容疑者十三・謎の脅迫者①
柊と茂木は車で阿房宮に向かった。
宿泊費は出ないということだったので、昨夜は夜遅く一旦、前橋市に戻り、今朝早く、出直してきた。
呪い谷へ乗り入れる。昨日、朝に舞った赤い雪は薄く固くなって、地面に貼りついていた。今日も灰色の空が覆いかぶさるように広がっている。
谷底の村は今日も風が凪いで、まるで時が止まったかのようだ。村のあちこちから立ち上る温泉の湯気が、かろうじて村が生きていることを感じさせた。
「毎日、通うとなると大変ですね」ハンドルを握りながら茂木が言うと、助手席から「おいおい。殺人事件の捜査だぞ。現場百篇、これくらいで値を上げてどうする」と柊に怒られてしまった。ついさっきまで、居眠りをしていたくせに、偉そうだ。
屋敷に着くと、見慣れぬ男がいた。
男は中森昭市と名乗った。渡された名刺には「中森弁護士事務所」とある。東城グループ、そして秋香の個人的な弁護士だという。
五十代だろう。髪の毛に白いものが目立つ。小柄で丸顔、広い額を左から右に、髪の毛を撫でしつけている。目が小さく、瞼と涙袋が綺麗な円を描いている。唇がやや分厚いが、全体的に、のぺっとした印象の薄い顔立ちだ。
事件の連絡を受け、池袋から夜通し車を飛ばして来と言う。仕事を片付けてから、そのまま高速に乗り、車を飛ばして駆けつけて来たところだった。「徹夜ですよ」と中森は油の浮いた顔で言った。
柊と茂木が一般家庭の居間くらいある阿房宮の玄関ホールで、中森と挨拶を交わしていると、誠一が二階から降りてきた。
「ああ、中森さん!朝早くから、こんなところまで、ご足労頂いてすいませんでした。おや?刑事さんたち、まだ何かあるのでしょうか?」
「ええ、もう少し、お話をお聞きしたくて、やってきました。来客のようですが、ちょっとお時間、よろしいでしょうか?」柊が一応、遠慮がちに尋ねる。
「そうですね・・・あと二人、来ることになっていますから、それまででしたら大丈夫です。あまり時間はないかもしれませんが、よろしいですか?」誠一は明らかに迷惑そうだ。
「お時間は取らせませんよ」柊はそう言うが、どうせ時間など気にしない。
誠一は「じゃあ、こちらの応接間に――」と柊と茂木を誘うと、奥に向かって、「飯島さ~ん!中森さんがお見えです。取りあえず今晩、お泊り頂く部屋にご案内して下さい」と怒鳴った。
中森が「助かります。シャワーを使わせてもらいますよ。皆さんが揃うまで、少し、部屋で休ませてもらえますかな」と誠一に言った。
直ぐに飯島が飛んできて、「あら、中森さん。いらっしゃいませ」と挨拶をすると、誠一に向かって、「お部屋のご用意は整っております。ああ、そう、そう。誠一さんのお部屋にバスローブをお持ちしておきましたよ。変ですわね。バスローブがないなんて。私、ちゃんとご用意致しましたのに――」と言った。
誠一は「ありがとうございます」とだけ返事をして、柊と茂木の背中を押すようにして、応接間へ誘った。
「すいませんね。飯島さん、悪い人ではないのですが、口うるさくて――」
「女性はみな、そういうものです」そう言えば、柊から家庭の話を聞いたことがない。意外に恐妻家なのかもしれない。
「中森さん、弁護士のようですが、どんな用事でこちらに来られたのですか?」
「はあ、それが、秋香の遺言書があるというのです。あの若さでしたから、遺言書なんて、まだ作っていないと思っていたのですが・・・」
「ほ、ほう~それは面白い」と柊が言ったものだから、誠一が眉をひそめた。面白いは不謹慎だろう。
「それでね、秋香の親族――と言っても、中森先生からご指名があった正春君と翔子さんの二人だけですが、こちらに呼んであります。もう直ぐ、二人がこちらにやって来ます。そしたら中森先生に遺言書を読み上げてもらうことになっています」
「こちらは東城社長の地元でしたよね。確か・・・ご両親が健在なのでは?」
「ええ、彼女は幼い頃に父親と死別して、母親は再婚しています。実父は事故で亡くなったとお聞きしています。彼女の義父と実母がこちらにいます」
「その二人、義理の父親と実母は呼ばないのですか?」
「そうみたいですね。中森先生によれば、彼女の両親は遺言書の内容と関係がないそうです。それで、声をかけていません」
「遺言の内容はどういったものなのですか?」
「さあ、それは聞いてみないと分かりません。彼女、何も言っていませんでしたから――」
「そうですか。ところで東城さん。上杉湯で一通り、関係者から話を聞いてきました。そうそう、作成いただいたリストの最初に名前があった秘書の佐藤さん。東城社長には『恩こそあれ、恨みはない』と言っていました。むしろ、あなたの方こそ、役者として干されていたのに、東城社長は何もしてくれなかったと恨んでいたと言っていました。どうです?」事情聴取の内容をべらべらとしゃべって良いのだろうか。
「あいつ、そんなことを言ったのですか!冗談じゃない。刑事さん、あいつはね、会社をクビになることが決まっていたのですよ。秋香が死んで、クビを免れたつもりなのかもしれないが、そうは行かない。このままでは済ませませんよ」
「佐藤のクビが決まっていたのですか?」
「刑事さん、堀口久典という男と会いましたか?」
「会いました。本人は突然、会社をクビになったと言って、東城社長を恨んでいたようですが、佐藤秘書の話だと公金横領がバレてクビになったようですね」
「ふふん、佐藤がそう言ったのですか?あいつも同じ穴の狢ですよ。堀口に罪を押し付けて、自分だけ助かろうったって、そうは行かない」
「同じ穴の狢?佐藤も公金横領に絡んでいたということですか?」




