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呪い谷に降る雪は赤い  作者: 西季幽司
第二幕「上杉湯」
6/22

容疑者六・石田正春

 八田親子が出て行くと、「どうだ?」と柊が聞いて来た。

 びくびくと周囲を伺う辺りは、また何か鳴り出さないかと警戒しているのだろう。どうせ茂木の意見になど耳を貸さない。仲居が石田正春を呼んでくるまでの退屈しのぎに決まっている。それでも素直な茂木は答えた。「そうですねえ。みなさん、東城さんを恨んでいなかったと、殺害の動機を否定されていますが、結局のところ、東城さんをどう思っていたかは、本人にしか分かりません。みなさん、十分に動機をお持ちじゃないかと思いました」

「何だか、ぱっとしない答えだな」どう答えても、ダメ出しする。

「ひとつ気になったことがあります」

「うん、何だ?」

「古市さん、肩からショルダーバッグをかけていました。肩掛けの部分が細い紐状になっていて、あの長さがあれば、十分、首を絞める凶器になるのではないかと思いました」

「ほ、ほう~それは面白い。お前にしては、よく見ていたな。感心、感心」

 柊は気がついていなかったようだ。

「古市が東城秋香を殺害したのではないかと、お前は見ているわけだ」

「いえ、まだ彼を犯人だと疑っているわけではありません。それに、もうひとつ、思いついたことがあるのですが、言ってよろしいですか?」

「今日はやけに張り切っているな。いいから言ってみろ」

「はい。東城誠一が作成したリストの中に八田親子の名前がありませんでした。ところが、八田楓と石田正春の名前はある。――と言うことは、東城誠一は東城秋香の過去を知っていたということだと思います。過去に、東城秋香と八田正剛は不倫関係にあって、秋香は八田の子供まで生んでいる。そのことを誠一は知っていた」

「ああ、そうかもしれないな。東城誠一が社長の過去を知っていたからといって、それが何だと言うんだ?」

「東城秋香の過去を知っていて、八田親子の名前をリストに書かなかったと言うことは、八田親子が東城秋香を恨んでいなかったと東城誠一が考えているからだと思います。我々は東城秋香を恨んでいる人物をリストアップしてくれと頼んだのですから。東城誠一は八田親子の名前を書かなかった。彼らは容疑者から外して良いかもしれません」

「相変わらず、回りくどい言い方だな。そんなことくらい、俺も分かっている。それに、我々じゃない。誠一にリストの作成を頼んだのは、俺だ」

 他人に自分の功績を奪われるのが、我慢ならない性格だ。もう少し、茂木の意見を聞いてみたかったが、「失礼します」と石田正春がやって来た。

 母親の秋香が三十代後半とあって、若い。まだ十代だ。聞くと、この春から大学生だと言う。大学では経済学を専攻するという。秋香の強い希望があったらしい。

 秋香に向かって、「ぶっ殺してやる!」と叫んでいたと八田親子は証言したが、荒事に縁の無さそうな線の細い若者だった。母親譲りの端正な顔立ちをしている。顔が縦に長い点が、馬面だった八田正剛の遺伝だろう。

「東城秋香、いや、あなたのお母さんが殺害されたことは知っているよね?」相手が子供と見て、ぞんざいに柊が尋ねると、正春がぼそぼそと答えた。「ああ、知っているよ。旅館中、その話題で持ちきりだ。朝、飯を食べに行ったら、あちこちでその話をしてやがった」

「実の母親が殺されたって言うのに、何だか他人行儀だな」

「ふん、あんな女、母親だなんて思っちゃいないよ」

「ほ、ほう~それは面白い。その台詞を聞きたかった。母親を恨んでいたわけだな?」意地の悪い聞き方だ。

「恨んでいた?ああ、そうかもしれない。たまに顔を会わすと、ああしろ、こうしろと煩いくせに、母親らしいことは何ひとつ、しちゃあくれなかった。恨んでいたかと聞かれると、そうだと答えるしかないだろう」

