アリバイ②
「八田楓は都内のマンションで一人暮らしをしていて男がいます。その晩は男と会って食事をしてから、一緒にマンションに戻っています。東城社長を殺しに行くことは不可能でした」
「ふん。どうせ、相手の男の証言だろう?そんなもの、あてになるか!男と飯を食ったレストランまで行って、ちゃんと確認したのか?」
「はい。確認は取ったようです。ですが、店側も一々、客の顔など覚えていないと言うことで・・・」
「ほれ見ろ!やつらの捜査なんて、どうせそんなものだ。やつらにレストランの周辺の防犯カメラを探させろ。そうすれば男が嘘をついているのかどうか、直ぐに分かる」
「はい。分かりました」と答えながら、茂木は小島と益田の二人にどう伝えようか考えていた。
益田は後輩だが、小島は年上だ。自分たちの捜査にケチをつけられたら面白くないだろう。激怒するかもしれない。
(益田にうまく伝えるしかないな)と茂木は思っていた。
「それで、西岡工のアリバイはどうだったんだ?」
他人の苦労も知らずに、良い気なものだ。
「はい。そちらも聞いています。西岡工についてはアリバイがあります。東城社長に経営していたパン屋を乗っ取られてから、杉並に新しいパン屋を開いています。なかなか評判が良いようで、早朝から深夜まで働き詰めです。事件当夜も、夜の十時までパン屋で働いていました。一緒に残業をしていた従業員の証言があります」
「ふん、従業員なんて、同じ穴の狢だ。利害関係が一致しているから、店長に頼まれたら、嘘の証言だってするだろう。店長が捕まると、失業して困るのは自分だからな。ダメだな。これもちゃんと証明できるものが必要だ。やつらにパン屋の近くの防犯カメラを当たらせろ。
ああ、もうひとつ。被害者が使っていた携帯電話が、まだ見つかっていない。やつらにもっと一生懸命、探させろ。」
「は、はい・・・」と頷いたが、こうなると流石に益田には頼み辛い。八田楓の件と合わせて、係長に相談するしかない。
「ところで、お前、どいつが東城社長を殺害した犯人だと思っている?」唐突に柊が尋ねた。
他人の話を聞かない男だが、最近、何故か茂木の意見を聞きたがる。
(ひょっとして、柊さんに認められているのかも・・・)と思わなくも無い。こういう時、持って回った答え方をすると、大火傷をしてしまう。単刀直入が良い。
「先ず、遺言に名前が出た三人は外せないと思います。普通に考えて、この三人は東城社長が亡くなったことより、莫大な利益を得ました」
「東城誠一、石田正春、そして近田翔子の三人だな。そうか、やっぱり近田翔子を容疑者から外す訳には行かないか・・・」どうも柊は翔子がお気に入りのようだ。
「遺言により、最も利益を得た人間が近田翔子と言えます。現時点で、彼女を容疑者から外すことは出来ませんね。もし、彼女が遺言の内容を知っていたならば、動機として、十分過ぎるほどの動機があったことになります」
「あの弁護士とやらに確認しておく必要があるな。遺言書の内容を、一体、どれだけの人間が知っていたのか――」
「そうですね。名刺をもらってありますので、連絡を取ってみます」
「ああ、頼んだ。――で、他のやつらはどうだ?」と柊が言うので、「ちょっと待って下さい」と茂木は誠一が作ったリストに自ら加筆した容疑者リストをテーブルの上に広げた。
東城誠一~秋香の夫。
佐藤晴彦~秘書。実家が東城グループに買収。
古市卓巳~妻が雑誌記者。秋香のスクープを狙っていたが行方不明。
八田美鈴・甚大~八田正剛の妻と息子。正剛の愛人が秋香。
八田楓~美鈴の娘。都内の銀行勤務。アリバイあり。
石田正春~八田正剛と秋香の間の子供。
関口忠明・真奈~正春の二番目の里親。幼児虐待容疑で里親をクビになる。
近田翔子~秋香の異父妹。秋香を羨んでいた?
金井明~秋香の高校時代の教師。セクハラ疑惑で高校をクビになる。
堀口久典~秋香の幼馴染。東城グループ元社員。公金横領で会社をクビ。
飯塚茉莉~競争相手会社社長の娘。父親が首吊り自殺。呪い谷に不在。
西岡工~杉並でパン屋を経営。アリバイあり。
謎の脅迫者?
「多いな。ふう」柊がため息をつきながら言う。「前にお前、東城社長に死なれて困る人物、経済的に東城社長にすがっている者として、夫の誠一、佐藤、八田親子、正春、関口夫婦が除外できるようなことを言っていたな。だが、誠一と正春は東城社長の死により、利益を得るものとして除外できなくなった。それに佐藤はリストラ寸前で金銭面以外に動機があった。結局、除外できそうなのは八田親子と関口夫婦だけか?」
「そうですね。関口夫婦が東城社長に弱みを握られていたとすると、彼らも容疑者リストから外すことは出来ませんね。ここはやはり、物理的に東城社長を殺害することが出来た人物を特定してはいかがでしょうか?」
「物理的に東城社長を殺害することが出来た人物?どういうことだ?」
「上杉湯に宿泊していた人物は大抵、部屋にいたと証言しています。アリバイがありません。死亡推定時刻に旅館にいなかったことが分かれば、その人物が怪しいことになります」
「当然そうだ。だから、それをどうやって調べるのだ!?」茂木の悪い癖だ。持って回った言い方をしてしまった。見る見る柊の機嫌が悪くなる。
茂木が慌てて言った。「上杉湯から東城社長の屋敷、阿房宮まで上り坂が続き、少々、距離があります。歩いて行けないことはありませんが、二十分、いやひょっとしたら三十分くらい、時間がかかるかもしれません。実際、誠一も佐藤も、車で旅館と屋敷の間を往復しています。犯人も車で往復した可能性があります。上杉湯の駐車場の車の入出場記録が残っていれば、誰があの夜、外出したか分かるかもしれません」
「おおっ、それだ!直ぐに調べろ!!」柊が怒鳴る。




