浮気調査②
「女性記者から記事を買い取った時、ふと思いついて、仕事をしてみないかと尋ねてみたそうです。春禰は俊一の浮気を疑っていました。ある日、突然、俊一はジムに通うと言い出して、毎日、出かけるようになったそうです。主夫だなんて言っても、家政婦がいましたから、家でごろごろしているだけでした。ごくつぶしに過ぎません。ジムに通うことには春禰も賛成だったのです。ですが、厭きっぽくて、根性なしのあの男が、毎日、ジムで汗を流すなんて変です。飽きもせずに毎日、通う様子を見て、春禰も変だと思うようになりました」
「本当にジムに行っているのかどうか?もし、ジムに行っていないとすると、何処で何をしているのか、調査を依頼した訳ですね」
「ああ、そうそう、刑事さん。そうです。ところが、その後暫くして、調査を依頼した女性記者が行方不明になったと言うのです。春禰は心配していました。春禰の知らないところで、何か、恐ろしいことが起きているのではないかと――」
「それで?」
「私も心配になったので、少し、調べてみようかと言いました。すると、春禰は私まで行方不明になってしまったら、主人や子供たちに申し訳ない。そんなことになったら、とても私は生きて行けないと言うのです。そこで、じゃあ、探偵を雇ってみてはどうかという話をしました」
「ほ、ほう~それは面白い。それで探偵ですか?」
「はい。知り合いの探偵を紹介しました」
「二年前、あなたは西城春禰さんに探偵を紹介した。そして、昨年の夏、何があったのですか?」野崎は良かれと思って丁寧に説明しているのだが、柊には遠まわしに感じられるようだ。話の先を促された。
「ええ。それからちょくちょく、春禰にどうなったか聞いていたのです。そしたら、去年の夏頃、春禰から連絡があって、『色々、探偵さんに調べてもらったんだけど、残念だけど、結局、よく分からなかった』と言うのです。それで、どうするのか聞いてみたら、『ちょっと考える』と言っていました」
「何がどう、よく分からなかったのでしょうか?探偵は何をどう調べていたのでしょうか?」
「詳しいことまでは・・・夫婦のことですからね。他人があれこれ、口出しするようなことではありません」
「なるほど。では、その探偵というのを、教えて頂けますか?」
「はい。私が紹介したのは、スペード探偵事務所の丸田孝昌と言う人です。芸能事務所でマネージャーをやっている時に、知り合いました。姓が丸田ですし、丸田孝昌だから学生時代、『マルタカ』と呼ばれていたそうです。そこから、探偵事務所を開いた時に、スペード探偵事務所という名前を付けたそうです。面白いでしょう?」
柊は野崎の言葉の意味が分からなかったようだ。茂木は直ぐに気がついて、「ああ、『マルタの鷹』ですか。面白いですね」と口を挟んだ。
柊は「――?」と言う顔を茂木に向ける。
「マルタの鷹です。ご存知ありませんか?有名な探偵小説です。ハンフリー・ボガード主演で映画化もされました。その小説に出て来る探偵がサム・スペードと言う名前なのです。そこから取って、スペード探偵事務所なのでしょう」茂木が解説する。
「ふん!」自分一人、分からなかったので、柊は面白くないようだった。「そのマルタカから話を聞く必要があるな」
「名刺があります」と言うので、柊と茂木は野崎から丸田孝昌の名刺を見せてもらった。
二人はスペード探偵事務所に丸田を訪ねることにして、野崎家を辞した。
スペード探偵事務所は有楽町の雑居ビルの一室にあった。
寂れた個人事務所を想像していたが、意外に小奇麗で、探偵事務所と言うより、不動産会社を思わせた。
探偵というと、ラフな服装の草臥れた人物をイメージしてしまうが、きちんと背広を着こなした細面のススキを思わせる、短髪で髪の毛の立った、細い人物が二人を迎えてくれた。小さな目は黒目ばかりで、吸い込まれそうだ。
丸田孝昌だ。内密の話が多いからだろう。事務所の一画に小部屋がいくつかあり、そのひとつに通された。窓の無い部屋は取調室を思わせた。
「で、本日はどのようなご用件でしょうか?」丸田が尋ねる。
「西城春禰さんが亡くなった件はご存知ですよね?丸田さん、あなた、野崎博子さんから紹介を受けて、西城さんの為に調査をしていたと伺いました」
「ああ、やはりその件ですか。いずれ、私のもとに刑事さんが来るだろうと思っていました。まあ、想像よりちょっと遅かったですけどね」と言って、丸田が笑った。
笑うと、頬に深い皺が寄る。捜査が遅いと嘲笑されたと感じたようで、柊がむっとしたことが、隣にいた茂木には直ぐに分かった。
「有益な情報をお持ちでしたら、自ら警察に出頭して頂きたかったですな。それが、市民の義務ですから」
「そうですね。そうも思ったのですが、何せこちとら、微妙な立場ですからね。職業柄、相手が警察であっても、依頼人の秘密をべらべらと喋った――なんてことが世間に知れると、商売、あがったりです。探偵事務所は信用が命ですからね。やはり、私としては、こうして刑事さんが来て、問い詰められて、仕方なく白状したという形にしておきたいのです。市民の義務ですからね」丸田がまた頬に皺を寄せて笑った。食えない人物のようだ。
「西城さんからは、ご主人の浮気調査を頼まれたそうですね?」
「浮気調査といえばそうなのですが・・・まあ、西城俊一さんの浮気については、調査時点では完全にシロでしたね。たっぷり調査費用を頂きましたからね。こちらとしても、総出で彼を見張りましたが、浮気をしていた形跡は見られませんでした」
「浮気はなかった。そうですか・・・」
「刑事さん、言った通り、調査時点で浮気の証拠を押さえることは出来ませんでしたが、西城さんからは、それとは別に、過去のあることを調べて欲しいと頼まれました」