「実の母親を殺したのか?」

「はあ!俺がか!?ははは、ばからしい。嫌な女だが、いなくなると困る。俺の生活費はどうなるんだ?」

「そう言えば、お前、姓が石田だが、石田家に養子に行ったのか?」

「警察のくせに、そのくらい調べておけよ。ああ、そうだよ。俺はな、生まれて直ぐに養子に出されたんだ。幸い、今の石田さんご夫婦は良い人たちでな。今は幸せだよ。だがな、随分と苦労もさせられた。俺は親に捨てられたんだからな!」

「だから、実の母親を殺した。そうだろう?」

「違うって言ってるだろう!しつこいな、あんた。あいつは金づるだ。だから生きていてもらわなければ困るんだ」

「なるほど、金づるねえ~だが、考えてもみな。東城社長が死ねば、遺産は誰が相続するんだ?旦那とお前じゃないのか?何と言ってもお前は、東城社長の実子なんだからな」

「あっ!」と言って、正春は黙り込んだ。

 秋香が死ねば、自分に遺産が転がりこんで来ることに気が付いていなかったようだ。

「いいねえ~羨ましいよ。きっと莫大な遺産だぞ。一生、遊んで暮らせるんじゃないか」

「ふ、ふざけるな!あんな女でも母親だ。俺が殺すわけないだろうが!」正春が激昂した。

 だが、柊は余裕綽々だ。「おや、母親だなんて、思っていなかったんじゃないのか。まあ、いい。昨日の夜は、どこで何をしていた?」

「昨日の夜?どこでも何も、ここにいた。阿房宮には行っていない。他に行くところなんて、ないからな。全くここは監獄みたいなところだよ」

「じゃあ、何故、ここに来た?」

「何故って、あいつに呼ばれたから来たまでだ。会って、話が出来るのは、あいつがここでのんびり過ごす時だけだ。何時もは仕事が忙しいと言って、俺と会おうとしない。言っただろう。あいつは金づるだって。欲しいものを強請(ねだ)るには、ここしかないんだよ」

(まだ子供だ。減らず口を叩いてはいるが、心のどこかで母親を恋しがっているのかもしれない)正春を見ていて、茂木はそう思った。

「それで、今年は欲しいものを強請ることができたのか?」

「今年はまだ会っていなかった」

 東城秋香は呪い谷の阿房宮に到着したその夜に亡くなっている。阿房宮で最初に会う客人は、毎年、決まって八田親子だったようだ。亡き八田正剛に義理立てしていたのだろう。彼らが会っていない以上、実の子と雖も、秋香に会えていなかったようだ。

「去年は随分、荒れたようだな。お前が東城社長に向かって、『殺してやる!』と叫んでいるのを聞いた人間がいる」満を持して、八田親子から仕入れたネタをぶつけてみた。

「ああ、あの時・・・あれは、ついかっとして言っちまっただけだ。本気じゃない。俺、バンドやってるんだ。VTVに新曲をアップしようと思ってな」

「VTV?」柊が知らないことに、茂木も驚いた。

「動画共有サイトだよ。知らないのか?こんだけ流行ってるのに。ヴィティーヴァーなんてのがいて、動画が当たれば一躍、有名人だ。金もじゃんじゃん入ってくる。その為には、楽器を買い換えたり、動画撮影用の機材を買い揃えたり、パソコン買ったり、とにかく金がかかるんだ。それで、あいつに頼んだ。金を貸してくれってな。

 別に、くれなんて言ってない。俺に投資してくれと頼んだだけだ。動画が当たれば、そんなはした金、直ぐに返してやる。利子をつけてな。それなのに、あの女は、『そんな時間があったら経営の勉強をしろ』だの、『音楽をやりたいのなら、ピアノを習え。ピアノなら直ぐにでも買ってやる』だの、ごちゃごちゃと言いやがって――」

