中森弁護士①
中森は、開口一番、「刑事さん。こちとら暇な訳ではありませんけどね」と皮肉を良いながら取調室に現れた。
「ご多忙中、わざわざお運び頂いてすいません」素直に柊が頭を下げる。
それを見て、中森が気まずそうに呟く。「いえ、まあ、警察の捜査に協力することは、市民の義務ですから――」
「中森さん、先日、公開に立ち合わせて頂いた東城秋香社長の遺言書について、もう少し話をお伺いしたいのです。東城社長は何時頃、あの遺言書を作成されたのですか?」
「昨年の夏でしたかね。東城社長から連絡があって、遺言書の内容を見直したいという話でした」
「見直す?――と言うことは、もともと遺言書は作成されてあったのですね?それを東城社長が書き直した」
「はい。そうです。それが何か?」
「いえ、東城社長はまだお若かったから、遺言書を書いていたなんて、ちょっと意外な気がしただけです」
「そうですか?自分が苦労して築き上げた財産ですから、相続してもらいたい人に相続してもらうのは当たり前ではありませんか?いつ何時、不慮の事故に巻き込まれるか分かりませんからね。若くても遺言書を作っておきたいと言う方は、いくらでもいらっしゃいます」
「まあ、そうでしょうね。ですが、我々のような、取り立てて資産が無い人間にとっては、遺言書なんて、別世界の話に聞えます」
「いえ、刑事さん。考えてもみて下さい。刑事なんて危険な職業でしょう?今日、これから銃撃戦に巻き込まれて、殺されるかもしれません。そうなった時に、後々、奥さんやお子さんたちが遺産をめぐって争わないように、遺言書を書き残しておいた方が良いと思いませんか?」
中森の言葉に、口の悪い柊も露骨に嫌そうな顔をしながら、「私の遺産程度じゃ、争いの種にはなりませんがね」と自嘲気味に言った。
どうやら、中森が東城秋香に遺言書の作成を強く勧めたのだろう。秋香が若くして遺言書を作成した裏には、中森弁護士の商魂があったようだ。
「まあ、そういう私も、遺言書なんて書いていませんけどね。はっはは~!」中森が愉快そうに笑う。珍しく柊が相手のペースに巻き込まれている。
柊が話題を変えて言う。「東城社長は何時頃から遺言書を書き残していたのでしょうか?」
「そうですねえ・・・かれこれ十年くらい前から、遺言書を準備されていました。そして、例えば結婚したとか、何かあった時に、折りにふれ、書き直しをされていました」
「それでは、昨年の夏、東城社長に何があったのでしょうか?」
「さあ、存じません。心境の変化があったのでしょうね」
「書き直す前の遺言書はどういう内容だったのですか?」
「刑事さん。そういったことは守秘義務違反になりますので、お教えする訳には参りません」
「中森さん、まあ、そうおっしゃらずに。当事者である東城秋香社長は既に亡くなられている訳ですから――」
「弁護士ですからね。そう言ってお断りしておかねばならないだけですよ。刑事さん、取調の記録を残されるのでしょう?そこに、『殺人事件の捜査に協力して欲しいと、拝み倒して聞き出した』と書いておいて下さいな。ははは」中森が豪快に笑う。
今日はとことん、中森のペースだ。
「結構です。『伏してお願いした』と、書いておきましょう」
「それはダメですよ。パワハラになってしまう。いえね、書き直す前は近田翔子さんの相続分はありませんでした。会社は息子さんに、個人資産は全て夫の誠一氏に譲るという内容だったと思います」
「近田翔子への遺産相続がなかった!?」
「確か、そうだったと思います。まあ、普通に考えて、旦那と実の息子がいるのに、妹とは言え、あんな巨額の財産を残そうとは思わないでしょう。誠一さんと正春さんは血縁関係がありません。だから、自分の死後に息子さんが困らないよう、なるべく細かく正春さんの相続分を定めておきたかったのでしょう」
「なるほど。よく分かります。誠一は強欲そうですしね。財産を独り占めしかねない。では、何故、突然、それを変えて近田翔子に多額の資産を残したのでしょう?」
「刑事さん。だから、先ほどから知らないと申し上げています。東城さんに、どういう心境の変化があったかなんて、私は知らなくても良いことです」
「失礼しました。では、遺言書の変更によって、相続分が減ったのは、どちらですか?近田翔子が相続したのは、二人のうち、どちらが相続する予定だった分ですか?」
「はは。なかなかズバリと聞いてきますね。いや、その方が私もありがたい。当然、夫の誠一さんの相続分です。正春さんの相続分はそんなに変わっていないと思います」
「誠一はそのことを知っているのでしょうか?」
「さあ、夫婦間のことまですからね。東城さんが遺言書の中味について、夫の誠一さんに話をしていたのか、いなかったのか、私には分かりません。でも、知らなかったんじゃないですかね」
「何故、そう思うのです?」
「だって、刑事さん。遺言書の公開で、あんなに驚いていたじゃないですか!?(おや?誠一さん、何も聞かされていなかったんだ)と思いましたよ、あの時」




