国王の帰還と、超国宝級食材で作る家庭的すぎるシチュー
「ジン様……。この御恩は、生涯忘れません。我がエルディア王国は、今日よりジン様の忠実なる盾となりましょう」
『お悩み相談所・止まり木』の玄関先。
泥だらけになったマントを翻し、国王アルベルトは深く、深く頭を下げていた。
昨日、決死の覚悟で降伏に訪れた彼は、ジンの淹れた麦茶とクッキー、そして「町内会長さんも無理しないでくださいね」という慈愛に満ちた言葉によって、長年の重圧から完全に解放された。
一晩、ジンが用意した客間(※ただの空き部屋)で深い眠りについたアルベルトは、今朝、憑き物が落ちたような清々しい顔つきになっていた。
「いやいや、大げさですよ。町内会のお仕事、これからも大変でしょうけど、たまには休んでくださいね。お茶くらいならいつでも出しますから」
ジンが笑顔で手を振ると、アルベルトの目から再び感動の涙がこぼれ落ちた。
「おおお……! なんという寛大なお言葉……! 直ちに王都へ戻り、ジン様の聖域を侵す者が二度と出ないよう、国を挙げて法を整備いたします! そして、我が国が誇る最高の『供物』をお送りさせていただきますゆえ!」
「差し入れですか? わざわざすみません。お気をつけてー」
かくして、一国の王は「魔王への絶対的な畏敬と忠誠」を胸に刻み、元気よく王都へと帰っていった。
居候にならず、しっかりと自分の職場(王国)へ戻っていくその背中を、ジンは「偉いなぁ、あの町内会長さん」と感心しながら見送ったのであった。
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数日後。
王都へ帰還したアルベルト国王の号令により、エルディア王国はかつてない活気に満ちていた。
「皆の者、聞くが良い! 『深淵の森』に座す御方は、我々を滅ぼす魔王などではなかった! 我々の罪を許し、慈悲を与えてくださる、真の『神』であらせられるぞ!」
玉座の間で、アルベルトが高らかに宣言する。
その言葉に、絶望に沈んでいた貴族や大臣たちは「おおおお……!」と歓喜の声を上げた。
天使すら逃げ帰った相手が、王国を滅ぼさず、あまつさえ国王を無傷で帰してくれたのだ。彼らにとって、それは「神の恩寵」以外の何物でもなかった。
「これより、深淵の森を王国の『絶対不可侵の聖域』に指定する! そして、毎月我が国の最高級品を集め、ジン様への『貢物』として献上するのだ! 決して粗相のないように手配せよ!」
「「「ははぁーッ!!」」」
王国の総力を挙げた「お悩み相談所への貢物プロジェクト」が、ここに発足したのである。
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そして、現在。
ボロ小屋の前に、豪華絢爛な装飾が施された、数台の巨大な馬車が到着していた。
「おっ、町内会長さんから手紙だ。えーっと……『ささやかながら、当町内会(王国)からの差し入れです。ご賞味ください』……だって。わざわざ悪いなぁ」
ジンが馬車の荷台を覗き込むと、そこには木箱に詰められた大量の食材が積まれていた。
霜降りの美しい巨大な肉のブロック。真珠のように輝く野菜。そして、宝石箱に入れられた見たこともない香辛料の数々。
「ジン様……これは……ッ!」
その食材を見たルミナとクラリスが、顔面を蒼白にして震え上がった。
「どうしたの、二人とも?」
「ど、どうしたのも何も……! そのお肉は、一生に一度お目にかかれるかどうかの『幻影竜』の最高級ロース肉! そのお野菜は、一本で城が建つと言われる『世界樹の若芽』! そしてその香辛料は……王族しか口にできない『星屑のペッパー』ですわ!」
クラリスが悲鳴のような声で解説する。
「へえ、すごいね。町内会の皆さん、奮発してくれたんだな」
「町内会……!? いえ、これはエルディア王国が国家予算を切り崩して用意した、究極の『供物』に違いありません……!」
ルミナが額に冷や汗を浮かべながら呟いた。
王国からの「誠意」と「恐怖」が入り混じった、国宝級の食材たち。
普通であれば、専属の宮廷料理人が数日がかりで儀式的に調理するような代物である。
だが、ここはジンのボロ小屋だった。
「よし。じゃあ、今日はせっかくの差し入れだし、みんなで『シチュー』にしようか」
「「……シ、シチュー?」」
「うん。お肉も野菜もたっぷりあるから、大鍋で煮込もう。レオ君やポチたちも、畑仕事でお腹空かせてるだろうし」
ジンは鼻歌交じりに、国宝級の『幻影竜の肉』をまな板に乗せると、普通の包丁でザクザクと、まるで安い豚肉でも切るかのように無造作に切り分け始めた。
「ああっ……! 幻影竜のお肉が、一口大のカレーサイズに……ッ!」
クラリスが信じられないものを見る目で愕然とする。
さらにジンは、一本で城が建つという『世界樹の若芽』を、「ちょっと硬そうだから皮むくね」とピーラーでシャッシャッと剥き、乱切りにして鍋に放り込んだ。
(ああ……神々が食べるような至高の食材が、ジン様の手にかかれば、ただの『家庭料理の具材』として扱われてしまう……。ジン様にとって、国家の威信をかけた供物すら、その程度の価値しかないのだわ……!)
