誰が東城秋香を殺したのか?③
「古市が犯人だとすると、どうしても密室が邪魔になるな。密室を止めても良いけど、密室殺人事件は、それだけで観客の興味を引く。密室を止めると、観客の興味が薄れるだろうし、脚本の書き直しも多くなってしまう」内が独り言のように呟く。
「そうですね」
「東城誠一が犯人なら、その辺は簡単なのだが、君が言うように、旦那が犯人と言うのは、ありきたりかもしれないな・・・おっ、ひらめいたぞ!」内が目を輝かせる。
恐々と永野が尋ねる「どうしましょう?」
「東城誠一が共犯と言うのはどうだ? 古市が秋香を殺害するのに、誠一が手を貸していた。二人は共犯だったのだ。どうだい、良いアイデアだろう?これなら密室を止めなくて良いし、観客も驚いてくれるんじゃないかな?」
「誠一が共犯・・・古市が犯人なのは変わらない・・・それなら、最後の謎解きの場面で、刑事の台詞を少し書き直すだけで行けるかもしれません!」
「うん。我ながら良いアイデアだ。東城誠一が共犯だった。彼は飯塚茉莉との不倫の事実を秋香に捕まれ離婚の危機にあった。不倫の上、離婚となると、慰謝料を払うべき立場になるから、主夫の誠一は裸同然で放り出されることになる。その前に秋香を殺害したかった」
「古市は裏山のがけ崩れ現場から、偶然、白骨遺体を発見する。妻の遺体だと確認した古市は東城屋敷に乗り込む。だけど、秋香の姿はなく、誠一しかいなかった。古市から秋香の過去の忌まわしい犯行を聞いた誠一は古市に復讐を持ちかける――という訳ですね」
「おおっ! 永野君。冴えているじゃないか。誠一が買収したと言うのはどうだ?妻の復讐をけしかけた上に、古市が秋香を殺害することができたら、彼が相続する遺産から分け前を与えると約束したんだ。どうだ?誠一は遺言が書き換えられたことを知らなかった。秋香が死ねば莫大な遺産が転がり込んで来ると思っていた」
「ああ、良いですねえ。それ頂きます。金に困っていた古市は一も二もなく、秋香の殺害に同意した。誠一は自分の手を汚さずに、目的を達することができた訳だ。――ですね?」嫌々だった永野が乗ってきた。
「おいおい。さっきも言ったが、本当の黒幕は飯塚茉莉だ。彼女は鉄壁のアリバイに守られ、誠一を操り、秋香を殺害させた。そこのところ、頼むよ。そして、誠一は金のほかに寝室の鍵を古市に渡した。永野君、これで行こうよ」
「待って下さい。僕もひとつ、良いアイデアを思いついちゃいました」
内が満面の笑顔を尋ねる。「おおっ!何だね、永野君。君のアイデアと言うのを、是非、聞かせてくれ」
「誠一が寝室の合鍵を古市に渡した――と言うだけでは、観客は(な~んだ)と思うだけかもしれません。もう、ひとひねりした方が面白いと思います」
「そうだね。――で、具体的にどうやる?」
「誠一が作ったのは寝室の合鍵じゃなくて、キーボックスの合鍵だったと言うのはどうでしょう。家政婦に言って、秋香の寝室の合鍵をキーボックスから取り出してもらうより、キーボックスの鍵を借りて型を取った方が早い。合鍵を借りると、それだけで、家政婦の記憶に残ってしまいます。ですが、キーボックスの鍵なら、借りる口実は何でも良い。どこの部屋でも良い訳ですから、鍵を開けたいと言って、家政婦からキーボックスの鍵を借りることが出来たはずです」
「うう~ん。良いね。その調子だよ。密室の謎解きがひとひねりしてあって、観客も喜ぶだろう。良いね。それで行こう。ぐっと良くなった。後は、古市が妻の白骨遺体を発見したことを、どうやって観客に伝えるかだな」
「謎解きの場面で古市に語らせれば良いのではありませんか?」
「まあ、それでも良いけど、ミステリーは謎解きまでに全てのヒントを事前に開示しておくことが大事だ。そうでないと、アンフェアだと観客に思われてしまうぞ」
「そんなものですか。それは困ったなあ・・・山で白骨を発見するシーンを追加するとなると、新たにセットを組まなければなりません。時間的にとても間に合わない・・・」
「予算的に苦しいな。それに、そんな場面を追加したら、古市が犯人だと言っているようなものだ。もっとさり気なく、匂わせることが出来ないだろうか?う~ん。難しいな」
「白骨がないとダメですかね?」
「それはそうだろう。古市が秋香を殺す理由がない。奥さんが失踪して二年も経ってから、いきなり秋香を殺したなんて、ちょっと無理がある」
「そうですか・・・」と二人、考え込む。
休憩時間が終わり、役者が舞台に戻り始めていたが、二人はお構いなしだ。脚本が固まらないと、ゲネプロをやっても意味がない。
会場でさわさわとひそひそ声が流れる中、「そうだ!」と永野が何か思いついた。
「おっ! 永野君。何か思いついたようだね!?」
「はい。こういうのはどうでしょう?刑事から事情聴取を受けた場面で、古市に語らせるのです。それも、はっきりと白骨遺体を見つけたとは言わさずに、そうですねえ、例えば、
去年の夏は雨が多かったでしょう。この辺りも相当、降ったようです。もしかしたら妙仏山の一部でがけ崩れがあったかもしれません。そしたら、万に一つの可能性かもしれませんが、がけ崩れの現場から白骨遺体の一部が見つかることが、あるかもしれません。と言うような思わせぶりな台詞を言わせてみては如何でしょうか?」
「おっ! 良いじゃないか。白骨遺体の一部を見つけたことを匂わせておく訳だな。確か、誠一は秋香殺害の前に、秋香を迎える準備をする為に、暫く屋敷にいたはずだ。実は秋香殺害を計画していた。そこに白骨遺体の一部を見つけた古市が乗り込んで来る。二人は意気投合して、秋香の殺害計画を練り上げた。うん。良いんじゃないか」
「誠一と古市の二人の実行犯が逮捕された後、舞台は暗転し、スポットライトの中に、黒幕の飯塚茉莉が現れる。見事、父親の復讐を果たした彼女の高笑いで舞台は幕を降ろす――と言う終わり方にしましょう」乗ってきた。次々とアイデアが浮かんでくる。
「それだ!それで行こう。今から、間に合うかい?」
「間に合わせてみせますよ」
「期待しているぞ!」と言うと、内は客席から腰を上げた。
「えっ!?続きはご覧にならないのですか?」
「見ても仕方がないだろう。大丈夫、初日には必ず顔を出す」
「分かりました」
忙しくなる。家に戻って脚本を書き直している暇はない。今からこの場で脚本を書き直して、ゲネプロをやり直さなければならない。それまで、役者陣には待機してもらうことになる。ゲネプロは夜中まで続くだろう。
永野は内の後姿を見送ると、舞台に戻って所在なげにしている役者たちに向かって、歩いて行った。




