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全言語翻訳カンスト勢の悩み相談所 ~魔物の愚痴を聞くだけで世界征服しそうです~  作者: キュラス
深淵の森のボロ小屋

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14/25

天使の愚痴と、有給休暇のための世界譲渡

空に開いた巨大な穴から、無数の『光の槍スピア・オブ・ジャッジメント』がボロ小屋へと狙いを定めている。

その中心で白金の甲冑を纏い、四枚の翼を広げるのは、古の禁忌によって召喚された神使(しんし)・セラフィエル。


「――警告。……これ以上の干渉は、創造主(そうぞうしゅ)の定めた摂理(せつり)への重大な違反と見なす」


セラフィエルの放つ絶対的な『神威(しんい)』の前に、元・勇者のレオと元・聖騎士のクラリスは、呼吸すら忘れて地面に平伏(へいふく)していた。

彼らの本能が、「あれは生命が抗ってよい存在ではない」と激しく警鐘を鳴らしていたのだ。


だが。

標的であるはずの青年ジンは、麦茶の入った急須と湯呑みを手に、のんきな足取りでセラフィエルの真下まで歩いてきた。


「まあまあ、そんな物騒な槍を浮かべてないで、少し休んでいきませんか? 見るからに、ものすごく疲れてるみたいですし」


『…………!? 思考回路にノイズ発生。……対象の言語プロトコル、解析不能。……って、なんでこの人間、私の放つ神罰(しんばつ)のプレッシャーの中で普通に歩いてるの!? え、お茶!? 私、もう三百年くらい水分摂ってないんだけど!?』


ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、セラフィエルの無機質な音声の裏にある『限界ギリギリのシステムエンジニアの悲鳴』を、容赦なく脳内再生していた。


「冷たい麦茶と、温かいカモミールティー、どっちがいいですか? ずっと空に浮いてたら、足もむくむでしょう」

ジンが湯呑みを差し出す。


「……論理(ロジック)の矛盾。神使である私に、有機物によるエネルギー補給は不要……」

『冷たいの! 冷たい麦茶がいい! もうこの甲冑、熱がこもってサウナ状態なんだから!』


「冷たい麦茶ですね。はい、どうぞ」

「……ッ!?」


セラフィエルは、完全に虚を突かれた(きょをつかれた)ように目を見開いた。

彼女は無意識のうちにふわりと地上に舞い降り、ジンの手から湯呑みを受け取ると、あろうことかゴクゴクと音を立ててそれを飲み干してしまった。


「ぷはぁっ……! ――エラー、エラー! 未知の液体による内部システムの冷却(れいきゃく)を確認。……感情抑制リミッター、破損……!」


次の瞬間。

セラフィエルの瞳から無機質な光が消え、代わりに『限界を迎えた労働者』の生々しい涙がボロボロと溢れ出した。


「うわぁぁぁん! もう嫌ぁぁぁぁッ!!」


突如として天の使いが泣き出したことに、レオもクラリスも、そして陰で見ていたルミナも、目を剥いて硬直した。


「聞いてよ人間! 私、この『エルディア星』の管理担当になってから、千年間一回も休みもらってないのよ!? それなのに上の連中(神々)は『下界の様子がおかしいからデバッグしてこい』って無茶振りばっかり! そもそもこの星、バグが多すぎるのよ!」

「バグ、ですか」


ジンは縁側にセラフィエルを座らせ、自分も隣に腰掛けてウンウンと頷いた。


「そうなの! 世界の環境を安定させるための『環境維持装置(システムのくさび)』として配置した神話級の魔物たちが、ストレスで魔力暴走を起こすの! 破滅の竜王が肩こりで火山を噴火させるし、巨狼フェンリルがノミの痒みで巨大台風を起こすし! 悪魔は労働環境の改善を求めてストライキ寸前だし!」


