉、焼けたやつからどんどんお皿に乗せてあげて」
「は、はいぃぃっ! 同じ竜の肉を食らうなんて、なんて恐ろしい共食い……ッ!」
クラリスは涙目でトングを握り、竜王の巨大な皿に次々と焼肉を放り込んでいった。
▼▼▼
開始から一時間が経過した頃。
裏庭の『地獄のバーベキュー』は、異様なまでの熱気と謎の一体感に包まれていた。
「……でさぁ! 魔王様がまた『明日までに人間の街を三個落とせ』とか無茶振りしてきてよぉ! こっちの予算も考えてほしいわけよ!」
「わかります、わかりますよガリウスさん! 俺も王国で『お前は勇者だから一人で魔王倒してこい』って言われて、残業代ゼロでしたからね!」
なんと、すっかり酒が回った(※レオは未成年なので麦茶で酔っている)元勇者レオと四天王ガリウスが、肩を組みながら『ブラック企業(組織)の愚痴』で意気投合していたのである。
「おう若いの、お前も見どころあるじゃねぇか! 今度うちの魔王軍に転職するか!? 待遇良くしてやるぞ!」
「マジですか!? でも俺、ジンさんの畑仕事が気に入ってるんで、副業なら考えます!」
「ガッハッハ! 違いねぇ!」
一方、クラリスは。
「ふふふ……どうですかトカゲ様! 私の『聖なるマッサージ(※物理)』は! 竜の硬い鱗の隙間を縫って、コリの芯を破壊しますよ!」
『オオォォ……そこだ姉ちゃん……! 聖騎士の腕力、マジで肩こりに効くわぁ……。ちょっと強めにお願い!』
完全に吹っ切れたクラリスが、満面の笑みで竜王の首筋に全体重を乗せた肘打ち(マッサージ)を連打し、竜王が恍惚とした表情で地面に寝そべっていた。
「みんな、楽しそうだなあ」
ジンは、自分が漬け込んだ自家製の『焼肉のタレ(※超一級の魔力回復ポーション入り)』を肉に絡めながら、幸せそうに微笑んでいた。
「人間と魔族って、言葉が通じないから争ってただけなんだよな。こうして一緒に網を囲めば、みんなただの気のいいおじさんと若者なのに」
ジンのその呟きを隣で聞いていたルミナは、本日五錠目の胃薬を水で流し込みながら、天を仰いだ。
(……ああ。ジン様は、たった数時間で、何千年も続いた『人類と魔族の種族間戦争』を、完全に終結させてしまわれた……。剣でも魔法でもなく、ただの『焼肉のタレ』で……)
ルミナの目には、この庭の光景が、世界の理が一つに溶け合う『究極の渾沌』にして『究極の平和』の象徴に見えていた。
「おいルミナ! お前も突っ立ってないで肉食えよ! ジンさんの焼いた肉、最高だぞ!」
泥酔したレオが、串に刺さった肉を振り回しながら叫ぶ。
「……ええ、そうね。もう、世界の常識なんてどうでもよくなってきたわ」
ルミナは、静かに暗殺者のプライドを投げ捨て、悪魔と竜と勇者と聖騎士が入り乱れる狂気のバーベキューの輪の中へ、自ら飛び込んでいくのであった。
こうして、お悩み相談所の休日は、世界中のいかなる権力者も成し得なかった『種族を超えた最強の大宴会』として、平和裏(?)に更けていくのだった。




