八田親子①
上杉湯の番頭、竹内大地は五十代だろう。頭が丸く綺麗に禿げ上がっている。薄くなった頭髪とは裏腹に、太い眉毛に、髭の剃り跡が濃い。丸い鼻に黒縁の眼鏡がかかっており、眼鏡の奥で小さな目がせわしなく動いている。中肉中背、印象的な顔なのだが、記憶に残らない顔でもある。
汗かきなのだろう。この季節に額に汗が浮かんでいる。柊と茂木への説明に四苦八苦していた。
「分かりました。要は宿泊客に宿帳を書いてもらう際に、車に乗って来たかどうか、確認をしているだけですね?」柊が焦れて言う。
「はい。いえ、わたくしどもでは、お客様のお車にまで、責任を持ちきれませんので、乗って来られたお車は、お客様、ご自身で保管をお願いしております。わたくしどもは、お客様の為に駐車場を提供するだけでございまして――」
柊の嫌いな、持って回った言い方な上に、答えになっていない。「保管と言ったって、金庫に仕舞っておく訳には行かないでしょう!」柊が珍しく冗談を言った。
茂木には柊がいらいらしていることが、手に取るように分かった。
「何分、このような田舎なものですから。温泉に足を運んでくださるお客様はいらっしゃいますが、観光となると何もないところです。駐車場に停めたお客様のお車にいたずらされたとか、そう言うことは、今まで一度もございませんでした。はい」長々と竹内の言い訳が続く。
「こちらに来た時に、駐車場への車の出入りを記録している機械がないことは確認できました。防犯カメラもないのですね?」
「いえ、はい」
「どっちなんですか?」
「駐車場に防犯カメラはございませんが、昨今は何かと物騒なものですから、こちらに防犯カメラを設置させて頂いております」
「だから、最初からそう聞いていたのです。駐車場に何もないなら、他に防犯カメラがありませんかと!」柊が怒りを爆発させる。
茂木は竹内が少々、気の毒になった。
上杉湯の駐車場は、入り口にゲートも料金所もなく、自由に車を停めることが出来た。車から降りて、柊と二人でぐるりと周囲を見回したが、防犯カメラらしきものはなかった。
田舎のことだ。観光地でもないので、旅館の客以外に、不法に車を停める人間などいないのだろう。対面には小木乃屋という居酒屋があり、そこにも駐車場がある。駐車場に防犯カメラが無くても、他にあるかもしれない。そこで、番頭の竹内を呼び出した。
柊が早口で、「いやはや、こちらの旅館の駐車場は誰でも泊め放題になっているようですね。ちょっと無用心ではありませんか?防犯カメラもないようですし。他に何かないのですか?」と尋ねたものだから、警察にとがめられていると勘違いをした竹内の言い訳が長々と始まったのだ。
随分、遠回りをしたが、受付に防犯カメラがあることが分かった。
「事件当夜の防犯カメラの映像を確認させて下さい」
田舎の旅館だ。受付を通らなくても、外に出る方法はいくらでもある。庭から回って行けば、そのまま駐車場に出ることが出来る。防犯カメラは受付の目立つ位置に据え付けられていた。旅客を監視する為ではなく、犯罪の抑止効果を狙ってのことだ。
正直、茂木は(収穫は期待できない)と思っていた。密室を作り上げるような犯人だ。東城社長を殺害するつもりで旅館を出たなら、防犯カメラに写るような初歩的なミスは犯さないはずだ。
受付の裏が事務所になっており、そこで事件当日の防犯カメラの映像を見せてもらった。
旅館の仲居は二交代制になっており、日勤の就業時間は夕方、六時までだと言うことだった。六時を過ぎると、旅館を出て行く従業員の姿があった。カメラの向きから、出て行く人間は後ろ姿しか見えない。その中には、近田翔子らしき後ろ姿があった。
とりあえず死亡推定時刻の三十分前まで早送りしてもらい、夜七時半から再生してもらった。ここから阿房宮まで徒歩で二十分程度、車なら七、八分程度で行くことが出来る。後日、事件当日の前後二、三日分の録画をもらって、再度、確認するつもりだった。
とろころが、再生を始めて直ぐに、旅館を出て行く者の姿があった。
「柊さん、これ!」茂木の声が高くなる。録画に映っていたのは、一人ではなかった。
「ああ、八田親子だな」柊が呟く。
時刻は七時四十三分だった。若い男の後を女性がついて行く。顔は映っていなかったが、後ろ姿から八田親子であることが分かった。二人は受付を通り、旅館を出て行った。
「八田さんは車でこちらへ来られたのですか?」柊が録画を再生する竹内に尋ねた。
「はい。いえ、八田様は何時もお車でいらっしゃいます。この度もお車のはすでございます」
「要は、車で来たかどうか、はっきりとしないと言うことですね」
「はい。いえ、何時も息子さんがお車を運転して来られます。今回もきっと、息子さんがお車を運転して来られたのだと思います」
柊がうんざりした顔をする。車で来たかどうか、受付で確認することになっていると言っていたが、それもろくにやっていないようだ。
二人が車で来たとすると、甚大はまるっきりの引き篭もりと言う訳ではないようだ。運転免許も持っていて、母親を乗せて呪い谷までやって来たことになる。
暫く録画を早送りしてもらうと、八時八分に二人が旅館に戻って来た。今度はカメラの向きから、二人の顔がはっきりと映っていた。
「二人が戻ってきました!ちょっと早くないですか?」茂木がまた声を上げる。
「そう喚くな。確かに往復する時間を考えると、車だとしても、屋敷に行って、東城社長を殺害して戻って来たとしては、時間が短いな。だが、不可能な訳ではないぞ――」柊は頭の中で時間を計算していたようで、「十分ある!往復する時間を差し引いて、屋敷で十分の時間があるぞ。人を殺すには充分な時間だ」と言った。
「十分ですか・・・人を殺すだけなら、出来るかもしれませんが、殺害後に密室を作り上げるとなると、ちょっと短いような気がします」




