遺言②
「そんなことはありません。現在、お住まいの品川のマンションやマンションに越して来られるまでにお住まいだった東城秋香氏名義の世田谷のご邸宅があります。世田谷のご邸宅の評価額がざっと三億、品川のマンションが二億と言ったところでしょう。これだけで五億あります。それに東城秋香氏がお持ちだった宝飾類があるはずです。こちらが一体、幾らくらいの評価になるのか私には分かりませんが、庶民の感覚では、もう、それこそ膨大な額の遺産だと思います。ねえ、そうでしょう?刑事さん」
いきなり中森に話を振られて、柊は「えっ!?」と戸惑った様子だった。だが、そこは柊だ。「我々にとっては膨大な遺産であっても、そこは相対的なものですからね。自分の取り分が人より少ないと、腹立たしいのではありませんか?」とズバリと言った。
あまりに露骨過ぎて、「別に、そんな・・・」と誠一が黙り込んだ。
「まあ、そうお考えにならずに、故人の意志を尊重して頂きたいものですな」そう言って、中森は遺言書の公開の場を締めくくった。
「刑事さん、今日は上杉湯に泊まって行きなよ」帰り際に、翔子が柊に声をかけた。
ウマが合うようで、柊のことが気に入っているのだ。
「温泉も良いですが、仕事中なのでね。事件が片付いたら、寄らせてもらいますよ。その時はよろしく」意外だ。世辞など言える性格ではない。事件が片付いたら、また来たいと本気で思っているのだ。
「是非、遊びに来てね」翔子は愛想よく言うと、正春と並んで応接間を出て行った。
秋香の残した遺産は、この先、二人の人生を大きく変えてしまうだろう。(二人にとって、良い方向に変われば良いのだけど・・・)と茂木は二人の背中を見ていて思った。
中森が「お部屋で一休みさせて頂きますよ」と応接間を出て行くと、誠一と柊、茂木の三人になった。
「さあ、刑事さんたちも、もう良いでしょう」誠一から追い立てられた。そして、「そう言えば、刑事さん、おっしゃっていましたよね。秋香の死によって、最も利益を得る人間が疑わしいって。少なくても僕ではありませんでしたね。はは」と自嘲気味に笑った。
「東城さん、先ほど、話が途中になってしまいましたが、あなたが作ったリストについて、もう少し、お話をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「今からですか!?なんだか疲れてしまって、一休みしたい気分です。できれば、日を変えてもらうと助かるんですけどね」遺言書の内容がショックだったようだ。
「お時間は取らせませんよ。嫌なことは早めに片付けておいた方が良いでしょう。我々もこちらを往復するのは、結構、大変なんでね」
「はは。そうですね。良いですよ。何か、他人の秘密を洗いざらい暴露して、すっきりしたい気分です。刑事さん、何でも聞いて下さい」
誠一がソファーに座りなおす。面白くなってきた。
「さて、あなたから頂きましたリストですが――」と言って、茂木がテーブルの上にリストを置いた。茂木が秋香との関係性や秋香を恨んでいた理由などを書き加えてある。
佐藤晴彦~秘書。実家が東城グループに買収。
古市卓巳~妻が雑誌記者。秋香のスクープを狙っていたが行方不明。
八田楓~八田正剛の娘。秋香を恨んでいた。
石田正春~八田正剛と秋香の間の子供。
関口忠明・真奈~正春の二番目の里親。幼児虐待容疑で里親をクビになる。
近田翔子~秋香の異父妹。秋香を羨んでいた?
金井明~秋香の高校時代の教師。セクハラ疑惑で高校をクビになる。
堀口久典~秋香の幼馴染。東城グループ元社員。公金横領で会社をクビ。
飯塚茉莉~競争相手会社社長の娘。父親が首吊り自殺。呪い谷に不在。
柊が口を切る。「佐藤秘書と八田楓さん、飯塚茉莉さんについては、先ほど、お聞きしました。残りの方についても、何故、名前を書かれたのか、お伺いしたいのですが」
「構いませんよ」と誠一が頷く。
「では、先ずは古市さんから行きましょう。彼の奥さんが東城社長と八田正剛の間の不倫ネタを追っていて、行方不明になったと聞きました。奥さんが行方不明になった時期に、東城社長は裏山を購入しているそうですね?彼、奥さんは殺されていて、裏山に埋められているのではないかと疑っていました。二年の間、遺体を捜して、山を歩き回ったと言っていました」
「はは!二年の間、奥さんの遺体を捜して山を歩き回ったと言ったんですか!?あの男。そりゃあ、一度や二度は、山を歩き回ったことはあるでしょうが、それだけですよ。私有地ですので、立ち入りの際は、連絡をもらっていましたからね。私の知っている限り、二年間で一回か二回くらいだったと思います。それも半日程度、ざっと見ただけです。そんなもんです。
秋香が奥さんを殺して山に埋めた?はん!馬鹿らしい。奥さん、あの男に愛想をつかして逃げ出しただけですよ。秋香が人を殺す訳ない。
大体ね。あの奥さんからして、秋香と八田正剛のスクープを狙って取材していたことは間違いありませんが、取材ノートを秋香に持ち込んで、『これを買ってくれ』と売り込みに来たような女です。秋香からそう聞きました。
過去の話ですからね。秋香は(表に出ても構わない)と思ったそうですが、それでも、八田正剛に迷惑がかかると嫌だからと、取材ノートを買い取ったそうです。代金として、百万、払ったと言っていました」
「ああ、確かに古市さんは、雑誌社に売るより金になったと言っていましたね」




