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呪い谷に降る雪は赤い  作者: 西季幽司
第二幕「上杉湯」
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容疑者十・金井明②

 私と彼女の仲が学内で噂になり始めていた時期でした。彼女が送ってくれた詩には、私たちは『同根』、常にひとつだと言いたかったのだと思います。当時、私も若かった。気がついたら、彼女の虜になってしまっていました」淡々と金井が話す。

「それで、放課後、彼女を襲ったのですか?」

「刑事さん。ドラマの見すぎです。私たちの関係はずっとプラトニックなものだったのです。それを周りが勝手に邪推して噂になった。当時だって、教師と生徒の恋愛はご法度です。進学校でしたからね。特にその辺は厳しかったのです。

 事実なんてどうでも良い。噂になるのが困る。そんなことを、教頭から言われました。

 やましいことなんて、何も無かった。お互い、正々堂々としていれば良い、彼女にもそう言いました。でもね、このままだと私が学校を辞めるか、彼女が退学になるかだと学校側に脅されました。彼女には輝かしい将来がある。それを、私のせいでダメになんて、そんなこと出来ない。だから、私が身を引いたのです。色々、言われましたよ。でも、彼女が批難されるくらいなら、私が汚名をきたほうが良い。だから、敢えて何も言い返しませんでした」

「東城社長のため、敢えて汚名を着たということですか。しかし、二十年前の話でしょう。何故、今、あなたがここにいるのです? 焼けぼっくいに火がつくで、偶然、再開する機会でもあって、復縁したのですか?」

「いいえ。彼女とは、あれからずっと会っていませんでした。思いもよらず、今回、ここに呼ばれて、正直、悩みました。彼女は既に結婚していて、仕事でも成功しています。私もね、紹介してくれる人がいて、結婚しました。子供が二人います。お互い、年をとった。今更、彼女と会っても、がっかりするだけだと分かっていましたからね。

 それでも、会ってみたかった。会いたいと言う気持ちを止めることが出来なかったのです」

「それで、のこのことやって来た訳ですか?それで、東城社長と会えたのですか?」

「いいえ。会う前に殺されてしまいました」

「それはお気の毒でした。二十年振りだったのでしょう?しかし、何故、東城社長は、過去の遺物のような、あなたを呼んだのでしょうね?ここには彼女に恨みを持つ人間が、まるで呼び集められたかのようにいます」

 柊の嫌味をさらりと聞き流して、金井は「私には彼女の気持ちが分かるような気がします」と言った。

「ほ、ほう~それは面白い。過去に愛し合っていただけあって、東城社長の心が分かると言う訳ですね。先生、是非、教えてもらえませんか?」

 柊の皮肉なもの言いに、「刑事さんは、雍歯(ようし)という人物を知っていますか?まあ、知らないでしょうね。中国の古代、秦末から漢代初めにかけて実在した武将です」と軽くジャブを当ててから、説明を始めた。

 悪名高い始皇帝の死後、劉邦(りゅうほう)と項羽(こうう)という二大勢力が天下を争った。「力は山を抜き、気は世を蓋う」と誰もが認める不出世の豪傑、項羽に対して、寄せ集め軍団の劉邦軍は戦えば必ず負けた。

「劉邦軍はとにかく弱かった。百戦百敗といわれるほど、戦に負けならが、最後には勝利をおさめました。逃げ上手だったこともありますが、劉邦は人材の扱いがうまかった。個人的武勇に優れていたため、人を登用することに熱心ではなかった項羽と対照的です。劉邦は項羽の幕下で冷遇された戦の天才、韓信をいきなり大将軍に取り立てたりしています。他にも、天才軍師、張良、丞相の蕭何など、劉邦のもとには多士済々な人物が集まっていました。

 項羽を倒して天下を取った劉邦でしたが、戦後の論功行賞に困りました。劉邦は功績が多きい順に褒賞しようと考えましたが、ある日、庭のあちこちで、部下たちが数人、集まって密議をしているのを目撃しました。

 張良に、彼らは何を話し合っているのか尋ねたところ、『彼らは謀反の相談をしています』と答えます。驚いた劉邦はその訳を尋ねます。

 張良が答えます。『今までに褒賞された人は、蕭何(しょうか)や曹参など陛下の親しい者ばかりです。彼らは恩賞を求めて陛下に仕えたのです。それが不満な彼らは謀反を起こそうと密談しているのです』

『どうすれば良いのじゃ?』劉邦が重ねて尋ねると、『陛下が一番、憎んでいるのは誰ですか?』と張良は尋ねます。『雍歯だ。あいつには過去に何度も裏切られて、殺したいほど憎んでいる。それを知らぬものは天下広しといえど居ないだろう』と劉邦は答えます。

 こういった素直さが劉邦の特徴です。

 張良が言います。『ならば先ずは雍歯に恩賞を与えなさい。そうすれば皆、安心するでしょう』劉邦は素直な男です。張良の進言通り、雍歯に恩賞を与えると、『雍歯ですら賞されたのだ。心配は無用だ』とみな安堵し、密談はぴたりと止みました」

「中国の歴史を長々と講義して頂いて、ありがとうございます。さて、それが東城社長とどんな関係があるのでしょうか?はて、何を聞きたかったのか、忘れてしまいました」

「彼女は漢籍に詳しかったですからね。当然、雍歯の話は知っていたと思います。ご質問は彼女が何故、自分に恨みを持つ人物を、ここに呼び集めたのかということです。分かります?彼女はね、こうして自分に恨みを持つような人物でさえ、全額、費用を負担して温泉に呼んで、話を聞こうとしています。この話を聞けば、彼女の周りの人間はこう思うでしょう。『ああ、あんなやつでさえ、東城秋香という人は見捨てたりしない。自分は大丈夫だ。東城秋香は決して自分を見捨てたりなんてしない』ってね」

「ほ、ほう~それは面白い!いやはや、思ったより参考になりました。あなたの話を我慢して聞いた甲斐があった。東城社長をよく知り、こうして招かれたあなただからこそ、理解できたことなのでしょうね」褒めているか、けなしているのか分からない。

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