ルミナは、すでに本日三錠目となる胃薬を水で流し込みながら、キッチンの隅で小さく震えていた。
「ルミナ、クラリスさん。そこにあるニンジンとジャガイモ、切るの手伝ってくれる?」
「ひぃッ!? は、はいぃぃっ! 直ちに、世界樹の隣に並ぶにふさわしい完璧な面取りを施します!」
「私も、聖なる力でアクを徹底的に取り除きますぅぅっ!」
二人のポンコツメイド(元・最強戦力)が、涙目で包丁を握る。
グツグツ、コトコト……。
ボロ小屋のキッチンに、暴力的なまでに食欲をそそる、とてつもなく芳醇な香りが漂い始めた。
幻影竜の肉から溶け出した極上の旨味と、世界樹の若芽が持つ神秘の魔力が、ジンの「ただ煮込むだけ」という究極の自然体調理法によって、見事な調和を見せていた。
「最後に、この星屑のペッパーで味を整えて……よし、完成だ!」
ジンがおたまでシチューを混ぜると、鍋の中からキラキラと黄金色の光が漏れ出した。
「おーい! みんなー! ご飯できたよー!」
ジンが縁側から声をかけると、畑からレオがすっ飛んできた。
「うおおおおっ! ジンさん、今日のご飯なんですか!? 村の入り口まで、すっげえいい匂いがしてましたよ!」
『ワッフ! ワッフ!』
ポチ(フェンリル)も、よだれを滝のように流しながら巨大な尻尾を振っている。
『あらあら、美味しそうねぇ』
プル(アシッド・スライム)もプルプルと弾んでいる。
「今日は、町内会長さんからのお肉を使った特製シチューだよ。いっぱい食べてね」
ジンが深皿にたっぷりとシチューをよそい、テーブルに並べていく。
「いただきます!」
レオがスプーンでシチューを掬い、一口食べた瞬間。
「…………ッッッ!!?」
レオの瞳孔が限界まで開き、全身から凄まじい黄金のオーラ(※食材の魔力)が天に向かって噴き出した。
「な、なんですかこれぇぇぇッ!? 口の中で肉が溶けたと思ったら、野菜の甘みが脳髄を直撃して……! 体の底から、無限の力が湧き上がってくるぅぅッ!」
レオは涙を流しながら、一心不乱にシチューを掻き込み始めた。
「私、私もいただきます……! あぁっ……! 聖なる力が、限界を突破して溢れてきますわぁぁっ!」
クラリスも、一口食べた瞬間に背中に天使の羽の幻影を浮かび上がらせ、恍惚とした表情でスプーンを動かし続ける。
「……信じられない。ただ煮込んだだけなのに、食材の魔力が一切反発せず、むしろ千倍以上に増幅されている……。ジン様の『料理』は、もはや錬金術の極致……ッ!」
ルミナもまた、震える手でシチューを口に運び、そのあまりの美味しさに思わず胃痛を忘れて完食してしまった。
「ははは、みんなすごい食べっぷりだね。おかわり、まだ鍋にたくさんあるからね」
ジンは、自分が作ったシチューのあまりの美味しさに感動している(魔力暴走を起こしかけている)同居人たちを見ながら、ほのぼのと微笑んでいた。
かくして。
エルディア王国が国家の存亡をかけて献上した超国宝級の供物は、ジンの手によって「ちょっと豪華な日の家庭的すぎるシチュー」へと変貌し、相談所の面々の胃袋(と魔力)を限界突破させる結果となった。
この日を境に、ただでさえ規格外だったボロ小屋の居候たちの戦闘力は、ジンの手料理によってさらに恐ろしい領域へと足を踏み入れていくことになるのだが……ジンがそれに気づくのは、まだ先の話である。




