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脚本②

「それは、ここにいる永田君が事件関係者、一人一人、尋ね歩いて話を聞いて、仕上げた脚本だからです。おや、そう言えば西城さん、あなたからも話を聞いたはずですよ」沖の隣で、永田が二、三度、頷いた。

「ああ、そうでしたね。お会いした顔だと思いました。いやあ、事件の後、たくさん取材を受けたものですから、誰に何を話したかなんて、すっかり忘れてしまっていました」

 道理で見た顔な訳だ。一躍、時の人となり、世間の注目を浴び、会う人、会う人に、調子に乗って事件のことを、しゃべり過ぎた。

「それだけ世間が注目している事件だと言うことです。時期を逃すと、話題性が薄れてしまいます。映画製作には時間がかかります。一刻も早く、動き出さないと、他社に出し抜かれてしまいます。それこそ、下手に犯人が捕まろうものなら、こんな凝った脚本で、映画化する意味が無くなってしまいます。時間との戦いなのです。西城さん、いかがです?この映画、監督してもらえませんか?」結局、話を戻されてしまった。だが、沖の言う通りだ。

「脚本を多少、変更しても良いんですよね?やっぱり犯人は夫じゃない方が、面白い。容疑者として名前が挙がるのは構いません。でも、最後に、僕は。いや、夫は犯人じゃないってことにしてもらいたいのです。だって、僕は春禰を殺してなんかいませんから――」

「はは。良いよな? 永田君」沖が永田に尋ねる。

 永田が答える。「そこはご相談と言うことで。こちらとしても、前向きに考えます。ですが、事件の舞台は変えないで頂きたいのです」

「事件の舞台ですか?」

「ええ。呪い谷という村や、そこにある阿房宮というお屋敷のことです」

「ああ、それ。しかし、ひどいな。春禰の故郷は呪い谷なんて、そんな忌々しい名前じゃありませんよ。温泉が沸くので、上湯井(かみゆい)という名の山間の小さな村です。山を少し下った場所に同じように温泉が沸くところがあって、そちらは下湯井(しもゆい)という名前だったと思います。朝焼けに染まった赤い雪が降ることはあるみたいですけどね。それに、春禰は漢籍に詳しかったですけど、別荘に阿房宮なんて、そんな悪趣味な名前をつけていませんでした。名無しの普通の別荘です」

「映画となると、普通の別荘だとインパクトがありませんからね。殺人事件が起こるのは、何々館とか、何々屋敷とは、おどろおどろしい名前の方が良い」

「まあ、そうですね。そうだ。僕にひとつアイデアがあります。この事件の犯人が、種市巧(たねいちたくみ)であることに、僕も異論はありません。ですが――」俊一の話を遮って、永田が言った。「あっ、古市卓巳です」

「そうでした。何だか面倒臭いなあ。古市って、種市のことでしょう?モデルとなった人を知っているので、つい間違えてしまいます」

「そうおっしゃるだろうと思って、対比表を準備して来ました」そう言って、永田は脚本を入れてきたバッグから、一枚の紙片を取り出して、テーブルの上に置いた。


 東城秋香=西城春禰。

 東城誠一=西城俊一。

 飯島典子=飯田勝子。

 佐藤晴彦=加藤敦彦(かとうあつひこ)

 古市卓巳・結子=種市巧・結衣(ゆい)

 八田正剛・美鈴・楓・甚大=八木正大(やぎしょうだい)美里(みさと)紅葉(もみじ)寛大(かんだい)

 石田正春=大田正明(おおたまさあき)

 関口忠明・真奈=関谷忠(せきやただし)真美(まみ)

 近田翔子=今田良子(いまだりょうこ)

 金井明=金田亮(かねだりょう)

 堀口久典=堀井勝則(ほりいかつのり)

 飯塚茉莉=赤塚千里(あかつかせんり)

 西岡工=東田太(ひがしだふとし)


「ああ、これだと一目瞭然だ」と沖が歓声を上げる。

 俊一も「ふむ、ふむ」と対比表を覗き込むと、「加藤がマネージャーの佐藤な訳ですね。あいつは春禰が引き抜いた大物俳優のマネージャーでした。俳優の引き抜きによって仕事にあぶれたマネージャーまで一緒に春禰は引き取ってやった。

 その後、大物俳優に嫌われ、マネージャーをクビになってからは、春禰は自分のマネージャーとして使ってやっていたんですよ。それなのに、あいつ、春禰を裏切りやがって・・・」

「堀井勝則の使い込みに加担していた件ですか?」永田が舌なめずりをしながら尋ねる。

「そうです。春禰は同級生だった堀井を信頼して経理を任せていたのに、あろうことか事務所の金を使い込んでいた。そうそう、永田さん。あなた、脚本の中で、僕にその辺の事情を語らせていますが、あなたにそんな話をしましたか?」

「いいえ。私があちこちの情報ソースから掴んできた情報です。それを脚色して脚本に盛り込みました。そういった裏話を遺言書の後で、あなたに語らせたのは、舞台劇の形を取っていますから、場所や登場人物をこれ以上、増やしたくなかったからです。だから、あなたの口からまとめて語ってもらうのが良いと思ったのです」

「そうですか。映画化するなら、その辺は僕、いや東城誠一じゃなくて、誰か別の人間にやってもらいたい」俊一の心は既に映画を監督することに傾いているようだ。

「う~ん。――となると、会社の事情に詳しい人間をまた増やさなければならない。ただでさえ、登場人物が多いのに・・・考えます」

「お願いします。じゃあ一通り、対比表を確認させてもらいますね・・・芸能界のドン、八木正大が八田正剛な訳ですね。春禰の成功の陰には、芸能界で最大手と言える芸能事務所の社長だった八木正大の力があった。政界にも、裏社会にも繋がりのある、文字通り芸能界のドンでしたからね。八木正大は既に亡くなっていますが、彼と春禰の関係を暴露するのは、どうですかね?」

「だから、名前を変えてあります」

「芸能界には八木と春禰の関係に気がついている人間が、少なからずいます。映画化すれば、『ああ、やっぱりそうだったのか』と分かってしまいます。大騒ぎになりますよ」

「八木先生は芸能界では知らぬ者のいない大物ですが、世間での知名度はそう高くありません。芸能界では、今も八木先生の影響力は絶大ですので、敢えてこのことで騒ぎ立てる芸能人はいないでしょう。大丈夫です。騒ぎになることはないと思います」

「そんなものですか?まあ、分かりました。それから・・・ああ、正明君が正春君なのですね。春禰に隠し子がいて、しかも春禰が母親として不適合者であったことを公にすることは、どうなのでしょうね?」

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