セラフィエルの愚痴(世界の真実)を聞いて、ジンはポンと手を叩いた。


「ああ、なるほど。それならもう大丈夫ですよ。竜王さんの肩こりはマッサージで治しましたし、フェンリルはうちでシャンプーして、今はそこで大人しくお昼寝してますから」


「…………はい?」

セラフィエルの声が、裏返った。


「悪魔のガリウスさんも、娘さんと仲直りして最近は仕事の調子がいいみたいですよ。スライムも泥パックで酸が漏れなくなりましたし」

「…………は?」


セラフィエルは震える手で、空中にホログラムのような『システム画面』を展開した。

そこには、世界の崩壊度を示すメーターが表示されていた。数日前まで『崩壊率99%(限界寸前)』だったはずのメーターが、なんと『安定度120%(超健康状態)』へと劇的に回復しているではないか。


「う、嘘でしょ……!? 私が何百年もかけて修正できなかった致命的なバグ(神話級の魔物たちのストレス)が、全部クリーンになってる……!? い、一体どうやって……?」


セラフィエルがジンを凝視する。

そして、彼女の視覚センサーが、ジンの魂の奥底に刻まれた『あるもの』を捉えた。


「――対象の固有スキルをスキャン。……【全言語翻訳(Lv.MAX)】。……ば、馬鹿な! この権限コードは、かつて創造主様が下界に落として紛失したとされる、幻の『管理者権限(デバッグツール)』……ッ!!」


「え? 翻訳スキルがどうかしましたか?」

「あ、貴方! そのスキルのおかげで、魔物たちの『言葉にならないバグ報告(悲鳴)』を受信して、直接物理アクセス(マッサージや手当て)で解決していたのね!?」


セラフィエルは、ガタッ!と立ち上がると、ジンの両手をガシッと握りしめた。

その顔には、先ほどの絶望とは打って変わって、太陽のような満面の笑みが浮かんでいた。


「素晴らしいわ! 貴方は神が遣わした真のデバッガーよ! ねぇ、貴方このまま、この星の『現地管理人ローカル・アドミン』にならない!?」

「えっ? いや、僕はただ、この森で静かに野菜を育てて暮らしたいだけで……」

「野菜作りも世界管理も似たようなものよ! ほら、これ! 私の『神使の輪(エンジェル・ヘイロー)』を渡しておくから!」


セラフィエルは、自分の頭の上に浮いていた光の輪っかを取り外すと、ジンの麦わら帽子の上にポンッと乗せた。

それは、世界の法則を任意に書き換えることができる、最上位の管理者権限の譲渡を意味していた。


「よぉぉぉし! これでついに、私に千年の有給休暇が降りるわぁぁぁっ! 引継ぎは全部終わったから、あとはよろしくね、新しい神様!」


セラフィエルはバンッ!と背中の四枚の翼を広げた。


「あ、待ってください! お茶のおかわりは……」

「麦茶、最高に美味しかったわ! じゃあねー! ああ、天界のふかふかのベッドが私を待っているぅぅ!」


ドゴォォォォォォンッ!!

セラフィエルは、来た時よりも遥かに凄まじい速度(定時退社ダッシュ)で天の裂け目へと飛び去り、空はあっという間に元の青空へと戻っていった。


後に残されたのは、頭に光の輪っか(※ジンは光るオモチャだと思っている)を乗せたまま、ポカンとしているジンと。


「…………ああ。ついに、天界すらもジン様に恐れをなして、この世界の支配権を献上して逃げ帰ったのですね……」


白目を剥いて壁に崩れ落ちるルミナと。

「ジ、ジンさん! 今の、神の使いですよね!? なんで笑顔で帰っていったんですか!?」とパニックになるレオとクラリスだけであった。


▼▼▼


同じ頃。

エルディア王国の王都、中央大聖堂。


儀式の成功を見守っていた国王と神官たちは、空に開いた天門が、現れてからわずか数十分で『パタン』と無情に閉じられたのを見て、呆然としていた。


「神使様が……お帰りになられた……? ば、馬鹿な。まだ魔王は健在だぞ!?」

「陛下! 偵察部隊からの緊急通信です! 神使様は魔王と接触した後、自らの『光の輪』を魔王に捧げ、そのまま天へと逃げ帰ったとのことです!」

「な、なんだと……ッ!?」


謁見の間に、死のような沈黙が落ちた。

それはつまり、神がこの世界を見捨て、魔王を「新たな神」として承認したということに他ならない。


「終わった……。我々は、天にすら見捨てられたのだ……」

国王はその場に崩れ落ち、ついにエルディア王国は、抗う気力すらも完全に喪失したのであった。

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