「ふん。それで殺したのか?――で、幾らだ。幾ら借りようとしたんだ?」

「二百万円だよ。あいつにとってははした金だ。いいか、刑事さん。金なんかなくても、携帯さえあれば、動画くらい撮れる。だから、あきらめた。あいつの世話になんかならなくっても、やって行ける。だから、殺してなんていない」

「ほ、ほう~で、動画は撮ったのか?」

「ああ、撮ったよ。撮ってVTVにアップしたよ」

「その様子だとダメだったんだな。まあ、世の中、そんなに甘くない」柊は「ひっひっ!」と下卑た笑い声をたてた。心底、楽しそうだ。若者をいたぶって、趣味が悪い。

 正春は「けっ!」と吐き捨てた。

「今年もまた金を強請ってダメだったのか?それで、東城社長を殺した」

「しつこい親父だね、全く・・・会っていないと言っているだろう!あんな女でも、母親は母親だよ。母親らしいことなんて、してもらったことはないけどね。それでも母親だ。ガキの頃は、たまに会うと、それこそ、あいつにしがみついて離れなかったらしい」

「可哀想にな」

「ふん。――でもな、一度だけ、一度だけだが、あいつ、俺を抱きしめて泣いたことがあったな。抱きしめられて苦しかったけど、あの女が泣いているのが分かったから、大人しくしていた。その内、あいつの胸で眠っちまった。女社長として会社を経営して来たんだ。人に言えない苦労があったんだろう」正春にとっては、貴重な母の思い出なのだ。

 薄っすらと目に涙が浮かんでいた。

 だが、柊には通用しない。「ほ、ほう~散々、悪態をついておきながら、今更、お涙頂戴って訳か。遅いよ。愛憎は表裏一体だからな。『可愛さ余って憎さが十倍』って言うだろう。お前がやったんじゃないのか?」

「俺なんかより、もっとあいつのことを恨んでいたやつがいるだろうが!」

「誰だ?その、お前よりも東城社長を殺したいほど恨んでいた人間と言うのは?」

「関口夫婦だよ。あいつらなら、あの女を殺しかねない。きっと――」

「関口夫婦?誰だ、そいつら?一体、何故、東城社長を恨んでいたんだ?」

 誠一が作成した容疑者リストに名前があった。関口忠明(せきぐちただあき)真奈(まな)の二人ことだ。

「あいつらはな、俺の前の里親だ。俺は赤ん坊だったんで覚えていないが、あいつら、赤ん坊だった俺に暴力を振るいやがった。それで里親をクビになった。裁判沙汰になりかけたそうだ。色々あったけど、最近、和解が成立したみたいだ。よくもまあ、ここに顔を出せたものだ。警察なら、ちゃんと調べておけよ!」

「ほ、ほう~それは面白い。ご忠告、感謝するよ。ここに居るのか?」柊はふてぶてしく答えた。

「朝飯のとき、廊下ですれ違ったら、『あっ、坊ちゃん』なんて、ぬけぬけと挨拶して来やがった。俺は無視したけどね」

 これで、次の事情聴取の相手が決まった。

 正春が部屋を後にすると、茂木が柊に尋ねた。「柊さん。石田正春が実の母親である東城秋香さんを殺害したと考えているのですか?随分、何度も、『お前がやったのか?』と確認されていましたが――」

「ふん。あのガキにそんな大それたことが出来るはずないだろう。生意気な態度だったので、ちょっと懲らしめてやっただけだ。見ろ、最後にはお涙頂戴作戦になっていただろう。

 だがな、茂木、予断は禁物だぞ。刑事たるもの、全て疑ってかからねばならん。ああ見えて、やつが犯人かもしれない。分かったか」

 茂木は「はい」と素直に頷いてから言った。「肝に銘じておきます。しかし、東城社長は、何故、こうもたくさん、自分に恨みを持っている人間をここに集めたのでしょうか?まるで、自分を殺してくれと頼んでいるみたいです」

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