誰が東城秋香を殺したのか?②
「そうですか・・・」永野は迷ったが、内の言葉は天の声だ。どのみち、抗えない。「実は、古市卓巳が犯人なのです」と答えた。
「古市卓巳!? ああ、なるほど、確か、分かり易い伏線が張ってあったな。彼が使っているショルダーバッグの肩紐が、秋香絞殺に使われた凶器である――みたいな」
「よくご覧になっていますね」
「なるほど、なるほど。で、動機は何なの?何故、彼は秋香を殺害したんだい?」
「それは、奥さんを秋香に殺されたからです。八田との関係をバラすと脅してきた古市の妻を秋香が殺した。それが秋香殺害の動機です」
「秋香は八田との関係が表に出ることを恐れていなかったのではなかったかな?」
「いえ、古市の妻が秋香のもとを訪れた時、八田はまだ健在でした。秋香は八田に迷惑をかけたくなくて、古市の妻を殺害した」
「そして、遺体を裏山に埋めた――という訳だな?」
「そうです。流石、内さん。ご理解が早い」と永野は内を持ち上げた。
脚本の書き直しは、何としても避けたい。
「奥さんが失踪したのは・・・確か二年前、その頃には八田はもう亡くなっていたんじゃなかったかな?その時には、古市の妻が持ってたネタは、もう意味を成さなくなっていた。殺す必要は無かったんじゃないか?」
「そ、そうでしたっけ・・・?」痛いところを突かれた。もう一度、時系列を整理し直さなければならない。
「大体、古市の妻が失踪してから、二年、経っている。何故、今になって古市は秋香を殺害したんだい?」
「それは・・・秋香が妻を殺害した証拠を、古市が掴んだからでしょう」
「――からでしょう?君が脚本を書いたんだよね?古市は一体、どんな証拠を掴んだと言うんだい?裏山から奥さんの遺体でも出てくれば、秋香の犯行を裏付ける決定的な証拠になるかもしれんがね。どうだい?」
「ああ、良いですね。それ、そのアイデアで、行きましょう」
「君、いい加減な。では、古市はどうやって奥さんの遺体を発見したんだい?」
「そうですねえ・・・がけ崩れでもあって、埋めていた遺体が出て来たというのはどうです?」
「立ち入り禁止の山だよ。がけ崩れがあったとしても、誰が遺体を発見したんだい?」
「それは古市自信です。彼は奥さんの遺体を捜して、山を歩き回っていましたから」
「おや、それを否定する証言があったと思うよ」
「じゃあ、その証言を削除しましょう」
古市が犯人だとしても、脚本の書き直しは避けられないようだ。
「君、いい加減な」と再び繰り返した後で、内が言った。「奥さんの遺体を発見したのなら、警察に届け出れば良かったのに――」
「それは、自分の手で秋香に復讐したかったからです」
「それじゃあ、百歩譲って、古市が犯人だとして、あの夜、彼はどうやって秋香を殺害したんだい?」
「こっそり旅館を抜け出して、屋敷に向かったのです。夜の十時頃です」
「彼は車を持っていたんだっけ?」
「ああ、車を持っていたことにしましょう。それをどこかに書き加えておきます」
口には出さないが、内がまた(いい加減な)と思っていることは明らかだった。「それで、屋敷に行って、ショルダーバッグの肩紐で秋香を絞め殺した。――となると、当然、古市が尋ねていった時、秋香は起きて来て、彼を屋敷に招きいれたことになるな」
「ええ、そうです。そして、秋香を絞殺した。後は遺体を寝室のベッドに寝かせて、鍵をかけただけです」
「簡単に言うけどね。君、寝室は密室になっていたんだよ。どうやって鍵をかけたんだ?」
「合鍵を使ったのです」
「ああ、確か、劇中でも刑事がそんなことを言っていたな。古市は、一体、どうやって合鍵を手に入れたんだ?」
「家政婦を買収したのです」
「金に困っていた古市が買収?ちょっと無理があるんじゃないか?」
「東城誠一にもらった――というのは如何ですか?彼なら何時でも鍵の型を取ることができた。予め鍵の型を取って、合鍵を作っておいたのです」
「何故、誠一が古市に合鍵を渡す必要があるんだ?それに、合鍵を使うのなら、密室にする必要はなかったと思うぞ。合鍵を使って密室にしたことを観客が知れば、きっとがっかりする」
「そ、そうですか!?じゃあ、密室は止めましょうか?なんとなく、密室にした方が、話が面白くなると思ったものですから――」
「君ねえ・・・」内は呆れて言葉が出ないようだ。
内は気難しいとことがある反面、比較的、気が長い方だ。呆れてはいるが、まだ怒ってはいない。だが、それも何時まで続くか分からない。
「すいません。本格的なミステリーを書いたつもりは無くて、その、どろどろとした人間関係を描いた舞台にしたかっただけですから――」
「それは良いけど、最近のお客さんは目が肥えているからね。ミステリー仕立てなのだから、もう少し、辻褄を合わせておかないとね。いくら、場末の劇団でも、客が入らないよ」
「すいません」と永野が萎れると、内が、「いや、まあ、そう悲観することはない。名探偵役の毒舌刑事は悪くなかった。いや、だが、口の悪い名探偵なんて、珍しくないかもな」
「いえ、実は名探偵なのは助手の方なのです。相棒の若手の刑事、茂木がこの物語の本当の名探偵なのです。その辺は続きを見て頂ければ、分かります」
「ああ、なるほど、なるほど。助手の方が名探偵か。それは新しいかもしれないね。悪くないと思うよ。そうだ。ところで、謎の脅迫者は一体、誰なのだい?事件と関係があるの?」
「ああ、それは古市が疑いを逸らす為に、出したものです」
「そうかい。じゃあ、犯人が東城誠一だとすると、誠一が出したものになる訳だ」
「いえ、まあ、犯人を東城誠一とするなら、そうかもしれませんが・・・」
永野が困惑する様子を見て、「分かるよ。今更、脚本を書きなおせるかっ――て思っているんだろう?」と内がズバリと永野の胸中を言い当てた。
「いえ、そんな・・・」と誤魔化したが、出来れば脚本が書き直したくない。
「ただね。やっぱり、やるからには観客に満足してもらえるものにしたいと思わないかい?そこで、どうだい?二人で、なるべく、脚本を書きなおさないで、観客が満足できる結末を考えてみようじゃないか」
「は、はい」永野が頷く。
どうやら脚本の書き直しは避けられないようだ。――であれば、確かに変更は少ない方が良い。この辺が妥協点だろう。




