容疑者十一・堀口久典②
「冗談じゃない!僕なんか疑っても時間のムダです。僕が犯人じゃないことは、僕が一番、よく知っていますから――」
「そりゃあ、そうでしょう」どういう理屈だ。
怪しい人物には違いないが、「刑事さん。僕は、あの女が戻って来ていることすら、知らなかったのですよ。一体、どうやってあの女を殺すことができるというのです?」と言われてしまうと、確かにその通りだ。
「情報通のあなたのお母さんから東城社長が戻って来ていることを聞いたのでは?」と柊が食い下がる。すると、堀口は「はは。うちの母親はスパイじゃありませんからね。東城社長のスケジュールまでは分かりません。刑事さん。疑うのなら佐藤さんを疑ったらどうです?」と言いだした。
堂々巡りで一周、回ってしまった。
「佐藤ですか?」
「佐藤晴彦、社長の秘書をやっている人物です。彼はね、実家を乗っ取られたと、社長を恨んでいましたからね。『本当なら、俺は会社の社長になっていた人間だ。それが、今じゃあ、こんな秘書のような仕事をやらされている』と、よく不平を口にしていました。
彼、今、この旅館に泊まっていますよ。ここに連れて来られる時、旅館のフロントにいたのを見ました。彼、チェックアウトしていたみたいですよ。首尾よく、社長を殺すことが出来たので、慌ててここから逃げ出そうとしているんじゃありませんか?」
堀口の言葉に、「おいっ!」と柊が茂木を見た。茂木が部屋を飛び出して行く。
(しまった!まさか、こんなに早く、旅館を出て行こうとする人間が現れるとは思っていなかった)旅館を離れないように、伝えることを忘れていたことを茂木は後悔しながら走った。
柊は堀口に向き直ると言った。「さて、堀口さん。あなたには東城社長を殺害する動機がある。アリバイもない。現時点では、有力な容疑者です。当分の間、我々の許可なく、勝手にこの村を離れたりしないようにお願いします」
「ははは、刑事さん。最初に言いましたが、僕は引き篭もり状態です。村どころか、家からも出たくない。当分の間がどれくらいの期間か分かりませんが、多分、ご満足頂けるぐらいの間、村から出ないと思います」そう言うと、堀口は部屋を出て行った。
入れ違いに、茂木が佐藤を連れて戻って来た。
「佐藤さん。逃亡を図られては困ります」佐藤の顔を見るなり、柊が批難した。
「そ、そんな、刑事さん。逃亡だなんて――私は犯人じゃありませんよ。いいですか、刑事さん。社長が亡くなったのです。会社はもう上へ下への大騒ぎです。至急、後任の社長を決めなければなりませんしね、やることは山ほどあるのです。私はね、忙しいのです。こんなところで、油を売っている訳には行きません」
「あなたが次の社長を決める訳ではないでしょう」
「そりゃあ、まあ、そうですけど・・・」
「なにも今、旅館をチェックアウトしなくて良いでしょう」
「今、都内に戻れば、明日は朝から出社できます」
「一刻も早く、新しい社長に取り入って、あわよくば昇進したいと言う気持ちは分からなくはないですけどね」
「ひどいな、刑事さん。そんなつもりでは、ありませんよ」
「もう、暫くここに居て下さい。でないと、逃亡の恐れがあると判断して、あなたを緊急逮捕します」
「そんなあ~」佐藤が悲鳴を上げる。
「ところで佐藤さん。堀口久典さん、ご存知ですよね?東城グループで働いていた」佐藤が頷く。「彼の退社理由を知りませんか?堀口さんの話では、リストラでクビになったと言うことですが、東城グループは経営難だったのですか?」
「リストラ!?あいつ、そんなこと言ったのですか?会社の経営は順調です。リストラなんて、やっていません」
「ほ、ほう~それは面白い。――では、何故、彼は会社をクビになったのですか?」
「遣い込みです。あいつはね、会社のお金を遣い込んだのがバレて、クビになったのです。もともとね、営業職で出張が多いのを幸いに、個人的に飲み食いした領収書を、出張精算で処理しているという噂が、前々からあったのです。最初はね、そうやって小金をせこせこ処理していた。それで、バレないものだから、段々、大胆になって行った。
今度はね、お客様から要求されたと言って、ブランド物のバッグやパソコンなんかを、会社の費用で処理しようとした。流石に、『これはちょっと怪しい』という話になってね。調べてみると、お客様のもとに渡っていない。あいつ、バレないと思ったんですかね」
「公金横領ですか。刑事事件として処理しなかったのですか?最寄りの警察署に被害届を出せば良いのです」
「ええ、まあ、会社の体面に係わりますからね。しかも、お客様に差し上げるという名目で接待費を要求していたので、表沙汰になれば、お客様に迷惑がかかってしまうかもしれない。それで、あいつをクビにして、幕引きを図ったという訳です。
会社をクビになってから、実家に戻って来ていたのですね。そうか、あいつ、社長と同郷で幼馴染でしたから、ここにいても不思議ではない。
よくもまあ、リストラでクビにされたなんて、刑事さんに言えたものだ。刑事さん、あいつですよ。あいつが社長を殺したに決まっています。社長のことを、逆恨みしたのでしょう」
「無論、彼が犯人であることを示す証拠が見つかったら、直ぐにでも逮捕します。現時点では容疑者の一人に過ぎません。彼には村から出ないように言ってあります。あなたのように、逃亡を図ってくれれば、犯行を自供するようなものですから、緊急逮捕できるのですけどね」
「か、勘弁して下さいよ~刑事さん。黙って立ち去ろうとしたことは謝ります。でもね、本当に会社は今、大変なことになっているのです。そこのところ、分かって下さい」
「会社が大変なことは理解できますが、逃亡を図られては困ります」取り付く島もない。
見かねて茂木が助け舟を出す。「柊さん。東城誠一さんに作成してもらったリストも残り一名ですが、どうやら、その人物はここにはいないようです」
「ほう。誰です?どれどれ――」佐藤が身を乗り出してリストを覗き込む。
「あっ!勝手に見てもらっては困ります」茂木が慌ててリストを隠す。リストの筆頭には佐藤の名前がある。見ればきっと心証を害すだろう。
「名前を教えてもらえませんか?社長の関係者だったら、大抵、分かると思います」
「おい」と柊が頷いたので、茂木は「飯塚茉莉と言う人物です。ご存知ですか?」と尋ねた。




