浮気調査①
まだ明らかになっていない西城春禰殺害の動機があるはずだ。真っ先に疑われたのが、西城俊一の浮気だった。
殺害の動機は当然、莫大な遺産。浮気がバレそうになった西城俊一が、離婚を切り出される前に西城春禰を殺害した。ありふれた動機だが、可能性としては高そうだった。
有名人とあって、西城春禰の知人や関係者を名乗る人物が多かったが、表面上の付き合いばかりで、春禰が心を許した親友となると、ほとんどいなかった。唯一、心を許していた幼馴染の平内比奈を除くと、芸能界には誰もいないのではないかと思えた。
誰もが羨む成功を手に入れた春禰は、孤独だった。そんな中、一人の女性の名前が捜査線上に浮かんだ。
――野崎博子。
デビュー当時、陰のように寄り添ったマネージャーだった。結婚を機にマネージャーを辞め、一線を退いていた。春禰は懸命に引きとめたようだが、野崎の決意は固かった。野崎は母子家庭で育っており、結婚をして家庭に入ることが、子供の頃からの夢だった。
芸能界から距離を置いてしまったため、自然、春禰と疎遠となってしまった――と周囲の人間は考えていた。
だが、春禰は野崎を心のよりどころにしていた。困ったことや悩みがあれば、野崎に打ち明け、相談していた。年に一度か二度、顔を合わす程度だったが、チャットで頻繁に連絡を取り合っていた。
そんな関係がもう十年も続いていた。
野崎の存在が事件を解決に導く。
柊と茂木は千葉県にある自宅に野崎を訪ねた。
年は四十過ぎ、小柄で肉付きが良く、笑っているかのような三日月型の小さな目が、柔和な印象を人に与える。毛量が多く、枝毛の多い髪が、生活の苦労を物語っていた。
「野崎さん。あなたは西城春禰さんが芸能界で唯一、心を許した人物だったようですね?」柊が尋ねる。
「彼女は成功し過ぎました。お金や仕事を求めて、人が彼女に群がってきました。そう言う人たちを相手に、芸能界の荒波を乗り切ってきた訳ですから、人が信じられなくなってしまったのも、無理はありません」野崎は冷静に答える。
「西城春禰さんが亡くなったことはご存知ですよね?それも殺害された」
野崎は意外な返事をした。「はい。知っております。彼女、俊一に殺されたんじゃないですか?」
「西城俊一に殺害された!?何故、そう思うのです?何か知っているのですか?」
「あら、ごめんなさい。刑事さんの前で、憶測でものを言ってはダメですよね。何時も、子供たちにはそう言っているのに――」野崎はそう言って微笑んだ。
アパートの一室、リビング兼応接間で食卓を挟んで、柊と茂木は野崎と向かい合っている。小さな子供がいるのだろう。片付けても、片付けても散らかると言った感じで、部屋の中は玩具や子供服が散らばっていた。
「俊一が春禰さんを殺した。そう思うようなことがあったのですか?それを、是非、教えて頂きたいのです。最近、春禰さんと連絡を取り合っていましたか?」
「いいえ。あの子、用がある時は、頻繁に連絡を入れてくるのですが、何もない時は本当、なしのつぶてなんですよ。私も忙しいもので、もう何ヶ月も連絡を取っていませんでした」
「最近、連絡を取ったのは何時ですか?」
「そうですねえ・・・今年は一度も連絡を取っていませんから・・・去年の夏頃だったと思いますよ。そうそう、あの時だ。探偵さんのことで、連絡があった時だ」
「探偵?詳しく話して下さい」
「はい」と野崎は頷くと、順を追って話し始めた。
話は二年前に遡る。「一昨年だったと思いますが、春禰から連絡がありました。久しぶりに会って話がしたい。食事でも一緒にしないかと言われて、彼女と会いました。その時、彼女、俊一の浮気を心配しているようでした」
やはり俊一の浮気だ。俊一が浮気をしていたとなると、離婚しても慰謝料は請求できないだろう。春禰殺害の動機となる。だが、話は意外な方向へ進み始めた。
野崎が言う。「旦那の浮気を確かめたいのなら、探偵でも雇って調べさせれば良いじゃない。私、知っている人いるわよ――と彼女に言いました。芸能事務所に勤めていましたから、そういうコネが出来ました」
「それで探偵を紹介したのですか?」
「それが、彼女、もう人に頼んで調べさせた――と言うのです。それで、どうだったの?と聞くと、それが・・・と言葉を濁します。しつこく尋ねると、頼んだ人が行方不明になったと言うのです」
「行方不明!?」柊と茂木の脳裏に、一人の名前が浮かんだ。
「何でもフリーの女性記者だそうで、春禰のプライベートについて、根掘り葉掘り調べ回っていたような人です。まあ、あの子も若い頃に色々とありましたから・・・」
(種市巧の妻、結衣のことだ!)茂木は思った。
「西城春禰さんの隠し子のことは存じております。芸能界の重鎮だった八木正大との間に出来た子だとか――」
「ああ、ご存知でしたか。でしたら、話が早い。芸能界では知っている人間もいたのですが、八木さんの権勢に恐れをなして、敢えて口にする人間はいませんでした。それを、フリーの女性記者が嗅ぎ付けて記事にしようとしたのです。寸でのところで、女性記者から記事を買い取って、表に出ないようにした――と春禰が言っていました。彼女、不倫のことを隠す気はありませんでしたが、あの当時、八木さんがまだ健在でしたからね。彼に迷惑をかけてはいけないと思ったのでしょう」
「知っています。先を続けて下さい」柊がいらいらと話の先を促す。




