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総理が口早に全閣僚に指示を出した。
「ともかく現状把握が大事です。本当にタイムスリップが起きたのか、またそうであるなら真珠湾攻撃を阻止できる可能性があるのか、国民にどう知らせるべきか必要なら報道陣に会見の場を設けることも視野に入れ、調査をお願いします」
総務大臣が立ち上がりつつ答えた。
「まず全国の放送網を把握いたしませんと。海外の放送をキャッチする必要があります」
椅子が引かれ、資料を抱えた大臣たちが次々に立ち上がった。電話をかけながら部屋を出ていく者もいる。数分もしないうちに、あれほど人の多かった部屋は急に広く感じられるほどになった。
だが、ひとりだけ動かない男がいた。
防衛大臣だった。
五十代半ば。閣僚の中では決して大柄なほうではないが、背筋を伸ばして座る姿には妙な圧力があった。ほかの大臣たちが次々と資料を抱えて席を立つ中、彼だけは一枚の紙も片づけようとしない。組んだ両手を机の上に置き、黙って高畠を見つめていた。
高畠は立ち上がりかけた腰を、もう一度椅子へ戻した。
「どうしたの?」
「総理」
低い声だった。
「ほかの省庁は、まず調査で構いません。しかし防衛省は違います」
その一言で、高畠の表情からわずかに疲労の色が消えた。
「真珠湾ね」
「それだけではありません」
防衛大臣は机の上に置かれた資料へ視線を落とした。
「もし本当に一九四一年十一月二十七日なら、第一航空艦隊はすでに単冠湾を出ています。ハワイ方面へ向かった潜水艦もいます。南方では、まだ戦闘こそ始まっていませんが、部隊は開戦に向けて動いている。中国大陸では、すでに戦争が続いています」
「ええ」
「そして、彼らに命令を出していた東京はありません」
高畠は何も答えなかった。
「大本営も、海軍軍令部も、参謀本部もない。彼らから見れば、昨日まで命令を出していた祖国の中枢が突然沈黙したことになります。その場所にいるのは、我々です」
防衛大臣はそこで初めて椅子から立った。
それまで閣僚の一人として席に埋もれていた男が、急に大きくなったように高畠には感じられた。
「時間がありません」
「十一日でしょう?」
「真珠湾攻撃までなら、です」
防衛大臣は首を振った。
「われわれが何もしなければ、その十一日の間にも艦隊は東へ進みます。潜水艦はさらに先へ行く。南方の部隊も予定された配置につく。時間が経つほど、止めるのは難しくなります」
「でも、まだタイムスリップしたと断定したわけではないわ」
「承知しています」
即答だった。
「ですから攻撃命令を求めているのではありません」
防衛大臣は高畠を正面から見た。
「探す許可をいただきたい」
「探す?」
「南雲機動部隊です」
高畠の目が細くなった。
「見つけて、どうするの?」
「まず確認します。本当に存在するのか。史実どおり北太平洋をハワイへ向かっているのか。それが確認できれば――」
そこで防衛大臣は口を閉じた。その先は、もはや防衛大臣ひとりが決めてよい問題ではなかった。
現代の自衛隊が、八十五年近く前の日本海軍を追う。
そんな命令を出す日が来るなど、高畠はもちろん、防衛大臣自身も想像したことはなかっただろう。
それでも男の顔には迷いがなかった。
「総理」
防衛大臣は静かに言った。
「自衛隊を、どこまで動かしますか」
問いかけというより、決断を求める言葉だった。
高畠は答えず、防衛大臣の顔を見つめた。
この異常事態が始まってから初めて、彼女は理解した。
これまでの報告は、すべて「何が起きたのか」という話だった。
この男だけが、すでにその先を見ている。何をするのか。防衛大臣は、総理大臣の命令を待っていた。




