中森弁護士②
「ああ、なるほど。他の人物はどうです。近田翔子は遺言書の内容を知っていたと思いますか?」
「だから、刑事さん。私には分かりませんって――!東城さんが妹さんに話したかもしれないし、話していなかったかもしれない。ですが、あの日の様子から見て、誠一さん同様、知らなかったんじゃないですかね。これで良いですか?」中森は別に腹を立てている訳ではない。むしろ、柊との会話を楽しんでいるかのようだ。
それが分かっているようで、柊はしつこく聞く。「遺言書の内容は東城社長自らが話さない限り、誰も知らなかった。間違いありませんか?」
「そうですよ。私が遺言書の内容を漏らしたとでも言うのですか?」
「東城誠一、石田正春、近田翔子、この三人の中に東城社長を殺害した犯人がいると思いますか?」
「はは、それは刑事さんの仕事でしょう。しかし、誠一さんが犯人だとすると、随分、間の悪い時期に東城さんを殺したことになりますね」
「何故です?」
「だって、刑事さん。もっと早く殺しておけば、遺産が減ることはなかったじゃないですか。おっと、そう言う言い方は不謹慎ですな」
「おっしゃる通り、かなり不謹慎ですね」
二人で会話を楽しんでいるようにしか見えない。近田翔子以外に、柊と話が合う毒舌家がいるとは思わなかった。
「石田正春、近田翔子はどうです?」
「正春君は無いでしょう。まだ子供です。近田さんはどうですかね?社長が殺されたのは、彼女の地元でしょう。屋敷や周りの様子をよく知っていたに違いありません。膨大な財産を相続できることが分かって、東城さんの気が変わらない内に、えいやっと、殺した――なんて、あるかもしれませんね」
「でも、彼女、遺言書の内容は知らなかったのではなかったでしたっけ?」
「さあ、そう思っただけですよ。予めお姉さんから聞いて知っていたのかもしれません。あの場では、聞いて驚いた振りをしただけだった。ねえ、刑事さん。私の意見なんて聞いていないで、捜査をしたらどうです。もう良いですかね?そろそろ帰って仕事に戻らないと――」流石に、中森は柊との会話に飽きてきたようだ。
中森は「また、お話をお伺いするかもしれませんので、よろしくお願いします」と言う柊の言葉を背中で聞きながら、取調室を出て行った。
それを見送りながら、「ちっ!時間の無駄だったな」と柊が吐き捨てた。忌々しそうだが、中森との会話を楽しんでいたようにしか見えなかった。
「そうでもないと思います。昨年の夏に、東城社長の心境が変わるような何かがあったということだと思います」
「ああ、そうだったな。それで、遺言書を書き直した」
「東城誠一の相続分が減り、近田翔子の相続分が増えた。――と言うことは、誠一の遺産を減らすか、翔子の遺産を増やすか、そのどちらかの理由があったと考えられます」
「或いは、その両方のな。昨年の夏か、ちと面倒だが、調べてみる価値はありそうだな」
「そう言えば、東城社長の携帯電話がまだ見つかっていません。東城社長の携帯電話を調べれば、ひょっとしたら、昨年の夏に何があったのか、分かるかもしれませんね」
「ああ。誠一は犯人が持ち去ったのだと言っていたな」
「犯人が現場から持ち去ったのだとすると、事件関係者が全員、上杉湯にいる以上、携帯電話はまだ上杉湯にある可能性が高い訳ですね。これから上杉湯に行ってみましょうか?例の駐車場の件も確かめておきたいので――」
柊が顔色を変える。「おい!駐車場の件、まだ確認していなかったのか!?」
「す、すいません。電話をかけたのですが、埒が明かなくて・・・行って確認してみるしかなかったもので・・・」
「携帯電話は小島と益田に探させろ!そう言っただろう。何をちんたらやっているんだ‼」柊の怒号が飛ぶ。
「すいません」と謝ったが、茂木から同僚の刑事に、「ああしろ、こうしろ」と指図など出来るはずがない。(参ったな)と思った。
「まあ、良い。よし、今から、上杉湯に向かうぞ」
「分かりました。ああ、そうだ。柊さん。鑑識から連絡があって、例の東城社長宛に届いた脅迫状ですが、市販のプリンターを使って印刷したもので、そこから脅迫者を特定することは難しいそうです。それと、脅迫状からは、東城誠一の指紋しか検出できなかったそうです」
「何だと!東城誠一の指紋しか出なかっただと――!変だな?」
「脅迫者は指紋を残さないように、手袋をしていたのでしょう」
「違う!変なのはそこじゃない。東城誠一の指紋しかなかったとすると、東城社長は脅迫状を読んでいなかったことになる!」
「あっ!」と茂木が叫んだ時には、柊はもう取調室のドアノブを握っていた。
茂木が慌てて後を追う。




