脚本③
なかなか細かい。この調子で、俊一は一人ずつ確認して行くつもりのようだ。流石に永田は嫌な顔をして言った。「じゃあ、どうします?石田正春こと大田正明の存在を消します?そうなると、最初の里親だった関口夫婦、いや関谷夫婦ですか。あの二人も消さなければならなくなります。容疑者が一気に三人も減ってしまいますよ」
「ああ、そうですね・・・それは困るなあ・・・ちょっと僕の方で考えてみますね」
こちらは俊一が折れた形になった。
「後の登場人物は名前を変えているだけで、背景は変えていません」
「ちょっと待って下さい。確認をさせて下さい」と俊一はしつこい。「妹の今田良子が近田翔子ですね。彼女の雑な性格がよく出ています。そして、春禰の高校時代の教師、金田先生が金井と。セクハラ騒動があったことは知りませんでした。春禰は何も言っていなかったものですから」
「おや、そうですか?平内比奈さん、ご存知ですよね?春禰さんの幼馴染で、高校まで一緒だった方です。脚本では幼馴染として堀井しか登場させていませんが、実際には彼女もいた。しかも、『芸能界では、誰も信用できない』と言っていた春禰さんが、唯一と言っていい信頼していた友人であり、幼馴染だった。私も彼女に会ってみて、明るく、裏表の無い方だと思いました。
春禰さんはあなたと結婚後、別荘に戻った折に、彼女を呼んで何度か一緒に食事をされたことがあるはずです。平内さんが、そう言っていました」
「平内さん?ああ、確か、そんな人がいましたね」
「彼女から聞いた話ですが、食事の席で、あなたにこっそり教えたことがあると言っていましたよ。春禰さんは、高校時代に漢文の教師からセクハラを受けていたと言う話を――」
「そうでしたっけ・・・すいません。忘れました。そんなことがありましたか?」とぼけているのかと思ったが、本当に俊一は覚えていないようだ。
「彼女が嘘つついていなければ――ですけど」
「しかし、永田さん。綿密に取材されているのですね。驚きました」
「春禰さんの事件が起こった時、『これだ!』って思いましたからね。私にとっても、この脚本は一世一代、千載一遇のチャンスなのです」
永田の境遇も俊一と同じだ。売れない脚本家なのだ。
俊一は感じるところがあったのか、「分かりました」と神妙に頷くと言った。「堀井が堀口で、物語のキイパーソンの一人、飯塚茉莉は赤塚千里なのですね?
赤塚千里の父親は春禰に所属芸能人をごっそり引き抜かれて自殺した赤塚芸能の社長、赤塚学です。最愛の父親を殺されたと、赤塚千里が春禰のことを恨んでいました。この事件の黒幕として申し分の無い人物ですが、僕、いや、僕じゃない、東城誠一と愛人関係にあったと言うのは、どうですかね?」
白々しく、永田が尋ねる。「ダメでしょうか?」
「僕は浮気なんかしていませんよ!」
「映画はあくまでフィクションですから――」
「でも、映画を見た人は、僕が浮気をしたと思います」
横から沖が永田に助け舟を出した。「この映画は『実話に基づいた話』だなんて謳いません。むしろ、『実在の人物、団体には関係ありません』って、映画の冒頭で告知しても良い。それなら問題ないでしょう」
「いえ、そう言う問題では・・・そうだ。こうしましょう。赤塚じゃなかった、飯塚茉莉が関係を持っていたのは種市・・・ああ、紛らわしい!古市だった。飯塚茉莉が事件の黒幕で、彼女は古市を誘惑して秋香を殺害させた。これで良いでしょう!」
「まあ、そう焦って結論を出すことはないでしょう」沖が俊一をなだめる。
「夫の誠一が犯人だなんて、ありきたりですよ。飯塚茉莉、古市、二人の犯行だった。僕はこの線で行った方が良いと思います」
俊一の提案には答えず、「ところで、アイデアって何です?」と沖が尋ねた。話が途中になっていた。俊一はそのことをすっかり忘れていた。
「何でしたっけ?」
「先ほど、何かアイデアがあるとおっしゃっていましたが?」
俊一は「何だったかな・・・」と暫く考えてから、「ああ、そうだ!思い出した。脚本では誠一が古市にキーボックスの合鍵を渡したことになっていますが、これを家政婦の飯田、いや脚本では飯島でしたね。彼女に変えてみてはどうかと思うのです。そうすると、合鍵の受け渡しが、よりスムーズになります。飯塚茉莉の浮気相手を古市に変えると、誠一を共犯にする必要がなくなります。秋香の殺害は飯塚茉莉と古市、それに飯島の三人の仕業だった。これでどうでしょうか?」と言った。
俊一の言葉に、永田がうんざりしたように答える。「なるほど、で、何故、飯島は古市の犯罪に手を貸したのでしょうか?雇い主の東城秋香がいなくなれば、彼女は仕事にあぶれてしまう。辻褄が合わない」
「それは、永田さん。あなたの方で考えて下さい。古市に買収されたとか――」
「古市は金に困っていました。飯島を買収するような余裕は無かったでしょう」
「じゃあ、脅されていたっていうのはどうです?飯島は古市に何か弱みを握られていて、脅されていた」
「脅されていた・・・まあ、それなら可能性はありますが、難しいですな。まあ、少し、考えてみましょう」結局、永田が折れた。
「どうせだったら、もう一人、二人、殺した方が良いんじゃありませんか?」
俊一の言葉に、永田は「えっ!?」と驚いた。
「ああ、いや。言い方が悪かったですね。僕が言いたいのは、連続殺人事件にした方が、派手で、観客は喜ぶんじゃないかと思っただけです」
「いえ、そうなると、実際の事件とは、まるで別物になってしまいます・・・」
「良いじゃないですか。だって、どうせ作り物なのでしょう。実際の事件とは別物だって、さっきおっしゃったじゃないですか!そうだ、古市に東城誠一を殺害させましょう。呪い谷に伝わる、おどろおどろしい伝説に倣って、秋香と誠一が殺害されるのです。どうです?」
「いえ、流石に、それは・・・」
見かねて、沖が二人の会話に割って入った。「まあ、まあ、西城さん。すっかり乗り気のようですね。こちらとしては、この作品の監督を引き受けて頂けると考えて良いのですね?」
「いえ、それは・・・」俊一の心は揺れていた。この映画の監督を引き受けると、世間から、まともじゃないと思われてしまうだろう。今後のキャリアに傷がついてしまうかもしれない。
だが、もともと引退状態にあった監督業だ。今後のキャリアがあるのかどうかさえ、はっきりしない。(これを当てて、一躍、スターダムに)と言う気持ちもあった。
結局、「少し、考えさせて下さい」と俊一は返事をしただけだった。




