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全言語翻訳カンスト勢の悩み相談所 ~魔物の愚痴を聞くだけで世界征服しそうです~  作者: キュラス
深淵の森のボロ小屋

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10/25

聖騎士団の突撃と、熱血農家(元勇者)の狂気なる布教

「全軍、陣形を崩すな! あの禍々しき結界を『聖浄破城槌(ホーリー・ラム)』で粉砕し、一気に魔王の喉首を狙うのです!」


「「「おおおおおおおッ!!」」」


聖光の乙女(せいこうのおとめ)』クラリスの号令に応え、数万の王国軍が地鳴りを立てて『深淵の森』の最深部へと雪崩れ込んだ。

彼らの眼前には、漆黒のオーラ(※赤い石の魔力)を放つ柵に囲まれた、一軒のボロ小屋……もとい『絶望の要塞』がそびえ立っている。


「第一魔術大隊、詠唱(えいしょう)開始! 結界を吹き飛ばせ!」


数百名の魔術師が一斉に杖を掲げ、眩い光の奔流が小屋を囲む黒い柵へと撃ち込まれた。

ドォォォォォォンッ!!

凄まじい爆発音が森を揺らし、土煙が舞い上がる。


「やったか!?」

騎士の一人が叫ぶが、煙が晴れた後には、傷一つない黒い柵と、その内側で風に揺れる不気味な赤い花々――『曼珠沙華(まんじゅしゃげ)・アビス』の姿があった。


「ば、馬鹿な……! 数百の高位魔術を集中させて、傷痕(きずあと)一つ残せないだと!?」

「ひぃッ!? 見ろ、あの花……! 魔法の余波を吸い取って、さらに巨大化しているぞ!」


聖騎士たちは驚愕(きょうがく)戦慄(せんりつ)に顔面を蒼白(そうはく)にさせた。

彼らには知る由もなかった。その花々が、つい先ほどまでジンに「あー、お客さんがクラッカー鳴らして遊んでるよ。お水多めにあげるから怖がらないでね」と優しく撫でられ、愛情たっぷりに育てられた超Sランク魔植物であることを。


『わーい! お外の人間さんたちが、キラキラのご飯(魔力)くれたー!』

『ジンお兄ちゃんに褒めてもらうために、もっと大きくなるぞー!』


魔植物たちが嬉しそうに葉を揺らすたび、王国軍の兵士たちは「花が……獲物を求めて蠢いている……!」と畏怖(いふ)し、後ずさった。


「怯むなッ! 神の加護は我らと共にあります!」


クラリスが愛馬の上で聖剣を抜き放ち、士気を鼓舞(こぶ)しようとした、その時だった。


ギィィ……と、小屋の扉が開いた。


「出たぞ! 魔王軍の先兵だ! 全軍、構え……ッ!?」


クラリスの叫びが、途中で裏返った。

小屋の中から現れたのは、恐ろしい魔物でも、禍々しい悪魔でもなかった。


「あれ? 皆さん、どうしたんですかそんなに大勢で。うちの畑に何か用ですか?」


麦わら帽子を被り、首にタオルを巻き、泥だらけのエプロン姿で現れた青年。

その手には、かつて神々しい光を放っていた伝説の武器――『聖剣(せいけん)』が、完全に『クワ』としての機能しか果たしていない状態で握りしめられていた。


「ゆ、勇者レオ殿……ッ!!」


クラリスは、悲痛な叫びを上げた。

かつて王都で見た、希望に満ちた熱血勇者の面影はそこにはない。

彼の表情は、戦いの緊張感など微塵も感じさせない、ただの『大自然を愛する快活な農家』のそれへと完全に作り変えられていたのだ。


「ああ、なんていうことだ……! 伝説の聖剣を農具として扱い、あまつさえ、その瞳からは戦う意志が完全に削ぎ落とされている……。魔王め、なんという無惨な洗脳を……!」


クラリスの瞳から、悔し涙がこぼれ落ちる。


「勇者殿! 今お助けします! 貴方の魂を縛る邪悪な呪いを、私の浄化魔法で……!」

「え? 呪い? 洗脳? 何を言ってるんですか、クラリス様」


レオはクワ(聖剣)を肩に担いだまま、爽やかな、しかしどこか狂気を孕んだ満面の笑みで首を傾げた。


「俺は今、これまでの人生で最高に自由で、充実した日々を送っていますよ! ジンさんのおかげで、人間にとって本当に大切なものが何かに気づけたんです!」

「レ、レオ殿……?」

「考えてもみてください! 日本でも王国でも、俺はいつも誰かの期待に応えるために、息を詰まらせて生きてきました! 残業代ゼロのブラックな勇者業なんて、もうまっぴらです! 見てください、このトマト! 俺が手塩にかけて育てた、最高に甘い果実を!」


レオは、背後の『殺人林檎(キラー・トマト)』を指差し、誇らしげに胸を張った。


「ジンさんは俺の痛みを理解し、温かい麦茶と共に居場所をくれました。クラリス様も、こんな鎧なんて脱ぎ捨てて、一緒に土を耕しませんか!? 汗を流した後にポチ(フェンリル)の背中で昼寝するのは、天国以上の快感ですよ!!」


