八田親子②
「だから、それは合鍵を使ったんだ。であれば、部屋に鍵をかけるだけだ。東城社長を殺害して、十分あれば大丈夫だ」
「・・・」茂木が黙り込む。
その後、早送りで映像を確認したが、十時過ぎに仕事を終えた板長や番頭の竹内が旅館を出て行く姿が記録されていただけだった。
「ご苦労様です」と茂木が言うと、「はい。いえ、今は一年で一番、忙しい時期ですから。でもまあ、お客様の少ない時期は仕事が無くて困るくらいです。忙しい方が、張り合いがあって助かります」と竹内が答えた。
東城社長が客を招待する今時分が、旅館の最も急がしい時期だと言うことだ。稼ぎ時だ。
死亡推定時刻の十一時までの映像の確認が終わると、「八田親子は今、部屋にいますか?」と柊が尋ねた。
「いえ、はい。お部屋の方にいらっしゃると思います。何処にも出かけられてはいないはずです」竹内の言葉を最後まで聞かずに、柊がずんずんと歩き始めた。
慌てて、茂木が「すいません。八田さん親子はどちらの部屋にお泊りですか?」と尋ねた。事情聴取の折は部屋に来てもらった。柊は八田親子がどの部屋に宿泊しているか知らないはずだ。
「いえ、はい。八田さん親子は一階の『色部』の間にお泊りです」と竹内が言う。
「色部の間?」と茂木が聞くと、竹内が「いえ、はい。こちらの旅館のお部屋には上杉謙信にちなみまして、謙信配下の武将のお名前がつけられています。色部の間は、そちらの廊下を真っ直ぐ進まれて、奥から二番目、左手のお部屋です」と教えてくれた。
廊下で柊がいらいらとしながら、茂木を待っていた。
「柊さん。その廊下を真っ直ぐ進んで、奥から二番目の左手の部屋です」
まるで容疑者を確保する勢いで、廊下を歩いて行く。そして、「失礼しますよ!」と柊は八田親子の部屋に押し入った。
八田親子は部屋にいた。所在なげにテレビを見ていた二人は、突然、部屋に押し入って来た闖入者に目を見張った。
二人が批難の矛先を向ける前に、柊が言った。「八田さん!困りますねえ~嘘をつかれては。嘘の証言をされると、偽証罪で罰せられますよ。東城社長が殺害された夜、あなたがた二人は車に乗って、お屋敷に行っていますね?ダメですよ、誤魔化そうとしても。防犯カメラの映像に、あなた方二人が旅館を出て行く姿がはっきりと映っていました。七時四十三分に旅館を出ていますね。こんなところだ。夜中に、遊びに行くところなんてない。屋敷に向かったのですね?東城社長が殺害された時刻に、あなた方は屋敷にいた訳だ!」
柊が一気に喋る。その剣幕に、呆気に取られた八田親子だが、言葉の意味が分かってくると、動揺を見せ始めた。
「ち、違います。わたくしどもは――」と言いかけた八田美鈴の言葉を遮って、甚大が言った。「ああ、確かに、あの夜、あの女に会いにいったよ。だが、それだけだ。会えずに帰って来た。あの女を殺したのは、俺たちじゃない!」
「東城社長に会いにいったんだな?約束があったのか?」
「無いよ。こんなところに何時までも閉じ込められたくないからな。さっさと用事を済ませて、家に戻りたかった。あの女が屋敷に着いたと聞いたので、会いにいっただけだ」
甚大によると、あの夜、食事の後、浴場で一緒になった男から東城秋香が阿房宮に到着したという話を聞いた。「あの女の自己満足の為に、こんなところに閉じ込められるのは嫌だ」と浴場を後にすると、部屋に戻り、母親を説得して、阿房宮に向かった。
「屋敷に着いて、呼び鈴を鳴らした。いくら呼び鈴を鳴らしても、誰も出て来なかった。それで、あきらめて旅館に戻った。ただ、それだけのことだ。屋敷に入っていないし、あの女にも会ってもいない!」
「では何故、屋敷に行ったことを黙っていたのですか?」
「それは、こうして、屋敷に行ったことがバレると、疑われるに決まっているからだ!あの女が殺されたことと、俺たちは関係がない。つまらないことに巻き込まれたくなかったんだ」
「つまらないこと!?人一人、殺されているのですよ!つまらないことなんかじゃありません。困りますねえ~正直に話してもらわないと」
「ふん!」と甚大が鼻を鳴らす。
「あなたがたが犯人でないとすると、他に誰か屋敷にいませんでしたか?」
「知らないよ。言っただろう、屋敷には入っていない」
「車はどうです?屋敷に車が停まっていませんでしたか?」
「いいや、無かったな。そう言えば、屋敷に行く途中に、車とすれ違ったよ。それだけだ」
「ああ・・・」恐らく東城誠一が運転する車だ。秋香の指示で佐藤を呼びに行ったのだ。
屋敷には行ったが、中に入っていないと主張されると、それ以上、追及することができなかった。
「八田さん。退屈でしょうが、暫くの間、ここから動かないでもらえますか?」
柊と茂木は色部の間を後にした。
「柊さん。どう見ます? 八田親子が東城社長を殺害したのでしょうか?」駐車場に戻る道々、今度は茂木が尋ねた。
「ふん。あの親子に、そんな度胸があるものか。東城誠一もそう言っていた。お前はあいつらが怪しいと思っているのか?」
「いいえ。ただ、何時も柊さんに言われている通り、証拠が全てですから、先入観を抱かないようにしています」
「じゃあ、聞くな」柊が吐き捨てた。
言葉は悪いが、その通りだ。だが次の瞬間、人を批判しておきながら、驚くべきことを言った。「大体、犯人の目星なんて、最初からついている」
「えっ! 柊さんは、誰が東城社長を殺害したのか、目星がついているのですか!?」
「当たり前だろう。事件からどれだけ経ったと思っているんだ? 目星はついているが、そんなことは重要じゃない。証拠だ。俺たちの仕事は証拠を見つけることだ」
「後学のために、柊さんが怪しいと睨んでいる人間を教えてもらう訳には行きませんか?勉強させて下さい」
茂木が自尊心をくすぐってやると、柊は「仕方ないな」と言う顔をした。




