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芝居①

「結局、西城俊一が動き出すのを待つしかないようですね」ハンドルを握る茂木が言った。スペード探偵事務所を出た柊と茂木は、群馬県警へ向かっていた。

「ふん。お前のつまらない小細工なんかに期待していない。地道に捜査を続けるだけだ」柊が吐き捨てる。

「すいません。つならない小細工で・・・」茂木が申し訳なさそうに呟いた時、ビリビリとマナーモードにしてあった携帯電話が震えた。「すいません」と胸ポケットにあった携帯電話を渡すと、「うむ」と柊がスピーカーにして電話を取った。

 警察官だ。ハンドルを握りながらの運転は厳禁だ。

「茂木君か?」係長の直江からだった。

「はい。係長、何かありましたか?」

「西城俊一が動いた。こちらに向かっている。きっと、別荘に行くのだろう。至急、戻って来てくれ」

「分かりました。丁度、丸田孝昌からの事情聴取を終えて、そちらに向かっているところです。ひょっとしたら、近くを西城俊一の車が走っているかもしれません」

「何か収穫はあったかい?」

「種市結衣が西城俊一の周辺を嗅ぎまわっていたことは分かりました。ですが、詳しいことは何も・・・」

「そうか。分かった。とにかく、やつに気付かれないように注意して戻って来てくれ」

「分かりました」

「これでやっと、事件のカタを付けることができるかもしれないな。君の作戦が図に当たったようだ。とにかく、人手が足りない。なるべく早く戻って来てくれ」

「分かりました」茂木の代わりに柊が電話を切った。

 茂木が「西城俊一が我々の期待通り、動いてくれると良いんですけどね」と声をかけると、「ふん。あれだけ凝った罠を仕掛けたんだ。少しは成果があってもらわないとな。いいから急げ。大捕り物になるぞ!間に合わないと、後悔する」と柊が答えた。

「そうですね。久々、気合が入ります」茂木は鼻息を荒くした。

 刑事部総出の大掛かりな捕り物となるはずだ。人目につかないように行動しなければならない。難しい張り込みになりそうだ。


 西城俊一は別荘の庭に車を停めたまま動かなかった。

 遺言により、別荘は既に春禰の妹である今田良子の所有物となっている。良子は「うちだけだと住むには広すぎる」と別荘を改装し、両親を引き取って二世帯住宅にしたいと言っていた。但し、遺言の内容について、俊一は遺留分侵害額請求を行うことを良子に通知していた。遺言の内容に納得が行かない場合、民法では相続人が最低限、相続できる財産を請求できる権利が認められている。

 俊一の相続分は良子より明らかに少なく、遺留分侵害額請求を行う権利があった。だが、この遺留分侵害額請求は家庭裁判所に申し立てて初めて権利を主張することができる。元来、世知に疎い俊一が裁判所への申し立てのような専門性の高い事務をてきぱきとこなせる訳がない。弁護士に頼むことさえ面倒だと、一日伸ばしにしている状況だった。

 今月中に、一旦、別荘は良子へ引き渡されることになっていた。

――早く何とかしないと、時間がない。

 ということを俊一は分かっていた。そう思ってやって来たのだが、もう少し辺りが暗くなってから、動きたかった。

 ここは辛抱だ。人に見られては、元も子もない。

 まだ、別荘の鍵を持っている。それも今月までだ。来月には良子に返さなければならない。別荘に入るのは気が引けた。夜まで車の中で待つつもりだったが、狭い社内に、直ぐに根を上げてしまった。

(ここに車が停まっているのを見られたら、どの道、別荘に来たことはバレてしまう)その程度のことは、俊一にも分かった。

 係争中の別荘に良子が顔を出す可能性は低い。それに、別荘は村はずれの人目につかない場所にある。別荘に車が停まっているところを見られる可能性は低いと判断した。見られたとしても、(名残を惜しむ為に来た)とか何とか言って、誤魔化すことができるだろう。

 俊一は車を出ると、別荘に向かった。

 薄暗くなってから別荘を出るつもりだったが、秋の気配が濃厚になり、落日が思ったよりも早かった。別荘を出た時には、既に辺りは真っ暗だった。

 俊一は庭に停めた車に戻ると、別荘の前の道を更に奥へと進んだ。暫く行くと、道は突然、金属製の柵によって、行き止まりとなっていた。

 妙法山の入り口だ。

「私有地につき、立ち入り禁止」と言う立て看板が柵にかけられている。

 俊一は車を降りた。車の後ろに回ると、トランクから長い棒のようなものを取り出した。

 スコップだ。俊一は肩にスコップを担いだ。

 辺りは墨で塗りこめたように真っ暗だったが、大丈夫だ。ちゃんと懐中電灯を用意して来た。時間がかかることを想定して、代えの電池まで用意して来た。準備の良さを誰かに自慢したい気分だった。

 鉄柵を鍵で開く。ここの鍵も来月には良子に返却しなければならない。俊一は懐中電灯の灯りを頼りに、真っ暗な山道をとぼとぼと歩き始めた。

 あれから、二年、経っている。目印はうろ覚えだ。

 俊一は何度も立ち止まりながら、先へ進んだ。やがて、一本の大樹の前で足を止めると、幹に触って確かめた。特徴的な節を見つけると、「ああ、ここだ・・・」と満足そうに呟いた。

 そこから斜面を登り始めた。

 悪知恵は働く。普通なら、目印を見つけると、そこから山裾へ斜面を下るものだ。何か重たいものを山に埋めようと思ったなら、抱え上げるより、引き摺り下ろす方が楽だからだ。

 俊一は独特の感で、斜面を登る方を選んだ。本能が斜面を登れと訴えたのだ。野生の感だ。そのことが、今日まで俊一を救ってくれた。暫く登って行くと、斜面やや穏やかになった。更に進むと、逆になだらかな下り坂になった。そして、坂の向こうには急斜面が立ち上がっていた。

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