レオの熱血ぶりは健在だった。

ただ、そのベクトルのすべてが『農業』と『スローライフへの布教』へと全振りされていたのである。


「…………狂っている」


クラリスは、絶望(ぜつぼう)のあまり眩暈を覚えた。

勇者の自我は、魔王の恐るべき精神支配によって、完全に不可逆の領域まで捻じ曲げられてしまったのだ。


「もはや、言葉は届きませんか。……ならば、せめて私の手で、貴方を苦しみから解放しましょう」


クラリスは悲壮な決意と共に、全魔力を聖剣に集中させた。

彼女の背後に巨大な天使の幻影が浮かび上がり、極大の神聖魔法『天罰の光柱(ジャッジメント・レイ)』が構築されていく。

それは、山をも消し飛ばす聖騎士団最強の攻撃魔法だった。


「消え去りなさい、邪悪なる要塞よッ!!」


クラリスが剣を振り下ろした瞬間、純白の光の柱が、小屋目掛けて一直線に放たれた。

数万の騎士たちが、勝利を確信して息を呑む。


だが。


『あらあら、なんだか外が埃っぽいわねぇ。お掃除しなくちゃ』


ぽよんっ。


どこからともなく這い出てきた、バランスボールほどの大きさの水色をしたスライム。

世界を溶かす大災害『溶解粘性体(アシッド・スライム)』のプルが、光の柱の軌道上に、のんびりとした動きで飛び出した。


そして、信じられない光景が起こった。

山を消し飛ばすはずの『天罰の光柱』が、プルの体内に吸い込まれるようにスゥーッと消滅してしまったのだ。


「は……?」

クラリスの口から、間の抜けた声が漏れた。


『ふぅ、助かったわぁ。最近ちょっと魔力不足で、お肌のツヤが悪かったのよね。人間さんたち、素敵な光のゴミ(美容液)をありがとうねぇ』


プルは美味しそうに「ゲップ」を一つすると、全身をキラキラと輝かせて満足そうに庭の隅へと戻っていった。


「ば、馬鹿な……! 私の渾身のジャッジメント・レイが、ただの下級スライムに『食べられた』だと……!?」

「総長! あ、あれはただのスライムではありません! 魔力の波長は……超Sランクの大災害、『溶解粘性体』です! しかも、聖なる力を喰らい、完全に適応している……ッ!」


「あり得ない……! スライムが神聖魔法を無効化するなど、世界の法則が狂っている!」


パニックに陥る王国軍。


▼▼▼


(ええ、狂っていますとも。ジン様の手にかかれば、世界の法則など粘土細工も同然なのです)


その様子を小屋の窓から覗き見ていたルミナは、六錠目の胃薬を水で流し込みながら、達観したような虚無(きょむ)の表情を浮かべていた。


もはや彼女の心の中には、かつて所属していた王国軍への同情すら湧かなかった。

ただ、「なぜあんなにも愚かに、神の逆鱗に触れようとするのか」と、哀れみすら感じていた。


「おーい、レオ君。お客さんたち、ずいぶん外で元気にしてるみたいだけど、お茶の数足りるかな?」


そこに、のんびりとした足音と共にジンが現れた。

彼の手には、大きなお盆に乗せられた大量の急須と、湯気の立つ湯呑みが乗せられている。


「あ、ジンさん! はい、なんか外でピカピカ光って遊んでたみたいです! 俺、麦茶でも配ってきますよ!」

「ありがとう。人数が多いから、ポチにも手伝ってもらおうか」


ジンがそう言うと、縁側で昼寝をしていた神話の巨狼フェンリルが『ワォン!(※意訳:任せとけ!)』と元気よく鳴き、背中にお盆を乗せて立ち上がった。


そして、ギィィ……と、小屋の扉が大きく開かれた。


「お待たせしました、お客さん。遠いところからわざわざご苦労様です。立ち話もなんですし、まずは温かいお茶でもどうですか?」


ジンが、数万の殺気立つ軍勢の前に、一切の怯懦(きょうだ)もなく、満面の笑みで姿を現した。

その隣には、クワを持った勇者と、お盆を背負った神話の巨狼が、これまた満面の笑みで並んでいる。


「…………ッ!!」


その瞬間、クラリスをはじめとする数万の王国軍全員が、息をすることを忘れた。

彼らには、お盆を持って微笑むだけのジンの姿が、世界を漆黒の底へと叩き落とす『真の魔王の絶対的なプレッシャー』として、脳髄を焼き切らんばかりに直接叩きつけられたのだ。


「こ、これが……真の魔王……ッ!!」


クラリスは、愛馬が恐怖のあまりその場に崩れ落ちたため、地面に投げ出された。

立ち上がろうとするが、膝の震えが止まらない。


平和すぎるジンの「おもてなし」と、クラリスたちの「大真面目な絶望」。

この決定的なすれ違いが、いよいよ最高潮を迎えようとしていた。

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