密室トリック④
「ええ。分かってみれば、実に単純なトリックだと思います」
「もともと密室の謎なんかに、たいした意味はなかったのだ。お前たちが大袈裟に騒いでいただけだ。西城俊一に複雑なトリックなど、考えつく頭なんてない」
「はは。さて、僕の推理が正しいとすると、犯人は西城俊一以外いないという結論になります。彼以外に、寝室を密室にすることは出来なかったでしょうから。
――ですが、春禰さん殺害の動機については、よく分かりません。まだ、我々の知らない事実があるような気がします。西城俊一には、急いで春禰さんを殺害しなければならなかった、切羽詰った事情があったはずです」
「切羽詰まった事情だと・・・」
「ああ!たった今、飯田さんが何故、救急車ではなく、警察を呼んだのか、分かりました。彼女は自分が間違えて警察に電話をしたと思っているようですが、俊一から『警察に電話をしろ』と言われて、電話をしたのではないでしょうか?
ちょっとした言葉の綾ですが、西城俊一が犯人だとすると、そこに重大な意味が隠されていたことになります。西城俊一は春禰さんが死んでいることを知っていた。そして、一刻も早く警察に来てもらいたかった。だから、咄嗟に救急車ではなく警察を呼ぶように、飯田さんに指示した」
「死亡推定時刻だな。やつは一刻も早く我々に来てもらい、死亡推定時刻を確認してもらいたかったのだ。それで焦って、飯田に救急車ではなく、警察を呼ばせてしまった訳だ」
「そうだと思います。彼の狙い通り、遺体は暖房の効いた部屋にあったと仮定され、死亡推定時刻が計算されてしまいました。死亡推定時刻に若干の狂いが出て、彼のアリバイが完璧なものになってしまった訳ですね。ああ見えて、俊一は事前にみっちりと計画を練っていたのかもしれません。あっ!」茂木が叫ぶ。
「何だ、何だ」
「度々、驚かせて、すいません。もうひとつ分かりました。春禰さん殺害の凶器です。突然、天啓のように脳裏で閃きました」
「ふん、天啓とは、大きく出たものだな。お前は聖人か。ゴタクは良いから、言って見ろ」
柊の嫌味に「すいません」と謝りながら、「凶器は身近なもので、普通に部屋に置いてあるものだと考えていたのですが、やっとそれが何なのか分かりました。家政婦の飯田さんが言ったことを、ふと思い出したのです」と茂木が言う。
「飯田が言っていたこと?」
「そうです。遺言が公開された日、弁護士の先生が屋敷を訪ねて来ました。飯田さんは西城俊一から、弁護士先生が宿泊する部屋の準備を頼まれていました。それが終わったと俊一に報告している時、俊一の部屋にバスローブを置いておいたと飯田さんが言っていました。そして、バスローブがないなんて変だ。ちゃんと用意しておいたのに――と愚痴っていました」
「そんなことがあったか?」
「覚えていませんか?」
「忘れた。そんなことは、どうでも良い!それで、バスローブがどうした?」
「ああ、はい。すいません。バスローブには細い腰紐がついています。西城俊一は、それを使って春禰さんを殺害したのではないかと思ったのです。
凶器のバスローブと紐は、事件当夜、屋敷から居酒屋に向かう途中、道端に捨てたか、隠したのではないでしょうか?だから、バスローブが無くなった。そこで、何食わぬ顔をして、飯田さんに新しいバスローブを要求した。
事件から何日も経っていますから、道端に捨てたバスローブはもう処分してしまったでしょうね」
「あきらめるな!可能性はある。今から、調べに行くぞ!」口は悪いが、こういうところは根っからの刑事だ。
「はい」と茂木が頷く。
「ふん。俺は最初から西城俊一が怪しいと睨んでいた。お前が密室の謎とやらを解く前からな。分かっているよな」と柊が言う。確かに、茂木が「犯人は誰か?」尋ねた時、柊は「西城俊一が犯人だ」と答えていた。
「柊さんは、何故、西城俊一が犯人だと思ったのですか?」
「脅迫状を覚えているか?西城春禰宛に届いたやつだ」
「はい。覚えています」茂木が頷く。
「脅迫状の指紋を調べたところ、西城俊一の指紋しか検出されなかった」
「はあ・・・犯人は手袋でもしていたのでしょう」
「茂木、よく考えろ。西城春禰宛の脅迫状だぞ。当然、それを読んだはずの西城春禰の指紋が残っていないのはおかしい。それが無かった。あの脅迫状は西城俊一の自作自演だったのだ」
「ああ、なるほど――」と頷いて見せたが、(春禰が気にするといけないので、脅迫状は見せなかったと俊一に言い訳されると、どうしようもないな)と思った。
「それに、あいつ、最初に事情聴取をした時に、被害者が何時、殺されたのか、知っていた。覚えているか?『家内が殺された時間、家にいなかった』とやつが証言したことを。死亡時刻を知っていたから言えた台詞だ」
(それも、自分が家を出るまで春禰さんは生きていたと言いたかっただけではないか?)と思ったが、茂木は口に出さなかった。
いずれも犯人だと決めつけるには弱いような気がした。
「いずれにしろ、西城俊一を締め付ける必要がある。きっと、我々の知らない動機が、西城春禰を殺害しなければならなかった事情があるはずだ。それを徹底的に調べ上げて、やつの鼻先につきつけてやるぞ!先ずはバスローブを探すのだ‼」
珍しく柊が興奮した口調でまくし立てた。




