容疑者一・東城誠一③
飯島の次に、被害者の夫、東城誠一から事情を聞いた。現時点で、最も有力な容疑者だ。
また、屋敷の何処かでパキっという音がした。ソファーに座っていた柊がびくりと体を震わせた。それを見て、茂木は笑いを堪えるのに必死だった。
阿房宮の応接間に、誠一と柊、茂木が向かい合って座る。
「こんな田舎とは言え、立派なお屋敷ですね」柊が口を切る。田舎は余計だ。
「はあ、ここは家内の故郷ですから。錦を飾るつもりで、こんな馬鹿でかい屋敷を建てたのだと思います。見栄っ張りな面がありましたから。それこそ村の人たちが驚くような、でっかい屋敷を建てたかったのでしょう」
「阿房宮と呼ばれているそうでね。変な名前ですね」
「ああ、それも家内がつけました。何でも秦の始皇帝が建てた宮殿の名前から取ったとか」
中国で史上初めて天下を統一した秦の始皇帝が建てた宮殿を阿房宮という。巨大な宮殿で、在世中に完成せず、始皇帝没後も工事が続いた。やがて都に攻め入った項羽により焼き払われている。宮殿を焼く炎は三ヶ月、燃え続けたという。
「なるほど。中国の宮殿に例えた訳ですか。気宇壮大と言うか、身の程知らずと言うか。奥さんは有名な実業家だそうですが、その様子だと、敵が多かったのではありませんか?」死者に対しても容赦がない。
誠一は少々、むっとした様子で、「ええ、まあ」とだけ答えた。
「奥さんを恨んでいた人間が大勢いたと言うことですね?」
「いましたね。それこそ、リストになるくらい」
「ほ、ほう~それは面白い。では、後ほど、リストにして提出して下さい。こちらで虱潰しに当たってみます。リストを作る前に、先ずは、あなたから始めましょうか?」
「私ですか!?」誠一が大仰に驚いて見せる。少々、わざとらしい。
「そうですよ。被害者の最も近くにいたのがあなただ。奥さんが殺された場合、真っ先に疑うのは旦那なのです」
「そ、そんな。僕に家内を殺すことは出来ませんでした」
誠一は事件当夜の状況を説明した。飯島が帰宅した後、頭が痛いと秋香が言い出した。薬を飲んで先に休むように言うと、佐藤を呼んできてくれと言う。そこで、居酒屋に佐藤を呼びに行った。佐藤が戻って来るまで、ずっと居酒屋にいた。佐藤が戻ってからは、二人で飲んでいた。死亡推定時刻にアリバイがあった。「家内が殺された時間、僕は家にいなかったのです」と誠一は言う。
「寝室は密室であった上に、あなたには犯行時のアリバイがあるという訳ですね」
「そうです。大体、僕が秋香を殺すはずがない。僕は彼女のことを愛していたのですから」
「あなたが奥さんを愛していたかどうかは、主観的な話ですから、我々には分かりません。それに愛していたからといって、殺さないとは限りません。ところで、あなたのご職業は?」身も蓋もない言い方だ。
「僕ですか。ご存知かどうか分かりませんが、俳優をやっています」
「ほう。役者さんですか。私、あまりテレビとか見ないもので、存じ上げません。おい、君は知っているか?」突然、柊に話を振られ、「すいません。僕も芸能界には詳しくないので、存じ上げません」と茂木は慌てて答えた。
実は茂木はテレビを見るのが好きで、芸能界に詳しかった。だが、誠一の顔は見た記憶がなかった。売れない役者だと分かっていたので、(話題が自分に来なければ良いのに)と思っていたところ、まるで、柊に見透かされたかのように話を振られてしまった。
「結婚されて、どれくらいになるのです?」
「六年になります。仕事で一緒になったのが縁で、恋に落ちて、結婚しました」
「こちらには、何時から滞在されているのですか?」
「はあ、僕はちょっと前からここに来て、色々、彼女を迎える支度をしていました。まあ、彼女と違って、時間に余裕がありますからね」と誠一は自嘲気味に笑った。「準備が終わってから、一旦、都内に戻って、彼女を迎え、車に乗せて、昨日の昼過ぎに、こちらに到着しました」
「ほ、ほう~では、こちらに到着された晩に、東城社長は殺害された訳ですね」
「そうなりますね・・・」
「なるほど、分かりました。――では、リストをお願いします。東城社長を恨んでいた人間のリストです。リストの人物を一人、一人、当たって見ます。後ほど、またお尋ねしたいことが出て来るかもしれませんので、当面、ここから動かないで下さい」
柊が言うと、「刑事さん、ついてますよ。一人、一人、訪ね歩く手間が省けると思います。だって、秋香を殺したいほど憎んでいるやつらは、今、ほとんど、この村に集まって来ているのですから。あいつら、上杉湯に泊まっています。それも秋香の金でね」と言って、誠一は「いひひ」と笑った。




