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動画サイトでは、通常の番組を押しのけるようにして緊急生配信が乱立していた。海外からの映像がほとんど途絶えてしまったため、配信されているのは国内から発信されたものばかりである。その中で急激に視聴者数を伸ばしている番組があった。タイトルには大きな赤文字で『緊急対談! 日本は本当に1941年へ来たのか?』と表示されている。
画面に映っているのは二人の男だった。ひとりはでっぷりと太った体を椅子へ押し込み、黒縁眼鏡の奥から楽しそうに目を輝かせている。サブカルチャー評論家として知られる赤田斗巳夫である。その隣では、痩せた石村ひろきがいつものように少し斜に構えた姿勢で座り、手元のタブレットを眺めていた。
「いやあ、石村さん、運がいいですよねえ」
開口一番、赤田がにやにやしながら言った。
「何がですか?」
「だって、たまたま日本に帰ってきてたんでしょう?」
「そうですけど」
「あと何日かずれていたら、向こうに残ってたわけですよ」
「いや、それを運がいいって言うのもどうなんですかね。そもそも、どっちが残ったのか分からないじゃないですか」
石村が首をかしげた。
「僕らが過去へ飛んだんだったら、向こうにいる人が残ったんですよ。でも向こうから見れば、日本列島にいた僕らが消えたわけでしょう。どっちが取り残されたのかって、立場によりますよね」
「ああ、それは面白い」
「面白くないですよ」
石村はあっさり切り返した。画面の脇では視聴者のコメントが猛烈な勢いで流れていた。
《石村帰国してたのか》
《危なすぎるw》
《海外組どうなったんだ》
《家族が海外なんだけど》
《笑えねえよ》
《月がマジでおかしい》
《政府まだ調査中って言ってるぞ》
《1941年説ほぼ確定じゃね?》
赤田はコメントには目もくれず、背後に用意したホワイトボードへ向かった。黒いペンを握ると、中央に大きく数字を書いた。
『1941年11月27日』
「はい。いま政府が確認している天文観測が正しいと仮定して、今日はこれで話します」
「仮定なんですね」
「そりゃそうですよ。僕は科学者じゃないですから。ただね、月がおかしい、GPSが使えない、海外ネットが消えた、沖縄とも連絡できない、おまけに朝鮮半島方面から昔の日本語放送らしきものまで拾われている。ここまで揃って『ただの通信障害です』のほうが、よっぽど無理があるんですよ」
「でも、だからってタイムスリップとは限らないですよね」
「じゃあ何だと思います?」
「分からないです」
「ほら」
「分からないものを分からないって言ってるだけです。分からないからタイムスリップだ、っていうのも同じじゃないですか」
赤田は声を立てて笑った。コメント欄には《いつもの二人》《始まった》《赤田うれしそうすぎ》という文字が流れていく。
「まあ、それは置いておきましょう。問題は、もし本当にこの日付だった場合です」
赤田はホワイトボードの数字を丸で囲み、その下へ『12月8日』と書き加えた。
「日本人なら、この日付は知ってますよね」
「真珠湾ですか」
「そう。日本時間で十二月八日、ハワイでは七日。あと十一日です」
「止めればいいんじゃないですか?」
石村はあっさり言った。
赤田の手が止まった。
「そこなんですよ」
「何がです?」
「普通に考えたら、止めますよね。未来を知ってるんだから、真珠湾攻撃をやめさせればいい。ハル・ノートを受け入れて、アメリカと戦争しない。それでめでたしめでたし」
「いいじゃないですか」
「よくないんですよ」
赤田はペン先で12月8日の文字をとんと叩いた。
「ここから先、歴史がなくなるんです」
「歴史がなくなる?」
「僕らが知っている歴史ですよ。真珠湾を止めたら、アメリカの参戦が変わるでしょう。そうしたらヨーロッパ戦線も変わる。ドイツも変わる。ソ連も変わる。中国も変わる。その結果、日本も変わる。つまり十二月八日までは歴史の教科書をカンニングできるんです。でも、ひとつ大きな出来事を変えた瞬間から、教科書に答えが載ってなくなる」
それまで軽口ばかり流れていたコメント欄が、一瞬だけ違う雰囲気になった。
