芝居②
――ここだ!
俊一は確信した。山道から峰側に何かを埋めるとしたら、考えなければならないのが崖崩れだ。崖崩れで埋めたものが露呈してしまうかもしれない。それを避ける為に、峰側のくぼ地を探した。ここならば、がけ崩れがあっても、地中に埋めたものが露呈することは無いだろう。
体力には自信があった。それに、こういった悪智恵だけは働く。
俊一は懐中電灯で地面の様子を観察した。そして、ここだと見当をつけると、近くの木の枝に手元を照らすことが出来るように懐中電灯を固定した。
「うむっ!」と力を込めて、スコップを地面に突き立てた。後は体力にものを言わせて、ざくざくと、一気呵成に掘り進めた。
夜気が山を蓋っていたが、俊一の額に大粒の汗が浮かび上がってきた。俊一は着ていた上着を脱ぎ捨てた。そして、シャツの袖をたくし上げ、腕まくりすると、再び、スコップを振るい始めた。
小一時間、俊一は地面を掘り続けた。
二年の月日は俊一の記憶を曖昧にしていた。見当をつけて掘り始めたが、微妙に位置が違っていたようだ。なかなかお目当てのものを掘り当てることが出来なかった。俊一の洒落たシャツは汗と泥でどす黒く変色していた。
俊一の掘る穴はどんどん広く深くなって行った。穴底で俊一はスコップを振るい続けた。
やがて、スコップの先に微かな手ごたえを感じた。俊一は、「あった!」と小さく叫んだ。スコップを放り出すと、蹲って、手で泥を払いのけた。
地面から白い物体が徐々に形を現して行く。
「ほ、ほ、ほ。これだ、これだ。あった、あった」俊一が嬉しそうに呟く。小躍りしそうだ。
――と、その時、昼間のような明るさが辺りを包んだ。
「な、なんだ!なんだ?」あまりの眩しさに目がくらみながら、俊一が叫ぶ。
俊一がいる辺りを、投光器が照らしていた。それも一台ではない。幾つもの方向から光の筋が俊一を狙い撃つかのように放たれていた。
光をバックに、わらわらと男たちが沸いてきた。あっという間に、十名近い男たちが、俊一の周りに殺到した。
俊一は穴の中にいた。自分で掘った穴だ。逃げるには、穴から這い出なければならない。俊一がどうにかこうにか、穴から這い出ると、「確保だ~!西城俊一を確保しろ!」と言う怒号が聞え、屈強な男たちに地面に押さえつけられた。
「西城俊一を確保しました――!」
「遺体発見――!白骨遺体です」
怒鳴り声が飛び交う。
俊一の行動は見張られていた。俊一が遺体を掘り出すのを、十名近い捜査員が、今や遅しと待ち構えていたのだ。粛々と、周囲を包囲し、投光器を設置しながら、無線で連絡を取り合いながら俊一を監視していた。俊一は地面を掘るのに夢中になって、周囲を警戒するのを怠っていた。野生の感も、今回は俊一に味方してくれなかった。
こうして西城俊一は逮捕された。
茂木が思い描いた通りの結果となった。
事の発端は脚本家の永田が茂木にインタビューを申し込んだことだった。当然、現在、捜査中の事件についてコメントなどできない。茂木は断ったが、永田が「呪い谷に降る雪は赤い」という脚本を書いていることを知り、捜査の参考までに読ませてもらった。永田は綿密に事件関係者から取材を行い、世間を騒がせている西城春禰の殺人事件を実に要領よくまとめていた。そして、その結末をどうするか迷っていた。永田なりの結末を書いてあったが、しっくりと来ていない様子だった。
そこに茂木は目をつけた。脚本は既に永田の知り合いの映画プロデューサー、内のもとに持ち込まれており、結末が出来次第、映画化の話が動き始めることになっていた。
実際の事件はまだ解決していない。世に出すには早過ぎる作品だ。だが、生き馬の目を抜く世界だ。事件が解決するのを待っていては、誰かに出し抜かれてしまう。動き出すのは早い方が良い。内はそう考えたようだ。
現時点で、犯人はまだ捕まっていないが、映画化して世に出すには、誰かを犯人にしなければならない。迂闊に世に出してしまうと、犯人に指名された人間から名誉棄損で訴えられかねなかった。二人は頭を抱えていた。
永田の脚本を読んだ茂木は、ある計画を思いついた。
西城俊一を追い詰める証拠として期待したバスローブは結局、見つからなかった。事件後に俊一が処分してしまったのだろう。物証が見つからず、捜査が停滞してしまっている。現状を打破するには、奇策が必要だった。
柊に相談すると、「くだらん!」と言下に却下されたが、「俺は知らん。係長と相談してみろ」と逃げ道を残してくれた。言葉とは裏腹に(面白い!)と思ってくれたのかもしれない。
直江に相談すると、「いいよ~責任は僕が取るから、好きなようにやってみたら~」と影の薄い笑顔で言った。
「全体を舞台劇の形にして、お尻の部分、謎解きに当たる分をカットしてもらいたいのです。そして、謎解きの部分の代わりに、舞台裏としてスポンサーと演出家が事件の犯人を推理する場面を書き加えてもらいたいのです」と永田に頼んだ。
(それは名案だ!)と永田は思った。
実際の事件を舞台で表し、それを見た舞台関係者が無責任に犯人について語り合う。その手法なら、煩わしい訴訟ごとから免れることが出来るかもしれない。
「そして――」と茂木は付け加えた。「舞台裏の関係者の会話で、犯人を西城、いや、脚本の名前で言いますね。東城誠一と古市卓巳に絞ってもらいたいのです。そして、古市卓巳を犯人だと断定するには、彼の動機を証明する為に、妻、結子の遺体が必要だということを、脚本の中でほのめかしてもらいたいのです」




