容疑者十三・謎の脅迫者②
「あいつに会社の金を横領する度胸なんてありませんよ。そう言う意味では堀口以下だ。あいつはね、堀口が会社の金を使い込んでいることに気がついていて、それをネタにやつを強請っていたのです。それもまあ、金を寄越せとか言うんじゃなくて、飯をたかるとか、飲み代を払わせるとか、まあ、みみっちい強請り方でね。
会社でも、問題にするのが馬鹿らしかったようです。ですが、秋香はそういうことが大嫌いでね。最近、その話をどこからか耳にしたようで、彼女、『私の信頼を裏切った』と怒っていました。秋香はあいつをクビにするつもりでした」
「ほ、ほう~それは面白い。佐藤さん、そんなことは、一言も言っていませんでした。なるほど~面白い」
「――でしょう。秋香を殺したのは、あいつですよ。秋香を殺害し、何らかのトリックを使って部屋を密室にしたのでしょう。刑事さん、あいつが使ったトリックを暴いて下さい」
「まあ、お任せ下さい」と柊は胸を張る。
その自信満々な様子に、端で見ていて茂木は(既に密室の謎を解き明かしているんじゃないか)と思った。だが多分、虚勢だ。
「ところで東城さん。あなたが作成したリストに八田楓さんの名前はありましたが、八田親子の名前がありませんでしたね?楓さんは上杉湯にはいませんでした」
「八田親子?ああ、あのマダムと引き篭もりの息子のことですか。あの親子に秋香を殺すことなんて無理でしょう。恨んでいたのかでさえ、よく分からない。社長にたかって生きて行ければ、それで満足だと考えるような人たちです。変な話、秋香を殺す度胸があるのは娘の楓だけです。だから、彼女の名前を書いたのですが、そうですか、上杉湯にいませんでしたか。招待はしていますので、来なかったのでしょうね。まあ、彼女らしい」
「東城社長が到着した晩、八田親子が最初に会うことになっていたそうですね。それを、あなたが『頭痛がするので明日にしてくれ』と電話をした」
「ああ、そう言えば、そうでしたっけ。すいません。忘れていました。あちらさんから電話があったんじゃなかったかなあ~今からお伺いしますって。とにかくあの親子、最初に会いたいってうるさいんで」
「飯塚茉莉さんの名前も、あなたのリストにありましたが、上杉湯にいませんでした」
「まあ、彼女は呼んでも来ないでしょう」
「では、何故、名前を書いたのですか?」
「だって、刑事さんが彼女に恨みを持つ人間の名前を書いてくれと言うから。上杉湯にいる人間の名前を中心に書きましたが、あそこにいない人間でも良いのでしょう?誰が一番、彼女に恨みを持っているかと言えば飯塚茉莉なので、名前を書いておきました」
「なるほど。では、他にもここにはいないが、東城社長に恨みを持っている人間がいますか?」
「それはいるでしょう。ぱっと思いつきませんけど。彼女はやり手でしたから、敵が多かった。親しい人間なら、彼女は心が広くて、思いやりのある人間だと言うことを、よく知っているのですがね。仕事上の付き合いだけだと、彼女のことを冷酷で人の痛みが分からない人間だと思う人が多かったことでしょう」
「八田楓のように、今回、東城社長が招待したにも係わらず、こちらに来なかった人間を誰か、思い当たりませんか?後でリストにして頂いても構いません。佐藤さんは今回、上杉湯に招待した顧客リストをあなたからもらったと言っています」
「ええ、秋香に誰を招くか聞いて、リストを作りました。なんだか、リストばかり作らされていますね。はは。そうですねえ・・・そうだ。僕も秋香の関係者を全て知っている訳ではありませんが、他に思い当たるのは西岡さんくらいですかね」
「その方はどういう方ですか?」
「西岡工さんと言って、都内でパン屋を経営している人です。佐藤と同じように、経営していたパン屋を東城グループに乗っ取られた形になったのですがね。ただ、西岡さん、気骨のある方で、直ぐに別の場所にパン屋をつくって、今もパン屋を経営しています」
「東城社長を恨んでいたのですか?」
「どうですかねえ~?パン屋を失ったのは、自分のせいだと思っていたみたいですよ。借金をした自分が悪いんだってね。新しいパン屋を出す時、秋香が支援を申し出たんですけどね。西岡さん、きっぱりと断りました。『あなたの世話にはならない』と言ってね。どうです、気骨のある人でしょう?」
「ええ、あなたとは違う人種のようですね。まあ、心の中では、どう思っていたか分かりませんけどね。それは、あなたも同じですけど――」余計なお世話だ。
案の定、誠一がむっとした顔になった。
柊が続ける。「こちらにいなかった八田楓さん、飯塚茉莉さん、そして西岡工さんのアリバイはこちらで確認を取っておきましょう。ところで、東城さん。お伺いしたかったことは、他にあります」
「刑事さん。そろそろ、二人が到着する頃なのですが、何でしょう?」誠一は話を切り上げたがっていた。ねちねちと嫌味を言われてはかなわない。
「佐藤さんから聞いた話によると、東城社長への脅迫状が、この屋敷に届いたと言うことですが、間違いありませんか?」
「あっ!ああ~すっかり忘れていました。ええ、ええ。あります。そうなんですよ、刑事さん。この屋敷に脅迫状が届いたのです。今、持ってきます」
誠一は返事も聞かずに、応接間を出て行った。
柊は茂木に向かって、「おい、係長に電話して、八田楓、飯塚茉莉、西岡工の三人のアリバイを調べておいてもらってくれ」と言った。
係長に指示するなんて、どちらが上司か分からない。係長の直江は大人しい性格で、柊はそれを良いことに、態度が横柄だった。直江は性格も大人しければ、印象も薄い平たい顔だ。
「分かりました。今から電話します」
事情聴取の進捗状況を報告するのに丁度良かった。茂木は応接間に柊を一人、残して広々とした玄関ホールに出た。
直江に電話をかけた。直江は直哉と言う名前で、氏名に二つも直が入っている。県警内では「ナオさん」と呼ばれている。