《たしかに》
《アメリカ参戦しなくなる?》
《ドイツ勝つ可能性ある?》
《それはまずい》
《未来知識無双できないじゃん》
《じゃあ真珠湾止めないの?》
《いや止めるだろ》
石村は流れていくコメントを眺め、口をへの字にした。
「でも、それって別に12月8日を待つ必要なくないですか?」
「どういうこと?」
「僕らがここに来た時点でもう歴史変わってるでしょう。だって二〇XX年の日本列島がいきなり出現したんですよね。真珠湾を止める以前に、もう史実と同じにはならないですよ」
赤田は口を開いたまま数秒黙った。
「……そうなんですよ」
「じゃあ今の長い説明、何だったんですか」
「いやいやいや、程度の問題ですよ。程度の!」
《石村www》
《正論》
《赤田撃沈》
《もう歴史変わってるわ》
《そりゃそうだ》
赤田は咳払いして椅子へ戻った。
「でもね、もっと重要な問題があるんです。みんな未来兵器の話ばっかりしてるでしょう。自衛隊なら昔の軍隊なんて簡単に倒せるとか、戦闘機がどうとかミサイルがどうとか」
「コメントにもいっぱいありますね」
「僕は兵器なんかより、もっと危ないものがあると思ってます」
「何です?」
「図書館」
石村が赤田の顔を見た。
「図書館?」
「そう。国会図書館でも大学図書館でも町の図書館でもいい。一九四一年の外国人が入って、歴史書を一冊読むだけでどうなると思います?」
「自分の国の未来が分かる」
「そう!」
赤田は急に勢いづいた。
「ドイツ人ならドイツがいつ負けるか分かる。ソ連人なら独ソ戦の結果も、ソ連が最後にどうなるかも分かる。中国人なら国共内戦の結果が分かる。アメリカ人なら原爆が本当に作れることを知る。石油会社なら未来の油田がどこにあるか調べられる。これ全部、二〇XX年なら秘密でも何でもないんですよ。本屋で売ってる!」
「じゃあ外国人に本を読ませなきゃいいんじゃないですか」
「日本人が売りますよ」
「高く売れそうですもんね」
「そういうこと言わない!」
「いや、でも絶対いるでしょう。『未来の世界史全集、一億円で売ります』みたいな人」
赤田の顔から笑みが少し消えた。
「いるでしょうねえ……」
コメント欄にも《俺なら売る》《ドル意味あるの?》《金塊で払え》《未来の競馬結果は?》《1941年の競馬に使えるのか》《株価一覧もやばい》と、ろくでもない相談が始まっていた。
「あと、もっと単純な問題がありますよね」
石村が言った。
「何?」
「石油」
「ああ」
「日本って石油を輸入してますよね。食料もそうだし、原材料も海外から来てる。未来の戦闘機がすごいとか言っても、燃料も部品も外国から来ないんだったら、そのうち動かなくなるんじゃないですか?」
「そうなんですよ。だから僕、さっきから言ってるんですけど――」
「いや、いま僕が言いましたよね」
「同じことを考えてたんですよ!」
またコメント欄が笑いで埋まった。
そのとき、画面上部に小さな速報表示が現れた。二人とも同時にそちらへ目を向けた。
《政府 緊急の国民向け発表を準備》
スタジオの空気がわずかに変わった。
「来ましたね」
赤田が言った。
「何を発表するんでしょうね」
「たぶん、政府ももう『通信障害です』では押し切れないでしょう」
石村はタブレットを操作し、別の配信画面を開いた。官邸の記者会見場が映っている。まだ演台には誰も立っていないが、記者席はすでに埋まり、カメラマンたちが慌ただしく動いていた。
「これ、うちの配信切ったほうがいいんじゃないですか?」
「いや、切りませんよ」
「政府発表と同時にやるんですか?」
「みんなで見ればいいじゃないですか」
「それ、他人の配信を見てるだけですよね」
「こういうときは、それが一番いいんです」
赤田は椅子へ深く腰を下ろし、官邸からの映像をスタジオの大画面へ出した。視聴者数の表示は、さっきから恐ろしい勢いで増え続けている。
画面の向こうで記者たちがざわめいた。
誰かが会見場へ入ってきたらしい。
赤田はそれまでの軽い調子を消し、じっと画面を見つめた。石村も何も言わなくなった。
やがて官邸の演台へ、一人の人物が姿を現した。




